第14話 穂海の受験と雪乃の準備

雪乃の合格通知からしばらく、月は三月へ移り変わる。

この日は穂海の、御山高等学校の入試日である。

天気は少し雲がかってはいる。

三月とはいえ、まだ雪が残っているが、気温はそこそこ。陽射しがない分、体感は肌寒く感じる。


「じゃあ、行ってきます!」

「あぁ、雪とかは大丈夫だと思うけど一応傘は持っとけよ。」

「大丈夫、ちゃんと折り畳み傘入れてるから。」

「穂海ちゃん、行ってらっしゃい。忘れ物はない?大丈夫?」

「大丈夫だって、ゆき姉も心配しすぎだよ。行ってきます。」


御山高等学校は消して偏差値が高いわけでも無いが、規模としては全校生徒が二百名未満と小さめの学校である。

昔はもっと生徒数も多かったのだが、少子高齢化の問題や若者の地元離れの影響でここまで減ってしまった。

そんな訳で、倍率自体はあまり高くはない。

しかし、決して偏差値が低い訳でもない。

当然、それなりに受験勉強をしていなければ落ちてしまうのだ。

ここ最近の穂海と言えば、バレンタインくらいからだろうか。理由付けては勉強から逃げることが多くなっていた。

受験日が近づいているストレスか、勉強自体に嫌気がさしたか。不明ではあるが勉強時間が以前より少なくなっていたことは誰にでもわかっていた。


「大丈夫、だよね?きっと。」

「最近は、勉強時間減ってたからな。」

「でも、約束したもんね。一緒に御山校に行こって。」

「なんだかんだ言って、約束だけは守るやつだからな。案外、高得点とって余裕だったりするかもな。」

「ふふ、そうね。そうだといいね。」

「そうなったら盛大に祝ってやらないとな。雪乃のお祝いもまだろくに出来てないし。あいつが合格しないと祝いにくくて仕方がない。」

「確かに……、それは嫌だなぁ。」

「ま、大丈夫だろ。俺たちくらい信じてやらないと可哀想だし。さ、身体が冷える前に家に戻るぞ。」


その日、受験を終えた穂海が帰宅する頃。

ぽつぽつと、雪が降り始めていた。


「……ただいま。」

「おかえりなさい、冷えてるでしょ?先お風呂入ってきていいよ。」

「うん、ありがとう。」


いつものような明るさはなく、落ち込んでいる様子だった。

恐らく、納得出来る内容ではなかったのだろう。


「大丈夫、だよね?悠誠くん」

「あとはなるようになるしかないさ。今更後悔したって遅いんだからな。」

「でも、あの様子は心配になるよ。」

「とりあえず今日はそっとしといてやろう。変にかまいすぎてもダメだろうし。」



次の日には、すっかりと元通りになっていた。

切り替えが少しはやすぎるような気もするが、元気そうなのでいいだろう。どうせ今からくよくよしたって仕方がないのだから。


だから、特に気にもとめなかった。




受験という山場を終え、あとは結果発表の日を待つのみとなった。

五日後には結果が校舎に張り出される。

当初は、穂海の結果が出る時についでに雪乃の編入準備をするつもりだった。

しかし、新学期になる前に何度か御山高に足を運ばなければならないのでその間に準備できるものはしてしまおう。となったのだ。


「悠誠くん、いつもごめんね?」

「別にいいよ、もし何かあった時俺じゃないと担げないからな。」

「お兄ちゃんばっかりずるい!」

「そういうな、お前だともしもの時なんも出来ねぇだろ。それに、家の手伝いだってあるんだ。」


穂海はお留守番と家の手伝いだ。


学校に通うための準備と言っても、特別な何かを買う訳では無い。

教科書に制服、体操服などと言った入学前に買わされるものを買い揃えるだけである。

雪乃の場合、そこに通学カバンやお弁当箱と言った初歩的なものも買い揃えなければならない。

悠誠が付き添いで来た理由もこの買わなければならない量も影響している。


「制服とかは採寸して後日受け取りに来るから、今日は持ち帰らなくていいのはラッキーだったな……。」


両手に大量の教科書と、買ったばかりのカバンに詰められたその他小物類。

雪乃は校内用と体育館用のシューズ、ローファーと手提げカバンに何とか入る程度に荷物を持っている。

箱は大きいし邪魔になるので、既に破棄してもらっている。


「悠誠くん、そんなに持って大丈夫?」

「かなり重いけど大丈夫。それに、二人しかいないんだから俺が持つしかないだろ。」

「ごめんね、わたしがちゃんと持てたらいいんだけど。」

「まぁ、無理すんな。つい数ヶ月前までこうやって遠出も出来なかったんだから。」

「そうだね、今ではあの頃が信じられないよ。」

「それでいいんだよ。あの頃のことは忘れちまえ、これからは学校に通えるし友達と遊びにだって行けるんだ。今まで出来なかったことをいっぱいして、そして普通の生活を過ごせるようになればいい。」

「悠誠くん、なんか説教臭くなってきてるよ……?」

「……忘れてくれ。」

「どーしよっかなー?」

「はぁ……、その荷物も持てばいいのか?」

「そういう意味じゃありませーん。」

「どういう意味だよ。もう、今日は帰るぞ。」

「はーい。」


家に着く頃には、辺りは暗くなっていた。

重い荷物をずっと持っていた悠誠の腕はぷるぷるしていて、穂海にずっと弄られていた。

遊びすぎた穂海が悠誠に怒鳴られているのを聞き流しながら、雪乃は自室の本棚へ教科書を並べた。

雪乃にとって本やテレビでしか知らない世界。

試験を受けた時くらいしか入ったことも無い場所。

どんな人がいて、どんな風景で、どんな授業が行われるか、想像するだけでワクワクしてしまう。

御山高校の制服は女子はブレザーとセーラー服。男子は学ランとブレザーらしい。どうしてだろうと気になって聞いたら、過去に二つの学校が合併して今の御山高校になったらしい。その時の名残で、制服が二種類あるらしい。今の制服についている校章自体は統一されているので、問題ないらしい。

雪乃はセーラー服の方を買った本当は、両方とも着てみたかったのだが、その分値段も増えるので諦めた。

入試結果次第でどうなるか、まだ分からない穂海には気が早くて申し訳ないと思っている。

それでも、早く四月になって欲しいと。

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