2 仲間

 集めた水と食料は、びっくりするほど少なかった。

 干し肉は手のひらサイズのものが8切れほど。水はフィオの水筒に三分の一、ジュンの水筒に三分の二ほど。ユウタの持ってた水筒はすでに空だ。

 シンディーが塩を持って来てくれてたから少しだけなめて、水で口を湿らせる。食べるのは我慢。


 あれから何時間くらい経ったんだろう。

 ユウタは一度目覚めたんだけど、意識ははっきりしなかったみたい。またすぐに眠ってしまった。

 それでも、一安心だけどね。


 対してわたしの痣は、自分では見えないけどまた少し広がったみたい。

 首からほおにかけて痛み出して来ちゃってる。


 今は動くことが出来ないけど、水と食料はほんのちょっとしかないわけで。

 だから、今は体力を消耗しないようにじっとしてる。

 それぞれ座ったり寝転んだりしてね。


 フィオは寝転んでいるけど、ずっと風が吹いてるから影を捜してくれているはず。

 頼りっきりで申し訳なさしかないけど、わたしたちになにかが出来るわけでもない。


 少し離れた場所では、シーナとシンディーがなにかこそこそと談笑している。

 ジュンはユウタを挟んで向かい側にいて、優しく談笑している2人を眺めていた。

 その横顔は、相変わらずハンサムだ。


「ねぇ、ジュン」

「ん?」

「どうして、わたしを捜しに来てくれたの? わたし、ジュンならきっとダンジョンを出てくれるって思ってた」


 わたしがボソボソとそう言うと、ジュンは少しおかしそうに笑う。


「リリアには悪いけど、俺もそうするのが良いんじゃないかって思った」

「ううん、絶対それが正しいとわたしも思ったよ」

「うん。4か1どちらかしか取れないなら、4を取るべきなんだ」


 やっぱりジュンはリーダーだ。

 どうしようもなくなったら、その時のことも考えてくれている。

 わたしなんて、自分がみんなとはぐれちゃうまで考えたこともなかったのに。


「実はさ、あの後大変だったんだよ」


 内容とは裏腹に、ジュンの瞳は笑いをこらえているように細くなる。

 その視線がユウタヘ向いた。


「まあ、リリアもわかってたと思うけど、ユウタは捜しに行くってきかないしさ」

「あ〜、だよね……」


 わかる、すごくわかる。

 絶対、わたしを捜しに行くって言って、反対されたら一人ででも行こうとしちゃうんだ。

 リリアは一人でほっとけないとか、守るよう約束してきたとかずっと言ってるくらいだし。


「まずユウタを止めるのに必死なのに、シンディーもわあわあ泣いてるだろ?」


 うう、シンディー心配かけてごめんね。びっくりしたよね。


「パーティの結束もなにもないよね、そんな状態だと。そんな時に魔物や害獣モンスターに襲われたら連携取れるかも怪しいよな」


 やっぱり一度外へ出るべきなんだろうなって思ったんだと、ジュンは静かに告げた。

 その意見には、首を縦にふるしかない。

 ジュンならそうすると思ってた。それなのにどうして……。


「だけどさ、それと感情が一致してるかと言うと、そうでもない」

「え?」

「それが正しいとわかってても、その正しさを選ぶことが出来ないことがあるんだ。さっきのリリアみたいに」


 これじゃリーダー失格なんだけどと言ったジュンの瞳が、優しくなごむ。

 その表情に胸が詰まった。


「俺さ、正しいことを選んでたら、そのあとずっと後悔するなって思ったんだ」

「ジュン……」

「俺の感情で、みんなを危険にさらすなんて間違ってるよな。でも、正しい道を選べなかった」


 どうしよう、嬉しい。

 こんなこと思って良いのかな、みんなを危険なことに巻き込んでしまったのに。

 でも、その思いが止められない。

 うれしいよ……。


「あ、そうだ」


 なにかを思い出したようにそう言って、ジュンは自分の背負い袋を手に取った。

 その中から取り出したのは、なんと片手剣ショートソード! わたしの!

 しかも、剣も鞘もそろっている。

 川に落ちた時に剣をなくして、途中で鞘も置いて行ったのに。


「驚いた?」

「すっごく驚いた……」


 別に思い入れのある品でもないし、特別な物でもない。

 でも、なくなったと思ったものが目の前に出てくるとは思わないじゃない?


「剣は、運良く橋の上に残ってたんだ」

「そうなんだ……じゃあ鞘は……」

「途中で見つけた。リリアは生きてここを通ったんだって確信できて、そりゃあ嬉しかったよ」

「うん……」


 目頭が熱くなる。

 こんな風に、みんながわたしを思ってくれてることが本当に嬉しい。

 手渡された片手剣ショートソードは、いつものなじんだ重さを腕に伝えてくる。


「リリアさ、来月冒険者ギルドの登録更新するでしょ? その時に、職業登録を変えたらどうかな。魔法剣士とかに」

「え……」


 ちょっと驚いちゃった。驚いたのは魔法剣士への登録変更をすすめられたことじゃなくて、来月の話をジュンがさも当然のようにしたこと。

 ジュンは信じてくれてるんだ。わたしが無事にこの呪いを解くことが出来るって。


「えっと、いいのかな? まだ発動が不安定なんだけど……」

「いいんじゃない? 不安定でも発動するんだし。実際、さっきのやつもすごかったよ。もうコツはつかんでると思うけど」

「う、うん……!」


 ジュンはリーダーとしてわたしたちを一番よく見てくれている。だから、彼がそう言ってくれると、なんだかとても心強い。

 魔法使いがパーティにいるってだけで、受けられる依頼もぐんと増えるよと言いながら、ジュンは嬉しそうに笑う。

 そんな顔されると、なんだかわたしまで嬉しくなっちゃうな。

 こういう時は、ちょっとシーナが羨ましいや。優しいし、絶対大切にしてくれるもの。あと、ハンサムだし。いいなぁ。


 シーナの方へと目を向ける。

 彼女は今まで非戦闘員だった。なのにいつの間にか攻撃魔法を習得してたでしょ?

 本人は見せたがらないけど、きっといっぱい勉強や練習をしたんだろうな。試行錯誤して頑張ったんだと思う。

 きっと、これからもシーナは腕を上げて行くはずだ。


「ユウタも変える?」

「そうだね。まあ登録職業なんて斡旋してもらえる仕事の幅を増やすためのものだから、ユウタは今のままでもいいけどね。パーティバランスとして」


 なるほど。ジュンってやっぱり色々考えてくれてるんだなぁ。


「まあ、俺なんかは変えようがないからなぁ。シンディーみたいに多才でもないし。魔力があるって良いよね」

「そっかー、魔法使えるの当たり前だったけどシンディーも同じこと言ってたしそうなのかな〜」

「まあないものねだりかな」


 軽く肩をすくめて、ジュンはゆっくり立ち上がった。


「ちょっとユウタを頼んで良いかい?」

「もちろん!」

「ありがとう」


 見惚れるくらいに爽やかに笑って、ジュンは踵を返した。

 そして寝転んでいるフィオに近づくとなにか笑顔で話しかけている。

 そのまま、フィオの側に座った。


 ジュンってやっぱり凄いなぁ。 あのフィオにも気後れなく笑顔で話しかけてるし。

 しかも、会話が続いてそう。

 ジュンって物腰柔らかだから話しやすいし、フィオでもそうなのかもしれない。

 それにかっこいいしなぁ。


 かたわらでまだ眠っているユウタに視線を落とす。

 ふふ、ユウタも別に顔立ち悪くないのに、ジュンの隣にいると形無しよね。まあ、シーナとシンディーに並ぶわたしもそうなんだけど。

 わたしたち、人里離れた山岳地帯育ちだし、やっぱりちょっと地味かもね。今旅してる地域には綺麗な黒髪の人が多いし。憧れちゃう。

 でもわたし、黒髪にはなれないけど、シリアー族で良かったと思ってるよ。ユウタと一緒に歌えるから。




「帰っておいで、ここへ

 もう戦わなくていいから

 誰も憎んだりしなくていいから


 帰っておいで、ここへ

 君を包む優しい宇宙そらへ」




 自然と歌が口からこぼれる。

 本気で歌っちゃうと体力消耗しちゃうから小さく。それでも本当は歌わない方がいいんだろうけど、わたしはシリアー族だから。

 歌わないってなんだか生きてる心地がしない。




「……どこまでも続く闇の中で


 歩き疲れたら帰っておいで

 いつでも君を包んであげる

 君の生命いのちを光らせてあげるから

 優しい風の吹く……」




 ねえ、わたしの帰る場所はどこなんだろう。

 わたしは将来、どこへ帰るのかな。そしてユウタは?

 みんなとずっと一緒に冒険者としてやっていけたら楽しいだろうな。だけど、シリアー族としてそれでいいんだろうか。

 わたしはどうしたいんだろう。まだよくわからないや。


 とにかく、今は影になってしまったあの人を助けて、この呪いを解かなくちゃ。

 将来のことなんて、全部その後のことだもんね。


 そっと手にあたたかな熱が触れた。

 その熱がわたしの手をにぎる。




「帰っておいで、ここへ

 君を包む優しい宇宙そらへ」






 挿入歌「宇宙そらへ還る日」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054892578523/episodes/1177354054917178886

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