第4話 春と新人と


それからというもの、俺はあまり気兼ねをすることなく学校生活を送れていた。

それこそ、「今日からお前は特監生な」と言い渡された最初のほうはどんなものだろうと少し緊張していた節があったが、まあなんせ相方があの馬鹿だ。緊張するこっちがばかばかしく思える。

それに、あいつの言ったとおり部屋での規則は非常にゆるいため、何にも気を使うことなく過ごせているわけだ。

自分の任意の時間で帰れないのはほんの少しだけネックだが、案外悪いものでもないと心のどこかで思い始めていた。


ただ一つ、特監生になってまだ一度も経験していない、先生からの指令というものだけが少し気になってはいたが。




---




そんなわけで、俺が高2となってから二週間ほど経った。

校庭の桜の木はもう大分散っており、部分部分で次の春への準備を進めている。俺はというと、いつものように部屋へ向かう準備をしていた。


机の上にかばんを置いて、机の中のものを乱雑に詰め込む。

そのうち、他に教室に残っている人の声がちらほらと聞こえてきた。

その中に、一つ耳に障る怒声が入ってくる。


「ちょっと!それじゃ謝ってるのかどうか分からないじゃない!そんなので許せると思ってんの!?」

「ごめんなさい。」


どうやら会話の内容的に喧嘩と判断できそうだ。

なら、向けられている相手は...俺じゃないな。教室じゃそんなに誰とも話してないし。


俺としては変に他人の話に首を突っ込むつもりはない。

だからまあ...せめて誰か、と言うのぐらい確認しておいて...。


そう思ってほんの二、三秒だけ喧嘩の主のほうを見る。


...



えっとあれは...。

目に入ったのは女性二人。

片方が確か古市ふるいち...もう片方は...知らん。誰だありゃ。

というか、ありゃ喧嘩というか一方的に怒鳴られてる感じか。


それ以上は特に何かあるわけでもなかったので、見なかった風を装って俺はそそくさと廊下へ出た。悪い雰囲気の中で長居するのも気分がよいわけでもないし。


それから数歩歩き、階段に差し掛かったところでちはやちゃんこと西原先生に遭遇した。


因みに陽太のせいもあって俺もちはやちゃん呼びになった...なんてのはどうでもいい話。

まあ、軽く会釈位しておこう。色々お世話になってるポジションの先生だし。


そう思って首を下に振ろうとした瞬間、向こうから声をかけてきた。


「おう須波。ちょうどよかった。教室に古市いたか?」

タイムリーだ。ほんとにちょうどよかったな。さっき見たし。


「古市っすか?いましたけど。なんか用ですか?なんなら俺が伝えに行かないことも...。」


「いや、いい。直接用があるからな。とりあえず気遣いは感謝するよ。それじゃ、早く行くように。どうせこれからあっち行くんだろ?」

ちはやちゃんは少しだけ深刻そうな顔をしていた。そのせいかますます何があるのか気になるが、それでは放っておいて出てきた意味がなくなる。


「はぁ...そりゃ義務付けられてますし?」

「そんな訳だ。あとはこっちで片付けるから。引き止めて悪かったな。」

「ええ。それじゃ、また後で。」


そうして俺は少しの疑問を胸に残したまま、特監生の部屋へ向かった。




---



春真っ只中。

旧部室棟もその暖かさを存分に室内へ伝えていた。

という訳で部屋の中。コタツは数日前に撤去された。はっきりいってもうお荷物だったまであるけど。

そんなわけで俺は個別デスクで小説を読み、陽太はというと残ったコタツ机でパソコンをつついていた。お互い背を向け合っている状況だ。


...



カタカタカタと、タイピングの音だけが部屋を支配する。

お互い何をしようが自由。それは分かってはいたもののさすがに読書に集中できない。なので俺は本をパタンと閉じ、陽太のほうを向いた。


「なぁ...。このご時勢でそんなにパソコンって使うことないよね?何してんの?」

「お勉強。」

「...お前が?」


いやその...何勝ち誇った顔してんの?思わずガチレスしてしまった。


「まあ、半分冗談。家電組み立てるのにどんな感じにすれば良いかな~なんてのを考えてたのと調べてたのと。でもそれって実質勉強してることと一緒じゃない?」

「...ここが工業科の高校ならお前はとっくに特待生なんだろうなって今はじめて思ったわ...。」

お前それは天才の理論だろ...。普通常人じゃそんなところに思考が行き着かないぞ。


でも確かに、好きなことなら勉強したくなる気持ちは分かる。だから文系理系に分かれるんだろうな。


「それで、何か不便なこととかある?この建物内で何か足りないものとか。」

「うーん...今のところはねえよなぁ。ただこれが夏とか冬になると変わるのかもとは思うな。ここ冷暖房ないだろ?」

「あー...。去年の冬はとりあえずストーブでまかなったけど、夏は俺も初めてだからなぁ。そうだな、何か手を打つように考えとく。扇風機だけじゃ絶対足りないでしょ。」

「多分な。...ん?」


おしゃべりで気が付かなかったが、廊下からコツコツと歩いてくる音が聞こえてきた。

これはおそらくちはやちゃんだな...。というのは分かったけど、いつもと少し違う。

足音が二つある。

現状特監生は俺と陽太だけだし、担当はちはやちゃんだけというのは陽太から聞いている。とすると...。


そんな考察をするまでもなく、部屋のドアが開いた。

「あ、こんちはちはやちゃん...と?」






「ああ。という訳で今日からメンバー追加だ二人とも。よろしく頼む。」

と言ったちはやちゃんと一緒に入ってきたのは、先ほどの女性、古市冬華ふるいちふゆかだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る