第29話 後輩と先輩と


あの流れからNOを言い出せるはずも泣く、俺は秋乃と先日のファミレスに来ていた。ま、今回は奢る必要がなさそうだからいいんだけど。

それでも月に何度も行けるほど俺の懐も大きくない。流石に金策はそろそろ取らなければいけないんだが...。


しかし、しかしだよ。

こうやって仮にも女の子、しかも後輩の前にいるわけだから、そうせこせこしたところを見せるのはよくないだろと自分で自分を言い聞かせる。

...まあ、お袋に連絡してないからドリンクバーだけ頼むってのもありだな。正直こっちでもあっちでも食べれるほど俺の胃袋は大きくない。


「お待たせしましたー!あちらの席へどうぞ!」

元気のよい20代ほどの女性店員に声をかけられ、俺と秋乃は移動する。指定されたのはちょうど二人用に椅子の置かれた端のほうの席だった。


俺と秋乃は互いに席に着くなりメニューを取り出した。別に俺は見るわけではないが、まあそこはどうでもいい。

問題があるとすれば、今こうやって男女二人でいることに何の恥じらいも感じないことだろうか。

前定食屋行ったときに古市と相席したときはもっとこう...ガチガチだったわけだが、数年来の付き合いというのもあってかこいつの前では全然そういうことが無い。


...あれ?でもこれってカレカノに見えるパターン?傍から見れば一応年頃の近い男女二人な訳だし、そう見えてもおかしくは...ないよね。


...ま、大丈夫か。


俺は一人でそう決め付けて納得した。当たり前だ。そうするしかないのだから。

まあでも、実際最近の人間は他人にあまり興味がないってところもあるし?それにこの距離感くらいだったら兄妹と思われても不思議じゃないし?...そう信じたい。


「それで?先輩はどうするんですか?」

「あ?ああ、悪い。」

どうやら少しばかり呆けてしまっていたようで、秋乃の俺を呼ぶ声を聞いてようやく我に返る。

「...いや、注文していいよ。俺はドリンクバーくらいだから。」

「あれ?先輩は食べていかないんですか?」

「まあ、親に打ち止めかけてないし、こっちで食べて帰ると後々色々面倒だから。」

「ふーん...。でもそれって、私がただ単に先輩を引きずりまわしただけになりません?」

秋乃はそのことをどこか嫌に思っているようで、どこかためらいのある顔をしていた。...先ほどの件もあるし、誤解は早いうちに解いたほうがいいよな。


「いや、俺が任意で来てるんだから大丈夫だろ。お袋もまあ、食べさえすれば何も言わないし。」


因みに俺のお袋、某教育テレビの食堂のおばちゃんみたいなところがあるから、残すのを絶対に許さないんだよなぁ...。ただし、その作る量もまた絶妙で、俺が毎日どれくらい食べるかを把握した上で作ってるから残ることなんてまずない。体調悪いときにいたっては朝一度顔見ただけで判断できるくらいだし。まじか、お袋すげえな。


なんて一人でお母ちゃんの技量に感心してると、秋乃が店員を呼ぶボタンを押した。

奥から先ほどとは違う、20代くらいの男性店員が片付け程度に注文をとりに来た。


「ご注文のほう、お決まりでしょうか?(イケボ)」

「え、えと、あの...。」

秋乃は最初のイケボひとつでダウンしてしまったのか、受け答えすらしっかり出来ていなかった。ええい、不慣れなやつめ!


...仕方ないので俺が先に注文することにする。


「あ、すいません。ドリンクバー一つお願いします(ゲスボ)」

「ドリンクバーお一つ、それから...(イケボ)」

「あ、じゃあこちらのパスタお願いします。」

「カルボナーラですね。かしこまりました(イケボ)」

そういうなりその店員は注文の振り返りもせずに厨房のほうへ戻っていった。えっと...それってまずくない?


そう思ってるとさっきの店員が慌てて戻ってきた。やれやれ忘れていただけかと思ってるとなにやら髪を置いてすぐに戻っていってしまった。どうやら伝票だけ置きに

来たみたいだ。



......えぇ?


俺は心底呆れていた。もちろんそれはその店員にというのもあるが、それ以上にそれを雇ったオーナーにだろうか。

仕事が行き届いてないわけだし、そこは責任を感じてもらわなければ困るけど。


全く、顔だけでバイト通るほどの世の中なんてな...。



しかし、そんな俺とは裏腹のことを思っている奴が目の前に一人。

「はぁぁぁぁ先輩!今の人かっこよくなかったですか!?」


秋乃はどうやら一発でヒットしたみたいで、そりゃもうメロメロに虜だった。ああいうタイプの男性がお好みなのだろうか。知らんけど。

「声でかいだろ、少し落ち着け。...それに冷静に考えろ。」

「え?何をですか?」

秋乃は一瞬ですんっと真顔に戻った。さっきの店員への態度と俺への態度、えらい違いだぁ。何が違うんだろう。

俺は今から失礼なことを言う気満々なので、少し秋乃に近づいて小声で耳打ちする。


「さっきの店員、顔こそよかったけど仕事の手際ひどかったろ?」

「いや、声もよかったですよ?」

「知ってるよんなこと...。」


それこそあの声が女性を虜にする最大の武器かもしれない。まあ、顔立ちがよくて声がひどいなんて奴そんないないだろと思うんだけどな。


「...こほん、そこはまあいいとしよう。まあ、さっきの人を例として、あの手の男には気をつけたほうがいいぞ。」

「えぇ~なんですかそれ。もうちょっと詳しく教えてくださいよ。」

秋乃はどこか納得いかない様子。ふふん、ここは男である俺の出番だな。


俺は秋乃のそばから離れると自分の主観論を恥じることなく語りだした。

「まずな、顔がいいってことはどんどん人が集まってくるだろ?そりゃ女子はかっこいいやつに、男はかわいいやつにぞっこんだからな。」

「それはまあ...否定しません。」

「そんな奴らの中には確かに聖人のような心優しいやつもいるかもしれないが、大半は違う。心のどこかにどす黒いものを持ってるからな。」


「驕るってことですか?」

「それもある。驕るやつもいれば、うぬぼれる奴もいる。...いじめなんかのは、そうやって驕るやつに限って多いからな。それって女子もそうなのか?」

「うーん...現場を見たことはないんですけど、確かに傲慢というか、態度がでかいというか、そういう女子のほうがやたらと人が集まってきますよね。実際顔立ちはいいですし。」


秋乃は自分の髪をくるくる弄りながら考える。その話を聞いたところ、どうやら男とは相違ないらしいな。

「だろ?男なんてそれが結構ある。」

「ん、でもさっきの人は。」

「まあ、別段とそういうわけでもなさそうだな。ただ、あの雰囲気は絶対に作られたものだ。」

「そりゃ、ホール担当ならあれくらいの表情はつくるでしょうけど...。あ。」


秋乃は口を開けた。どうやら俺の言いたいことがやっと分かったらしい。


「分かったろ?...表面上かっこいい男なんていくらでもいるけど、性格までってのはそういないからな。変にほいほいついていくとまずいぞって話だ。」

「うーん、分かったんですけど。...さっきの人ってそんな驕ってるようには見えないんですけど?」


それを言ったらそうなんだよな。けど、この人の場合は...。

「...あの人は一言で言えばポンコツだ。...ポンコツの相手は疲れるぞ?」


同性の俺が言うんだから間違いない。要するにあの人は残念な人という解釈でいいだろう。真面目に仕事に取り組んでなければ所詮その程度の人間だし、真面目に取り組んであれなら残念ながら相当のポンコツだ。


秋乃はそれを聞くと少しのけぞり、俺から顔を遠ざけてどこか後ろで遠くのほうを見つめていた。やがて戻ったかと思うと、口を開いて第一声がこれだ。


「先輩...最低っすね。」

「なっ!?はぁ?」

俺はそう返すほかなかった。...いやまあ、屑みたいな発言はしたけども。

第一なんて視点で見ているのかというところからもう問題だろう。別に俺は自分のことをとても好いてるわけでも自尊心が高いわけでもない。...まあ、俯瞰という奴だろう。


それでも赤の他人をべらべらと責める人間はクズなんだろう....まあ。


そんな益体もないことを話していると自然に時間もたつもので、今度もまた別の店員が、秋乃のカルボナーラを持ってきた。


「あれ?そういえば先輩ドリンクバーは?」

「あっ、やべ。注文してたことすら忘れてた。ちょっとついでくるわ。」

どうやらおしゃべりに夢中になっていたのが影響してか、飲み物を注いでくるのを忘れていたようだ。金を払っている以上、何もしないのはもったいない。

というわけで俺は即座に席を立って、飲み物を次に行くことにした。




---





すこし苦めのコーヒーをチョイスし、席に戻ると秋乃がもう料理に手をつけていた。

俺はそれの邪魔にならないようにそっと座る。

そうしてコーヒーを一口。うん、おいしい。


ちゃんと厳選されているコーヒーなんてのは味の雑さが薄いのだが、市販のものは雑さが表に出ていてあまり好きになれない。苦味だけでなく強めの酸味、それ以上にエグみというのが存在するのだ。

ここのは...まあ、それなりにと言ったところだろうか。


まあ、ちゃんと味わいたいならコメダだのスタバだの何だの行けばいいわけだし、それ以上は何も言わないことにする。なお、両方家から割りと遠い模様。



そんな感じで俺がコーヒーを味わっていると、一旦手を止めた秋乃が話を切り出してきた。

「そうだ、特監生の人について色々聞きたいって言いましたよねさっき。あれ、今でいいですか?」

「いや、飯食ってるのお前だけだから俺は構わんのだけどな。...んで、誰からだ?」

俺としても一度声に出してこういう奴だというのは言っておきたかったんだろう。でなければ今回の分にOKなんか出さなかったわけだし。


秋乃はしばし待てといわんばかりにあごに手をついて考える。

「んじゃあ、古市先輩からですかね?」

「...お前、あいつとの距離俺より近いと思うんだけど?」

「期間が違うじゃないですか。学年だって違うわけだし。」

「まあそうだな。...そうだな。」


自分で言っておきながらどうやって伝えようか俺は迷っていた。実際、俺自身があいつに対して抱いている謎がまだまだあるわけだし、立ち入ったことはいえそうにもない。

なら、自分の思うところでいいか。


「古市かぁ...。簡単に言えば優等生だよ。」

「えらいざっくりしてますね...。でも、優等生なら特監生でいる意味ってないんじゃないですか?」

「そうなんだけどな。...あいつは、感情が極端に表に出ない人間なわけで、それが問題点だったそうだ。」

「そうだっ、って言うことは今はどうなんですか?」

「前よかマシになってるな。お前が始めてあいつと話したときにはもう大分治っていたと思うぞ。昔なんて喜怒哀楽全ての感情が表情に表れなかったんだから。」

「え、それってコミュニケーション取れないじゃないですか。」


秋乃はフォークを持っているほうの手を止めた。

しかしさすがと言ったところか、頭の回転が速い。

「そ。だからよくトラブルに巻き込まれてたわけだ。ただ実際、感情がないとかそういうわけでもないから、慣れればコミュニケーション自体は取れるんだ。秋乃とはま逆だな。」

「は?」


どすの聞いた声で牽制された。


「すまん、悪かった。けどまあ、いい意味でも悪い意味でも間違ってないとは思うけどな。」

「うー...。なんか腹立つのに納得できる。」

秋乃はどこか悔しそうにまた一口パスタを口の中へと運んだ。食べるペースが遅く見えてしまうのも古市のせいだろうか。


「古市はそんなところだな。特に込み入った話もないし、いたって常識人。あとは本が好きなところくらいか、特色といえば。」

「先輩も本好きでしたよね?」

「まあな。」


...ま、それがあったからこそ古市との距離も近づいたのかもしれないけど。


秋乃はどこか納得したようで、一人でうんうん頷いた。なんか変な誤解されてなきゃいいけど。出来てるとか。


「やっぱそう考えると古市先輩って特徴的ですよね。私にも理解しがたい部分があるなんて相当ですよ?」

「お前を一般のラインに置くなよ...。」


このやらかし魔が世間一般のラインなら、一体どれだけの人間が通常と呼べるのだろうか。気になる。

「じゃあ、他の人とかどうですか?」

「そんな面白くないけどなぁ...。たとえば戸坂なら...」



こんな感じで話は続いていった。

誰がどんなことが好きか、どんな問題児か、大して知りもしない俺だったが、声に出してみると意外と出てくる。

最後に俺のことについて聞かれた時は大分焦ったが、時間が大分立っていたこともあり、長話にならなかった。助かった。


まあでも。








こんなに同じ部屋のメンバーが気になるほど俺自身があそこになじんでいると言うことへの再認識には、今の一悶着だけで十分だった。



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