第一章 魔術師と猟犬①



 間合いを先にめたのは、アルフレッドだった。

 切っ先同士が触れあうきよたがいにけんせいをしていたが、れたようにオリビアへと一歩み込んだ。

 アルフレッドの足がゆかいたを踏むかわいた音が耳をでる。反射的に、オリビアは後退した。アルフレッドがちようやくするように床をり、同時にけんり上げるのを見る。オリビアのくちびるゆるえがいた。おそい、遅い。これでは、「だいいちげきとうたつ点」がゆうで見切れる。

 オリビアはとうのステップを踏むようにかろやかに後退し、その剣撃をかわした。

 彼女の鼻先数センチを、やいばのない訓練用の剣がかすめる。

「……くそっ」

 いらだったような低い声を聞き、オリビアはみを深めた。振り下ろされ、完全に下向いたアルフレッドのサーベルを、しゆんに自分の剣で、上からたたきつける。

 あわてたようにアルフレッドが剣を持ち上げようと手首に力を入れたが、すでに遅い。

 打ち付けた反動で上がったオリビアの剣先は、アルフレッドの首元に突き立てられて、ぴたりと止まっていた。

「やめ」

 ほがらかな声が武道場にひびき、オリビアは剣を下ろす。

 目前のアルフレッドをいちべつすると、あらい息のまま、にらみつけてきた。オリビアはかたすくめて視線からのがれると、開始線まで戻って構える。

「どうしますか、殿でん

 同じように開始線に戻ったアルフレッドに声をかけたのは、剣技の師匠であり、オリビアの父親でもあるウィリアムだ。組んでいたうでをほどき、首をかしげるようにアルフレッドの顔を見た。

「『一本勝負』ということでしたが、しゆうりようしても……」

「その『一本勝負』を、もう一度、お願いします」

 アルフレッドはおだやかな笑みをかべてウィリアムに小さく頭を下げる。一本で勝敗を決するから『一本勝負』なのに、再戦したら意味がないのではないか、とオリビアはあきれた。

「その心意気や、よし、でございますな」「殿下、がんりなされ」

 かべぎわからは野太い声がいくつも聞こえる。オリビアは中段に構えたまま、視線だけ声の方に向けた。

 そこにいるのは、ユリウスのじゆう達だ。武官もいれば文官もおり、手を叩いたり、口の周りを囲ってしきりにアルフレッドにせいえんを送ったりしている。ユリウスの手前、おついしようのように声を張っている、というのではない。みな、アルフレッドが生まれたときからの付き合いのせいか、『息子むすこ』を見るような目つきだ。

 その侍従団に囲まれ、彼の実父であるユリウスはどこか苦笑いを浮かべてアルフレッドとオリビアを眺めている。

 アルフレッドは、というとその声援にりちに頭を下げ、「がんばります」とはにかんだように答えるものだから、侍従達の声にも熱が増す。

 ───なーにが、『がんばりますぅ』よ。

 オリビアは口をへの字に曲げて、ユリウスの侍従団に再度しやくをするアルフレッドの横顔を眺めた。

 やさしく、穏やかな笑みを口元に浮かべている。りゆうれいな立ちいは、育ちの良さを感じさせた。背中の中ほどまで伸ばした、はちみついろの金髪は、今は動きやすいようにひとつに束ねられているせいで、顔のりんかくがはっきり出ている。父であるユリウスによく似た端整な顔立ちだ。

 ただ、ユリウスのような『鋭利』さは、彼にはない。

 あわく、たおやかな優美さがあった。それは、『甘さ』にも似ている。

 だからだろう。アルフレッドを見た大人達は、まるで砂糖でも口にふくんだように笑みこぼれ、そしてガラス細工でもあつかうようにしんちように接するのだ。

『さすが、閣下のごちやくなんそうめいなだけではなく、美しくあられる』

『そのうえ、天使のように純真で、かわいらしい』

 オリビアは幼いころから、何度も何度も、そんな大人達の声を聞いた。そのたびに、けんにしわを寄せながら、「大人って、だまされやすいなぁ」と心の中で呟いたものだ。

「オリビア」

 不意にアルフレッドに声をかけられ、オリビアは目をまたたかせる。

「なに」

 ぶっきらぼうに応じると、こうたんにとろけるような笑みを浮かべたまま、アルフレッドは首を右にかたむけた。

つかれているところ申し訳ないが、もう一本、手合わせ願えないだろうか」

 優しく声をかけられたが、アルフレッドのひよういろひとみてつくような光を宿して、オリビアをぎようしている。よく聞けば、声だって一本調子でよくようがない。彼はいつも自分に対してはこんな感じだ。

 ───ああ、やだやだ。なんで、大人はコロリと騙されるんだろ。

 オリビアはため息を押しつぶし、にこりと笑ってみせた。「もちろん、いいよ」。そう答えた後、ぎろり、と睨み返す。

「まぁ、何度やっても、結果は同じだろうけど」

「そうだね。オリビアは、ぼくより強いから」

 アルフレッドは笑顔をくずさずそう応じ、冷ややかにオリビアを見つめたまま、「まぁ、それも今日までだけどね」と、小声の早口でき捨てた。その声は侍従団の声援につぶされ、かろうじて聞こえたのはオリビアだけのようだ。眉間に深い縦じわを刻んだ瞬間、ウィリアムが、ぱん、とひとつ手を打った。

「じゃあ、もう一度」

 ウィリアムの言葉に、二人は改めて剣を構え直した。向かい合う。視線がからみ合う。どちらも外さない。

「はじめ!」

 開始の声と同時に、互いに距離を詰める。ぎゅっ、とぐんの足裏が床を踏む音が、武道場内に響いた。

 オリビアが先に、ける。

 たん、と軽やかな音を立てて大きく一歩踏み出し、小さく速い振りで、アルフレッドの眉間をねらう。アルフレッドはおおまたに一歩下がることで彼女の一撃を躱すが。

 オリビアの「しよ」は、こうげきの第一波にすぎないことを、アルフレッドは痛感する。

 オリビアの一撃目は、次の攻撃をかくすための、見せかけだった。

 そのしように、彼女の剣は空振らない。ぴたりと宙で止まり、そくに次のざんげきに備えて振り上げられる。アルフレッドが構えるひまあたえず、彼の右のこめかみをめがけて剣先がきゆうしゆうする。

 オリビアの視界の中で、アルフレッドが小さく舌打ちした。げられない、と判断したのか、かかとを床につけ、剣を立てる。ぎゅっとつかにぎり込み、みね部分でオリビアの剣を防ぐ。

 がちん、とこうしつな音が響き、アルフレッドの剣は、オリビアの二撃目をはじいたが。

 オリビアの剣は止まらない。まるで剣の重さなど感じさせない速さで三度振り上げられ、次はアルフレッドの左のこめかみを狙う。アルフレッドはあせりながらも、剣を立てたまま左ひじを引き、オリビアの斬撃をね返す。

「速いな、これは」「さすがにウィリアムきようのご息女」

 アルフレッドにかんせいを送っていた侍従団からも、かんたんの声が上がる。武官などは、さっきまでの温和な表情を消して、真剣に彼女のけんげきを見ていた。

 そんな彼らの視線の先で、オリビアの攻撃は続く。左右にさぶりをかけ、時折、くような所作を含ませては、アルフレッドの接近を防いでいた。

 そう。オリビアが一番おそれているのは、アルフレッドが「近づきすぎる」ことだった。

 ───……アル、最近、身長がびてるのよね……。

 攻撃を与えながらも、オリビアは油断なくアルフレッドを見やる。

 ひとつ年上のこのおさなみは、昨年頃からずいぶんと身長が伸びてきた。それまでは、むしろオリビアの方が彼より背が高い時期もあったのだ。父であるウィリアムに似たのか、オリビアは同年代の女子の中では随分と高身長だ。男装をしてもかんがないのはそのあたりにもあるのだろう。腕も足も、十代半ばの少年並みにある。

 だが、アルフレッドが十六歳になったたん、彼女の成長を上回る速度で背を伸ばし始めた。背だけではない。力も、太く大きな筋肉だって、つき始めた。

 同時に、それまでは剣では決して負けなかったのに、勝負をしてみれば、あやうい場面も出始めた。

 力だ、と気づいた。体格だ、と焦った。アルフレッドはこれからも成長するだろうが、女子である自分は、今後それほど筋肉がつくこともなく、背も伸びないだろう。彼と戦い、そして最低でも並び立つためには、今までのような戦い方ではだめだ。

 ───『速さ』を、かさないと……。

 オリビアは奥歯をみしめた。『速さ』は、ある意味技量であったり、持って生まれた素質であったりが作用する。それならば、アルフレッドに勝てる。

 ───次の一打で、決める。

 そう思った彼女は、アルフレッドの剣を横なぎにはらう。今まで、軽い打ちばかりをしのいできたからだろう。不意に放たれた『重い』打ちに、アルフレッドが体勢を崩す。

 今だ、とオリビアは大きく剣をり上げ、彼の頭部を狙った。

 だが、振り下ろすいつしゆん。湖氷色の瞳が勝ち気にきらめくのを見た。しまった。そう思ったが、決め手として放った一撃は、容易に止められない。アルフレッドは瞬時に体勢を立て直すと、彼女の斬撃を真っ向から自分の剣で受け止め、つばり合いに持ち込む。

「……この……っ」

 オリビアは鼻先がれあうほど間近にいるアルフレッドをにらみつけた。剣同士が絡み合った先で、アルフレッドがかたほおだけゆがめて笑った。「いらっしゃい」。聞いた途端、自分が仕掛けられたことを知る。体勢を崩したふりをしたのだ、こいつは。そこを狙いに来た自分と、鍔迫り合いをすることが本来の目的だったと気づいたものの、もうおそい。

 形勢は逆転した。いまやアルフレッドは、のしかかるように上から剣を押し付けてくる。

 なんとか、のがれ出ようとひざうらに力を込めたオリビアだったが、どん、とゆかんだ音を聞く。同時に、身体からだが揺れた。鍔迫り合いの姿勢のまま、ごういんにアルフレッドが自分を弾くように押してきたのだ。そう理解した瞬間、足裏がく。

「……え」

 つぶやいた途端、身体が後方に向かって移動した。踏ん張っていたのに、力負けしたのだ。

 あつなくオリビアは床にしりもちをつき、剣を手放した。

「やめ」

 のんな父親の声を、ぼうぜんと聞いた。目の前では、アルフレッドが上段に剣を構え、オリビアが立ち上がってきたときのために備えている。

殿でん、お見事です」

 ウィリアムの声は、じゆう団の指笛やはくしゆき消えた。

「いえ、ぐうぜんです」

 アルフレッドは構えを解くと、はにかんだようにみを浮かべる。

だいじよう? オリビア」

 そう言って、剣を左手に持ち、右手を自分に向かって差し出してきた。その満面の笑みと、「ざまあ」と言いたげな瞳に、思わずオリビアは手をたたき落としてやろうかと思ったが、なんとかこらえて彼の手を握る。

「大丈夫よ、アル」

 笑顔で答え、ぎゅううううううっ、と力いっぱい手を握った。「すっかり、騙されちゃった」。声はおだやかなまま、いかりを宿した目で言う。

「オリビアは、本当になおだなぁ」

 アルフレッドはくちびるを弓なりにかたどったまま、へいたんな言葉をつむぐ。

「ほら、立って」

 そう言うと、オリビアに必要以上に手を握られたまま、アルフレッドはうでを引く。あっさりとオリビアの身体は持ち上がり、よろめくようにして立ち上がった。

 そのわんりよくまどう。難なく自分は引き上げられた。しかも、片腕一本で。

「閣下、どうですか?」

 そういえば、握ったてのひらも大きかったな。そんなことをぼんやりと考えていたオリビアの耳に、ウィリアムの声がすべり込む。

 顔を上げると、いつの間にかウィリアムのとなりに、ユリウスが歩み寄っていた。侍従団はかべぎわに待機させたままのようだ。彼の背後には、見慣れない一人の青年が立っていた。

「最近の殿下の成長は目覚ましいばかりですよ」

 くつたくなくウィリアムは笑いかけるが、ユリウスはあいまいに首をかしげる。息子むすこめられてどこか照れもあるのか、ちらりとアルフレッドに視線を向けるが、特に何を言うでもない。

 オリビアはそんなユリウスとアルフレッドを見比べる。

 よく似た容姿だと思う。ごうしやきんぱつあおこんごうせきのようなひとみ。白磁のようなはだ

「まぁ、指導者がいいんでしょうかね」

 ウィリアムが軽口を叩く。ユリウスは鼻で笑うが、その瞳はやわらかい。

 くろかみ緑眼のこのに、絶対的しんらいを置いていることは、その表情を見れば明らかだった。

 きようだいでもあるウィリアムは、ユリウスが王位にいたときも、そして退位し、ルクトニア領主にほうじられてからも、決してそばはなれようとはしなかった。『ユリウスのけいしつこうにん』とされ、「成り上がりの羊飼いめ」と貴族達からかげぐちを叩かれようが、常に彼はひようひようとユリウスに従い、その身を守ってきた。

 ───いつか、私も……。

 オリビアは、そんな父とユリウスの姿を見て、幼いころからそう思っていた。

 アルフレッドがルクトニア領主となったあかつきには、自分もその隣にいたい。彼を守り、信じ、いつしよにルクトニアのために働きたい。そう願うようになっていた。

「わたしは、オリビアこそがらしいと思うがな」

 不意に名前を呼ばれ、オリビアはかたふるわせた。顔を向けると、ユリウスがゆうに笑って自分を見ている。

「君の強さは、ウィリアムにまさるともおとらない」

 褒められ、オリビアはきんちよううれしさで顔がるのを感じた。「あ、ありがとうございます」。ぺこりと頭を下げたが、視界をかすめたのは、ユリウスの背後に立つ青年の冷ややかな視線だ。

 ───だれだろう……。

 いぶかしく思った矢先、「ですがねぇ」と父親のしよう交じりの声が、下げた頭の上を滑った。

「何度も言うように、もう限界だと思ってますよ、僕は」

 そろり、と顔を上げた先で、ウィリアムと目が合う。腕を組み、あごをつまむようにしてユリウスと話していたようだが、オリビアの視線に気づいたのだろう。顔をこちらに向けた。

「君が弱い、って言ってるんじゃないよ。そこはちがえないで」

 さとすように言われ、オリビアは、おずおずとうなずいた。

「オリビアには言ってなかったけど、殿下の侍従団を作ろうって話になっててね」

 ウィリアムの言葉に、オリビアは父親ゆずりのすいいろの瞳をアルフレッドに向ける。当然、彼も知っていると思っていたが、違うらしい。おどろいたように目を見開いていた。

「その流れで、護衛騎士の成員も見直そうかな、って」

「オリビアを外す、ということですか」

 しんちように問うたのはアルフレッドだ。その言葉にはじかれたようにオリビアは父を見た。

「いや、あくまで案であって、決定こうではないけど」

 ウィリアムは口をへの字に曲げる。

 現在、アルフレッドの護衛騎士として正式に任命されているのは、オリビアをふくめた十名の騎士だ。アルフレッドのもんしようをとって『ゆうよく騎士団』と呼ばれているが、誰もがかりそめの騎士団であることは知っている。規模が小さすぎるからだ。あくまで『護衛』だけを目的に結成されており、彼が次期領主としておおやけに周知されたとき、改めて人員を整理し、正式な『騎士団』に再編されることとなる。

 ───騎士団の再編に、私が外れる可能性があるって、こと……?

 茫然とウィリアムを見つめていたら、「オリビア」と名前を呼ばれた。

「その、『有翼馬騎士団』再編の中心人物になる騎士だ」

 ウィリアムはオリビアではない、誰かを見ている。オリビアは彼の視線をたどった。

「初めまして、オリビアじよう

 低い、けれど、耳にここよい声に、オリビアは顎を上げた。

「コンラッド・ウィズリーと申します」

 ユリウスの背後に立っていた青年騎士だった。

 二十代前半だろうか。くりいろの髪に、はしばみいろの瞳。アルフレッドより少し長身だが、細身ではない。がっしりとしたかたはばと、軍服しにもわかる厚い胸筋を持った青年だ。

「はじめ、まして」

 手を差し出されたので、オリビアもけんをおさめて右手を差し出す。一瞬力を込めてにぎられた掌は、剣だこのある、かわいた大きなものだった。自分の隣に立つアルフレッドを見やると、こちらは初対面ではないのか、あのねこかぶりの笑みを浮かべてしやくしている。アルフレッドの視線を感じたコンラッドは握ったみぎこぶしを左胸に当て、敬礼をしてみせた。

「オリビア、彼はシャムロック騎士団に所属していたらしいよ。剣の腕が立つそうだ」

 アルフレッドがオリビアにしようかいしてくれた。

 こわは柔らかいが、瞳はけ目なくコンラッドを見ている。オリビアは、彼が口にした『シャムロック騎士団』というめいしように目をみはる。王都では有名な教会所属の騎士団だ。ゆうもうかんで、ユリウスの在位時に起こった内乱では、聖歌を歌いながらせんじんを切って敵地に飛び込み、その歌が『がい』になった、といういつがある。たんの調査でも有名な騎士団だとおくしていた。

「別に、オリビアを残してもいいんじゃないのか? 護衛騎士として」

 ユリウスがげんそうな声をらす。いつしゆんあんの色をかべたオリビアとアルフレッドだが、不意に聞こえた苦笑に、顔をこわばらせた。

「失礼」

 ゆるく握った拳で口元をかくし、うつむいていたコンラッドが、オリビアの視線に気づいて目を細めた。

「いや、無理でしょう。彼女に務まるはずがありません」

 断言され、オリビアは言葉をなくす。

「理由は?」

 たずねたのはユリウスだ。自分の提案がきやつされたと思ったのだろう。けんのんな目でコンラッドを見やる。けんおうと名高く、そのれいな容姿にまどわされやすいが、本人は非常に気分屋だ。こつに気分を表情に出すので、コンラッドも不興を買ったとあせったようだ。

「差し出がましいことを……」

 そう口にしたが、「さっさと言え」と切り捨てられる。

「殿下をお守りするには、彼女は身体からだが小さすぎます」

 コンラッドは背筋をばし、真っぐにユリウスを見て答えた。

「護衛に必要なのは、武術だけではありません」

 明確にコンラッドは断言した。

「放たれた矢、り下ろされた剣、とうてきされたやりなど、様々な物理こうげきから護衛対象者を守るためには、『身をていする』必要があります」

 その声音はたんたんとしていたが、一語一語がつぶてとなり、オリビアの胸を打つ。知らずに俯いた視界に入るのは、自分の手だ。まだ、コンラッドに握られた感覚が残っている。大きく、がっしりと、力強い手。自分とは違う、男の手。

「わたしがシャムロックにざいせきしていた折、はくらいめずらしい武器を使って攻撃してくる武人や、異端と呼ばれる不可思議な術を使ってくるやからもおりました。そういった、自分の想定外の攻撃からも護衛対象者を守るためには、『たて』になる必要があります」

 うなだれて聞いていたオリビアは視線を感じ、顔を上げる。たんに、コンラッドの榛色の瞳にからられた。

「そのとき、護衛対象者より身体が小さくては、『盾』になれません」

 コンラッドの言葉に、ユリウスは、不服そうにウィリアムへと青金剛石の瞳を転じる。ウィリアムはがおでその視線を受け流すと、オリビアを見た。

「何も今すぐに殿でんの護衛騎士から外すわけじゃない。あくまで、そんな意見もある、ということだから」

 オリビアはしんみような表情のまま「はい」と応じる。だが、その案をしているのは、まぎれもなく父なのだと感じ取った。

「失礼します、閣下」

 かべぎわにいたじゆう団の一人が、ユリウスのそばに近づき、ひかえめに声をかける。「時間か?」。ぶっきらぼうにユリウスが尋ね、侍従は深く頭を下げる。ユリウスはしゆこうすると、コンラッドとウィリアムを見た。

「行くぞ」

 それだけ言うと、返事も聞かずに背を向ける。コンラッドはとうわくしたようにウィリアムを見上げた。「はいはい。行きますよー」。ウィリアムはおざなりに返事をしながら、そんなコンラッドの背を押して歩き出す。だが、とうとつに振り返った。

「負けた人は、り四百ね」

 ウィリアムはほがらかにオリビアとアルフレッドに指示を出す。一度ずつ負けたから、二人とも今から「素振り四百」だ。たがいに顔を見合わせて肩を落としている間に、ユリウスとその侍従団は武道場から姿を消した。

「コンラッドって人、アルは知ってたの?」

 オリビアは武道場のとびらながめたまま、尋ねる。「まぁ、うん」と返事をしたアルフレッドは、その後あわてたように言葉を続ける。

「だけど、団の話は今日、初耳だし。お前が護衛騎士を外れる可能性があるなんて、全然知らなかったんだからな」

 早口な言葉に、オリビアは苦笑いしながら頷いた。その様子にアルフレッドは表情をやわらげる。試合で乱れたちようはつを束ね直しながら、言葉を続けた。

「数日前かな。父上のしつ室で初めて会って……。うでは立つらしい。ウィリアムきようがわざわざシャムロック騎士団から引き抜いてきたらしいし」

「お父様が……」

 つぶやいて、なんだか胸のあたりが重い。やはり父は、アルフレッドの護衛に自分はふさわしくない、と思っているのか。気づけば、さっきまでにぎやかだった武道場に、重苦しい空気が広がっていた。

「なぁ、今晩、『夜の街ナイト』に行くだろ?」

 そのふんき飛ばすように、アルフレッドが明るい声を上げる。だが、オリビアはさらけんの縦じわを深くしてみせた。

「二日前に行ったばかりでしょ? せめて、一週間に一回程度にしようよ」

「エラが欲しがってた本を手に入れたんだ。早く届けてやりたいし」

 あんまりひんぱんに行くのはよくない。そう言おうとしたのだが、共通の知人でもあるがいしようのエラの名前を出されたら、オリビアも口ごもる。

「……じゃあ、その本をわたしたら、さっさと帰ろうね」

 おう、とアルフレッドは陽気に笑い、どん、とオリビアの背をたたいた。

たよりにしてるぜ、護衛騎士」

 そう言われ、オリビアは苦笑する。たぶん、彼なりにはげましてくれているのだろう。

「じゃあ、その前に、さっさと素振りを済ませちゃおう」

「……そうだな……。お前、真面目まじめだな……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る