第18話 後悔する前に...


翌日。学校にて。

俺はこの日に限って古市のマークを強化した。

理由はいたって簡単、犯人であろう人間を捕まえるためだ。

もちろん、本人はそれが誰なのかなんてのは全く知らない。どころか伝えるメリットはない。

とりあえず俺のやりたいことといえば、これ以上誰にも知られないようにこの件を終わらせることぐらいだ。


ただ、これにおいて問題点がある。

犯人をとっ捕まえるにあたって、本人にこれを気づかれてはいけない。

本人の見てないところでやらなければいけない以上、時間が絞られる。

それに、授業の間などの休憩時間というのもまずい。


だから俺が今行っているこのマーキングはいわば最終確認だった。

そして、今日も変わらずそいつはついている。

もう一人の候補者は今日は別で行動しているのでおそらく間違いない。


これによって俺は犯人を確定するにいたった。



---



放課後。

古市はいつものように教室を出て旧部室棟を目指して歩く。

幾度か後ろを振り返っているので俺はその視線に入らないように対象を追った。


古市のちょうど死角の当たり。

そこを執拗に狙って歩いている男こそ犯人だ。


ただ、前提として俺はそいつの顔を一度も見ていないため、名前まで走らない。

見ず知らずの相手にいきなり声をかけるのはいささか気がひけるが、今が絶好のチャンスなのだ。


古市が廊下の角に差し掛かる。

そのまま一度俺の視線から古市が切れたのを確認して、俺は少し小走りでストーキングを行っている男へ追いつき、そのまま右手で肩を捕まえた。


運がいいのか悪いのか、回りには誰もいない。


「おい、ちょっと話しようか。」

「な、なんですか!?急に!」

男は動揺しながらこちらを振り向いた。そしてその表情と始めてご対面となる。


男の容姿は端的に言えばこうだ。

まず、前髪が長く、目元ぎりぎりまで隠れている。少し平均より身長が低く、猫背である。これらの影響もあってか、どこからか気弱というか暗いオーラが溢れ出ている。


さて...顔を見たのはいいが、名前は分からないな。

確か同じ学年だったのは知ってるんだけど。


「まあ、落ち着けって。...とりあえず自己紹介と本題、どっちから入りたい?」

「なんですか、ほんと...。...えっと、自己紹介で。」

「分かった。じゃあ俺からだな。...ここの2-Bの須波悠だ。悪い噂の一つや二つ聞いたことないか?」

「いや...ないです。」

「あ、そうなのね。」

あっさりとないですと言われたためか拍子抜けした俺は素で返答するしかなかった。


いやぁ...結構周りの人間のことなんてどうでもいいんだなぁって。

かっこつけた分少しばからしくなって一瞬逃げ出したいと思ってしまった。


しかし、そんなコメディな話をしに来たわけではないので気を引き締めて向きなおした。

「んで、俺は言ったぞ。そっちは?」

「あ、...2-A、戸坂、璃玖です...。」

細々と弱気な声で告げられた名前に、やはり聞き覚えはなかった。


まあ、赤の他人としっかり断定できた上で話を進めるとしようか。

「自己紹介終わり。...じゃ、本題だな。」

「なんですか本題って...。」

「お前、自覚あるだろ?あまりとぼけないほうがいいぞ?」

怒りを最大限に抑えていつも通りの声音で話しかける。しかし、やはり隠しきれていない部分があったのか向こう方は大分怯えていた。


「...そっちから話すつもりがないならいい。俺が確認する。...お前、古市にストーカー行為をしているな?」

「...!?そ、それは...。」

戸坂は何も言い返さずに、ただ俯く。


否定から入らなかったあたり、こいつが犯人でビンゴだ。

それが確定した今、怖いものなどなかった。

ただ、このまま俺がただ一方的説教するという展開も何かおかしいなと思った俺はとりあえず弁解の余地を与えることにする。


「間違いないな?」

「...はい。いつから、気づいてました?」

「昨日の夕方。駅で俺たちが話してるの見てたろ。」

「それは...間違いないけど。」

「まあ、気づいたところはそれだな。...それより、こっちも聞きたいことが山ほどあるんだ。付き合ってもらうぞ。」


NOは言わせない。


そんな瞳で戸坂を見る。向こうはやはり気弱なのか逆らうつもりはなさそうだった。

「...僕は今から何をされるんですか?」

「別に何もしねーよ、今のところは。だからまあ、手っ取り早く終わらせたいなら話の腰を折らずに質問に答えて欲しい。」

俺は圧迫面接どころか拷問レベルで詰め寄る。

流石にこんな調子だとぐだぐだしそうなのでとりあえず聞き終わるまでは感情を表に出さないように努力することにした。


「...それで、質問ってなんですか...?」

「色々。まず、お前はいつからストーカーを始めたんだ?」

「今年の春から...。去年まではクラスが一緒だったので...。」


ということは、単に見る機会が減ったから自分から作ろうとしての行動なのだろうか?


...まあいい、次。

「なるほどな、言いたいことは分かった。...それで次、なんでストーカーなんてやってるんだ?」

「...。」


戸坂は言葉を止めて俯く。

そこには答えたくない理由があるのだろうか?

しかし、そこまで妥協すると言った覚えはない。


「答えて。」

「...僕は、古市さんが好きなんです。けれど、僕の声はあの人には届かない。...別にいいんです、それは。ただ、どうしても僕はあの人を見ていたかった。...クラスが変わってショックだった。...自分が好きと思っている相手が離れるのってどんな気分か想像がつきます?」


淡々と戸坂は語りだす。

その言葉の中で、どうも最後のフレーズが引っかかった。


自分が好きだと思っている相手が離れるのってどんな気持ちか分かるか。


その言葉は図らずとも俺への挑発だった。


戸坂は俺のことを知らない。だから今の台詞は出てきてもおかしくはない。

俺は別にその言葉について何か感じることがあったわけじゃない。


では何か。こいつが本当の恋愛をしているのか分からない状態で今の台詞が飛び出たことだ。

そこについて俺は言及する。


「...ちょっと待て。俺も聞きたいことがある。...お前、一度は古市に告白はしたのか?どころか、話したことも。」

「えっ?...それは。」

戸坂は言葉を濁す。ということは、これはNOで間違いないということ。


それが分かった瞬間、俺はすぐさま戸坂の胸倉をつかんだ。

「無いのか?」

「無い...です。」

怯えながら答える戸坂。けれど俺は胸をつかんだ手を離さない。


怒りはまだ押さえ込んでいる、つもりだ。

けれど、どうだろうか?最後まで持つだろうか。

そこはもう俺にすら分からなくなっていた。


「...お前、さっき言ったよな。僕の声は届かないって。...挑戦したのか?声を届けようと。まさか遠くから見ているだけで自分は届かないななんて諦めれる、そんな恋でお前はあいつをつけていたのか?」


「...絶対に届かない相手に真面目に向き合えるほど、僕は強くないですよ。」

「!!」


我慢の限界はどうやら過ぎてしまったみたいだ。

俺の右のこぶしには100%も超えるほどの力が加わる。後はもう言うまでもない。



俺は全力で一発、戸坂を殴り飛ばした。



ゴッという鈍い音とともに戸坂の身体は後ろへ吹き飛ぶ。

しかも最悪なことに、こういうときに限って人が来る。


「...!?おい!須波!何やってんだ!」

ものすごい怒声でちはやちゃんが駆け寄ってくる。しかし、今の俺はそんなものは怖くもなんとも無かった。


ただ、自分の伝えたい言葉がまだ沢山残っている。それを邪魔されるのだけはごめんだった。

「先生はそこで待っててください!...処罰なら、あとでいくらでも受けます。けど後数分だけ、時間をください。」

「...。」


ちはやちゃんは足を止めてそれっきり黙りこんだ。俺に時間をくれたのだろう。

そのことに俺は感謝し、軽く一度会釈をちはやちゃんにすると、殴り飛ばした戸坂の元へと近寄った。


「ったた...。」

「あのな、殴ったことは謝る。けれどひとつ聞いて欲しいことがある。」

「...なんですか。」

「自分が強いとか、弱いだとか、そんなの恋愛に関係なんか無いんだよ。...本当に相手のことが好きなら。なら何が大切か?...教えてやるよ。」


そうそれは、俺だから言えること。

こいつなら、まだ間に合うかもしれないから。


「自分の気持ちに気づいたなら、手がつけられなくなる前に行動しろ。別にそれは告白じゃなくてもいい。小さな会話を始めてみる努力でもいい。どんなことでもいいから、好きだと思う相手に卑怯じゃない方法で何かやってみろ。...失ってからじゃ、遅いんだよ。」

「...なんでそんな、えらそうに。」


戸坂は悔しそうに悪態をつく。けれど俺にはもう怒るつもりなんて無かった。

優しく、諭すように、俺は答える。


「俺もな、昔好きな人がいたんだよ。...でもその子はいじめられててだな...俺が告白してすぐ、飛び降りて死んでしまったんだよ。だから知ってる。間に合わないことへの後悔を。...それは、アタックして失敗したときの後悔なんかより全然重たいものなんだ。それっきり俺は人を好きになることはやめた。...でも、お前ならまだ間に合うだろ?」

「...。...でも、もう遅いんじゃないですか?」


戸坂は変わらず悲観を続ける。

俺はそんな戸坂の耳元でこそこそと助言しておいた。


「あいつはお前が犯人だなんてのは知らない。ついでに言うと誰も知らないんだ。俺とお前以外。...あとで先生に何があったのか問われたら、ただ殴られたとだけ言えばいい。何度も言うが殴ったことは謝る。いくらでも悪者にしてくれてもいい。...ただ、ほんとにあいつのことが好きなら、ストーカーなんて馬鹿な真似はやめろ。」

「...僕に、できるかな。」

「できるできないじゃない。やってみろ。」


さて、伝えたいことは伝えた。

俺は戸坂の耳元を離れると。ちはやちゃんのほうへと歩いていった。

無論、捕まりにいくのだ。今なら警察に自首する犯人の気持ちが分かるかもしれない。

ちはやちゃんは怒りを含めた顔をしていたが、なにやら複雑そうな表情を浮かべていた。何か思うところでもあったのだろうか。



やがて、最低の事務連絡のみを伝えるためにちはやちゃんは口を開いた。

「...少し別室で待機してろ。後で校長室だ。」

「...分かりました。」


俺はそれ以上は何も言わなかった。

そして一人で覚悟する。今度こそ退学だと。

今回は目撃者もちゃんと存在している。被害届は出さないと思うかもしれないが、それでも内部で俺を退学にするくらいのことはするだろう。


しかし、俺はそれについて悲観はしなかった。

むしろ、最初に述べたとおり、どこかしら満足感を覚えていた。


なぜ、覚えてしまったのか。

別に全てが解決したからではない。強いていうなれば、昔の俺に似ている戸坂に自分の思いを、間に合ううちに伝えたからだろう。

それは俺にとっての大きな進歩だったから。


だから、今俺は...。











自分の行いが決して言いものではないと知りながら、俺は確かに、


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