第41話 俺は……僕は……

 ――なに? もしも柊朱翔が記憶を回復させていたら、だと? 拘束もやむを得んだろう。こちらには知る権利があるしな。


 思い出した。思い出してしまった。

 記録映像が失われた記憶を目覚めさせる呼び水となった。

 唐突に夢から現へと覚めるように、失われた記憶が朱翔に重圧としてのし掛かる。

「俺は……僕は……ううっ!」

 重圧が朱翔に両膝つかせ、涙の斑紋を床に刻ませる。

 クルー全員を救えなかった悔恨とただ一人生き残ってしまった罪悪感が全身を痛めつけていた。

「朱翔さん……」

 白花やたんぽぽ、蒼太は朱翔から目を逸らすだけだ。

 幼馴染みの反応からして彼女たちは隠していたのだろう。

 だが、糾弾する気などなかった。日常に戻れるよう支えてくれた友を糾弾できるものか。

「そうだ。は、あの後、月の裏側で発見されたんだ」

 おぼろげながら当時の状況を思い出す。

 みそらの手により脱出挺、それも冷凍睡眠装置の中に飛ばされた。

 そして最後のあがきとして月の裏に転移される。

 既に地球圏ではフロンティアⅦとの連絡途絶から七五日以上が経過していた。

 生存は絶望的、信号途絶えた木星に救助隊を派遣すべきか議論していた矢先、月面裏から救難信号を受信する。

 真偽確認のため国際宇宙ステーションから派遣された調査隊は半壊状態の脱出挺から冷凍睡眠装置に収納された朱翔を回収する。

「たぶん、記憶を失ったのも冷凍睡眠装置を無理に起動したせいだと思う」

 本来の運用順序を朱翔は思い出している。

 急激な温度低下は人体に悪影響を及ぼす故、徐々に体温を下げる必要がある。

 だが正当な段取りを踏まず、冷凍睡眠に押し込んだことで中枢神経に悪影響を及ぼした。

 段取り踏まずしてパソコンの電源を切るに近い。

 よって起こるのは記憶障害である。

 中枢神経にはデュナイドも宿っていた。当時はチュベロスの光線にて弱体化していたこともあり、朱翔と揃って記憶を失い、眠りについた。

「当時、ニュースで取り上げられぬ日などなかったほどだよ」

 黒樫持つタブレットには当時のニュース映像が流れている。

 顔面蒼白の管制官たちが通信回復を試みんとする姿。マスコミは連日連夜、事件を臭わせる記事を書き連ねる。クルーの家族たちは不安を駆り立てられ、安否を尋ねんと施設に押し寄せる。

「そんな騒動の中、月面裏で君が発見された。管制局は事態を把握するも発見の事実を公表しなかった。何故だか分かるかね?」

「なんとなくね」

 嘆息混じりに朱翔は返す。

 目覚めたら己の名前すら覚えていなかった。

 ただ一人生き残ったことで、あれこれ聞かれた記憶があるも、宇宙関連の知識も軒並み忘却しているため質問の意味すら理解できずにいた。

「国際連盟は、いや常任理事国は全会一致でフロンティア計画の失敗を告げたよ」

 タブレットの映像は写真に切り替わる。

 木星をバックに金属の臓物をさらけ出し無惨に変わり果てたフロンティアⅦの写真。

 クルー全員の生存を絶望的に匂わせるからこそ、事態は沈静化へと向かう。

 遺族への補償、フロンティア計画の責任者と管理局の上役の引責辞職、そしてフロンティア計画の凍結が公表された。

「クルーであった君ならフロンティアⅦがどうなったか、知っているのだろう?」

「ブラックホールに飲み込まれたはずだよ。けどその写真は?」

 記憶に間違いないが、全壊したフロンティアⅦの写真は一体なんだとの疑問を走らせる。

 黒樫の発言に朱翔は察するしかなかった。

 事態を一刻も沈静化させるため、フロンティアⅦの偽写真を用意し疑問を抱かせず公表する。なにしろ現場は地球より遙か遠くの木星である。現場に足を運んで真偽確認などしようがない。

 高度な望遠鏡で残骸がないと指摘する者がいても、重重力の木星に飲み込まれたと告げれば呆気なく片づいた。

「でもさ、なら僕はどうして、ここにいるんだ?」

「それは書類上、君が宇宙飛行士ではないからだよ」

 フロンティア計画参加者名簿に柊朱翔なる人物の名前はない。

 加えて今日ではフロンティア計画そのものが抹消されていた。

 だからこそ一つの疑問が過ぎる。

「出発前、メディア取材受けたし講演会にも呼ばれたけど?」

 タブレットに保存されたデータを除けば、と黒樫は付け加える。

「今の時代、あらゆるものがインターネットで管理・運営されている。故に国連の常任理事国はフロンティア計画をネットワークからも抹消させる手段に出た。関連データを消去するウィルスをばらまいたのさ。それだけじゃない。ペーパーメディアのリアル消去、なお取り上げるメディアへの圧力など徹底していたよ。加えて宇宙での一大惨事だ。データは消せようと、人間の記憶は消せやしない。故に口に出すのは憚られる空気を蔓延させた」

「普通、そこまでする?」

「国連主催と言えども裏を返せば国家の威信を賭けた一大プロジェクト、その大失敗だ。汚点は今後の国家運営に影響するからだろうと私は読むね」

「けど、そのタブレットは?」

 矛盾だと朱翔は指摘する。

 今の今まで存在を秘匿してきたからだとしても、如何にして逃れてきたのか疑問を抱く。

「なにこのタブレットはエネルゲイヤーΔが作製した特別製だからだよ。フロンティアⅦの全壊写真を見た私は直感に従うまま、フロンティア計画のデータをかき集めこのタブレットを保存した。このタブレットは私以外にアクセスできず、地球圏において如何なるウィルス、ハッキングは通じない。それどころか国家機密すらその気になれば閲覧できる」

 地球外の技術で制作された故に。

 ちょっと卑怯だと朱翔は思った。

 ただ黒樫には抹消されたフロンティア計画を世間に公表する気はないようだった。

「ついでにちょっとした好奇心で調査をしたところ、フロンティアⅦの生存者がいることを突き止める。そう君だよ、柊朱翔くん」

 黒樫は独自にネットワーク内での調査を続け、月裏で発見されたこと、記憶喪失であること、放逐に近い形で故郷の天沼島に戻されたことを突き止める。

 後に、偶然にも自社ゲームをプレイしていることもまた。

「あんな脱出挺で木星から地球を短い間で移動できるはずがない。フロンティアⅦでも片道半年はかかる。加えてエネルゲイヤーΔも君が帰還したと同時期にコアが活発となっている。つまりは……」

「そうだ。あの時――」

 記憶を取り戻したからこそ、朱翔はチュベロスの発言を思い出した。


『#&%$惑星の近くにあった機械だらけの惑星爆破した時も、核の玉っころがどっか一つ飛んで行ってたな。あ~どこだった……まいっか!』


「核の玉っころがどっか一つ飛んで行ったと、それがエネルゲイヤーΔのコアなら説明がつく」

 デュナイドの母星と同じようにエネルゲイヤーΔの母星もまたチュベロスの手で爆破された。故に敵の存在を感知した。

「私は思った。近いうちに、地球、いや天沼島に危機が訪れると。エネルゲイヤーΔが機体を形成したのも、このためだと。よって私は前々から温めていたとある計画を始動させた」

「計画?」


「デルタ計画、君たち四人にエネルゲイヤーΔを託す計画だよ」

(よし、デルタといえた!)

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