第28話 男の娘属性?

まともに掃除をしだしてからは時間がたつのが早かった。


俺が適当にゴソゴソとものを漁り、陽太に投げ渡しては陽太がいくつかあるゴミ袋に分別していく。こういう流れ作業をする場合大人数のほうがいいのでは?と思うことがあるかもしれないが、なんせこの部屋は狭い。そうであれば先ほど陽太が言ったように二人のほうが早いかもしれない。


しかし、それでも時間はかかる。一部屋終了するごろにはもう下校時間になろうとしていた。

「もうそろそろ下校時間だな。中途半端に次の部屋に手をつけるのもあれだし、今日はここら辺で切り上げてそろそろ戻るとするか。」

陽太はどうやら完璧にモチベーションが下がったらしく、手にはめていた軍手をはずした。それを見て俺も自分の手袋をはずす。これで終わりということでいいだろう。時間はまだまだたくさんある。


ただ...。

そう思って俺は二階の廊下にある、一つだけ生きている時計に目をやった。時計の針は下校時間まであと10分ほどあるというのを伝えている。

さて、どうしたものかと手袋をはずし終わった俺は考えていた。


...まあ、部屋に顔出すくらいはしてもいいか。俺は別にずっと陽太の顔色を伺っているわけでもないし。


「了解、んじゃ先に下りて部屋のほうに顔出しておくことにするよ。秋乃もいるんだろ?」

「まあな。...なんか落ち込んでそうだったから励ましの一言くらいかけておいてやれば?」

「あ?ああ。そうだな。びっくりした、お前の口からそんな言葉が出るとはな。」

「別になんでもないよ。ただ管理者として、とても重苦しい雰囲気でここが包まれるのが嫌なだけ。」

「ああ、そうなのね。」


そういって俺はほほえましくニヤニヤした。

女性のツンデレなんてのはこの世に概念的に存在するのだが、男子のほうはというとあまりなく、だからこそいざ実際に直面すると案外可愛いものだ。


...いや、ねぇな。



それじゃと俺は声をかけて先にトントンと音を立て1階へと戻る。先ほどの労働のせいか若干あばらまわりが傷むのを感じた。

しかしそんなことはどうでもよく、ただひたすらにいつもの部屋を目指して歩く。部屋の前に着いたところで俺は一旦足を止めた。


...ふぅ。


この中に秋乃がいるのは知っている。しかしその雰囲気がどういうものかまでは俺も知らない。であれば、スーパーハイテンションで入ると死んでしまうこともあるかもしれない。


まわりがシーンとしてる中で急に奇声を上げても誰にもウケないのと同じ原理。場の空気というのが必ず世界には存在するのだ。


という最低限のことを確認して、俺はギィィと鳴らしてゆっくりとドアを開いた。



中を見渡すと人影が三つ。

戸坂がドア付近に座り、壁のほうに背中を預けながらなにやらよく分からない雑誌を読んでおり、奥のコタツ机では、中央を挟んで秋乃と古市がなにやら楽しそうにお話をしていた。意外と沈んでない様でなにより。


そんな感じの部屋の中、開いたドアの音にいち早く反応したのは古市だった。


「今日は、来ないと思ってた。」

「ばっか、学校に行く以上、ここにもこなきゃいけないでしょうが。それが義務なんだから。」

とまあ、「よっ」だとか「こんにちは」だとかそんな世間一般的の挨拶から到底かけ離れた始まり方で会話が始まる。これがこんにちは代わりといってもおかしくはないな、うん。


秋乃はというと特別気落ちした様子もなく、一瞬ためらったものの数秒でそれを止め、俺のほうに向きなおしていつも通りの態度で接し始めた。


「あれ、先輩どこ行ってたんですか?さっきまで西原先生と何か話してましたよね?そこの部屋で。」

「あ?まあ、話してたっちゃそうだけどな。てかそれもう小一時間前の話なんだけど?」

「あれ?そうでしたっけ?まあいいんですけど、何をしてたんですか?」

「別に?ただの掃除。」

「あっ、そうなんですね。」


秋乃は適当に話を区切らせると俺に興味はないといわんばかりにまた俺のほうから背をそむけて古市と話し出す。時々くすくすと笑い声が聞こえたり、ちょっとだけ頬を赤らめたり。...ガールズトークってレベル高いなぁ。


そんな中に俺の居場所はないため、俺はそそくさと中央のほうからはなれ、戸坂の隣で腰を下ろした。

「あら、あちらには行かないんですね。」

「行ける訳ないだろ。別に俺は女が得意だとかそんなのは無いんだから。というかお前タメじゃない言葉で煽るのはやめれ。同級生だろ?」

「うーん...。」


戸坂は雑誌を読んでいた手を止めてうーんと考える。こいつ根が真面目だしオラオラ系とは全く気が合わないはずだからタメ口とか慣れてないんだろうな。なんて勝手に思う。


やがて遠慮しがちにぽつりぽつりと言葉を吐く。

「それってどんな感じで話せば...いい?」


やっぱり慣れてないようで、今の一言にどうにか織り交ぜようとして話したというのが伝わってくる。

しかし、意識してやられるってのもなかなか気分が落ち着かないんだよなぁ。


俺はそんなことを考えていた脳を整理するために二、三回首の骨をゴキゴキ鳴らす。戸坂はそれを威圧に感じたようで3歩ほどスススと後ろに下がった。

「すすすすいません!やっぱりだめですよね...。」

「あ?」


今の音が怒りに聞こえたんだろうと、ようやく分かった俺は反省がてら頭を掻く。

「あー悪い。別にそういうのじゃねえんだ。これはただの癖だからなぁ。」

「あ、そうですか...。」

それでもどこか戸坂は納得いかないような表情で雑誌で顔を覆う。こういうのはシャイって言うんだろうか、はたまた遠慮しているというのだろうか。


どのみちこのままじゃ状況改善なんてできないからなぁ...。

俺は一度ため息をついて優しく戸坂に語りだした。


「別にあれだ。俺はお前のことが嫌いなわけでもなんでもないし、なんなら好きなまである。...だからまあ、遠慮はしないでくれ。タメ口が苦手っていうならそれでもいいから、自分が話しやすいような口調で話してくれればそれでいいから。」

「須波...くん。」

戸坂がおずおずと顔を上げる。その頬はなぜか羞恥の赤に染まっていた。


「...キュン。」

「キュン、ですね。」


...




なんか外野が騒がしいぞ。

「おいそこの問題児ども。さっきからやかましいぞ。」

「あっ、照れた。」

「照れましたね。」


いつの間にか二人の空間から抜け出していた古市と秋乃が俺を茶化しに来ていた。ちなみに照れてなんか無い。ちょっと生まれつき頬が赤いだけだ。ほ、ほんとなんだから!


「うるせえよ。...んで、何でこっちの話に入ってきたわけ?」

「いけなかった?」

「いけないとかじゃないけどさぁ...。」

「だって先輩、さっき言葉チョイス最悪でしたよ?好きなまであるーとかどこの不器用さんの告白シーンですか。」

「...小説、読んで無さすぎ。」

「ああああああうぜえええええ!」


そういわれて思い返して、今度は赤くなる。

バカ野郎!何であんなこと言った!言え!何でだ!


今ならティターンモデルに乗っても同化しなさそうなレベル。


しかし赤くなってるのがばれてしまってはまた煽られてしまうため、俺は体育座りの両足の間に顔をうずめた。まるでさっきの戸坂みたいに。

「あーあー、先輩も可愛いですねぇ。」

「ほんと。」



女子たちは煽りを止めない。しかし、そんな声は俺じゃない奴の声で止まった。

「あの、そろそろ...止めません?」

「あっ、はい。」

「うん。」


好きだといわれた側のほうの声で二人は煽りを止める。正直助かったとしか言いようがない。


あいつ...俺のことをそんなに...。



キューーン。



ときめいた。



「その...僕も恥ずかしいんで。」



違った。俺のためじゃなかった。なんでときめいた。アホか。

女子の声がようやく止まったところで俺も顔を上げる。そこには先ほどよりさらに顔を赤らめた戸坂がいた。


俺はそんな戸坂を凝視する。

その視線に気づいたのか戸坂は身じろぎをした。

「な、なんですか...?」

「いや...?」


俺の脳内に一筋の光が走った。



...こいつ、可愛いな。

うん、なんならそこら辺の女子より全然可愛いな。よし、陽太に頼んで服作ってもらおう服。

女装とか冗談抜きで似合うはずなんだ。あとこいつ声高いからひょっとしたら...。






...はっ!


なんか一瞬変な思考に脳内が汚染されていた気がする。いかんいかん、男相手にそれは無いな。

...しかし、あれか?こいつは男の娘属性と呼ばれる奴か?


「「...。」」

俺が正気に返った瞬間、女子二人がなにやら渋い顔でこちらを覗いていた。どうもこれは蔑む目というか軽蔑する目というかどん引きする目というか...ははっ、やめて。


「せんぱーい...。」

「言うな、分かってるから。」

「さっき、とんでもない顔してた。その...怖い。」

「やめて!!」


俺はまた一つ精神ポイントを削られる。やばい、このままではMP足りなくて何もアクションできなくなる...!


しかし都合がいいのか悪いのか、そんな放課後の終わりを告げるチャイムが鳴った。

どうやら助かったみたいだ。俺は一度胸を撫で下ろす。


けれどここの女子たちは怖いなぁ...。用心しとこ。




---




今日の帰路も一人だ。

別に誰かと共に帰ることが好きなわけでも嫌いなわけでもなくといった感じの俺はただすたこらと足を進める。

最近はあまりやることもなく、だらだらと過ごしていたが、美春の件、秋乃の加入もあり、また落ち着きがなくなってきている気もする。

俺的には忙しいほうが好きだったりするんだけど、それでも美春の件は早めに解決しておきたいところだ。


ならば、どうしようかと考える。

ああやって切り出して帰らせた以上、まともに取り合ってもらえるかすら疑問だ。一応廊下で何度かすれ違ったが、全くこっちのほう見ようともしないし。


そんなことを考えながら歩き、やがて信号に引っかかったところで後ろから足音が聞こえた。


「せんぱい!」

俺を呼ぶ声が聞こえる。その声に振り向くとそこには息を切らした秋乃が立っていた。おそらく走って俺に追いついてきたのだろう。

その表情は疲れというよりかは戸惑いの念に満ちていた。でも多分それは俺に向けての戸惑いじゃなく...。


「ん、どうした。」

「その...この前は...。」

秋乃はキレの無いテンションで話し出す。


なんだ、その話か。と俺ははぁと息をこぼした。

そんなこと、どうでもいいのに。


やがて先ほど陽太に言われたように励ましの言葉を送る。


「いいからそういうの。別にお前が何かやらかすのにはなれているし、怪我だってどうってことない。それよりどうだ?特監生になってみて。意外と悪くないだろ、あの場所も。」

「うぅ...せんぱい...。」


秋乃はフルフルと震えだす。今にも泣き出しそうだ。

きっと責任を感じているのだろう。...いや、ずっと感じ続けていながら、それでも周りに人がいる中で泣くわけにもいかずといったところでここまで来たんだ。

ちょうどここには人がいないから。もう我慢しなくてもいいと思ってるんだ。


そんな状況がいたたまれない俺はどうにかその雨を降らさないため、秋乃の頭をポンポンと叩いた。

「おいおい、泣くなって。大丈夫なんだから。」

「はい、すいません...。」

秋乃はゴシゴシと目をこすり、涙を拭った。


全く、切り替えの早いやつだ。


そして秋乃は、どうにか頑張ってニパッと笑いながら話し出す。



「特監生、楽しいですね。不良なんていないじゃないですか。」




「...うん、なんて?」

「だから、不良なんてどこにもいないって...。あれ?」


何だ何だ?

「何その先入観。あそこって問題児が集まる場所だけどそりゃ不良とは違うでしょ。」

なんせちはやちゃんセレクションだし。


「他にも変態だとか犯罪すれすれのやばい人とかいろいろいると思ったんですが...。」

「いったいどこからそんな先入観が...。」

「ま、犯罪すれすれのやばい人は一人いたんですけどね。」

「うるさいよ。実際警察沙汰にはあまりなってないんだからいいでしょうが。」


良くないんですけどね。


そういって俺も笑う。全く、切り替えの早いことだ。

こいつの前で湿った話ってのはやっぱり似合わないなとつくづく思う。雰囲気とか、そういう類のものを、今なら信じれそうだ。


「あ、そうだ先輩。一緒にご飯食べて帰りません?特監生の人の話も聞きたいですし。」







秋乃はそうして調子を取り戻したように話し出す。...全く、切り替えの早い奴だ。


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