ナチュラル・サンクチュアリ2

 ここまでくる間、トイレは沢山あった。


 そうでなくても、ならせめて陰に隠れるなどとやれることはあったはずだ。


 なのに、目立つど真ん中で、ヒニアの見ている真ん前で、クラクは出すものを出した。


 プラスチックの大地は水分を弾く。染み込まれなかった水分が溝に沿って流れて、ヒニアを大きく飛び仰け反らせた。


 出し終わって、軽く振って、ズボンを上げる。それから手に少しついたのか、プラスチックの木の一本に手を擦りつける。これはクラク精一杯の衛生概念らしい。


 汚らしい、とヒニアは一歩引く。


 そんなヒニアを無視して、クラクは無言で奥へと歩いて行った。


 ついていくか少し迷って、だけども他にないヒニアは後に続いた。


 ……中は、やはりゲームのようだった。


 正面、左右、変わらない風景、数本通り過ぎただけでもう永遠に歩いた気持ちになる。


 あんまり詳しくはないヒニアだが、それでもこれがゲームなら、ここは無限ループで、正しいルートか鍵がいる場面だなと思った。


 そんな場面だから、先に誰かが、あるいは何かが現れればすぐに見つけられた。


 夜の暗い中、木の代わりに電灯があるところにゾロリと現れた姿に、やはりここはゲームだとヒニアは思った。


 ただし、ここはホラーゲームだ。


 それだけ、異形だった。


 構成するパーツは間違いなく人のもの、なのにその数と、位置とがめちゃくちゃだった。


 あるものは頭が無く、代わりに三対の足で虫のように蠢いていた。


 あるものは左腕が三本あり、右腕の代わりに人の頭がこちらを向いていた。


 あるものはブニブニとした肉の球体で、弾むように転がってきていた。


 あるものは一見人に見えて、だけどもその顔は目と鼻と口の位置がめちゃくちゃになっていた。


 二つとて同じ姿のない、異形の化け物ども、人の体を悪意を持っていじくりまわしたような、生命への冒涜、ヒニアには、目前に現れたそれらが生き物なのかもわからなかった。


 ただ一つ、それらは共通して緑色のベルトを、体のどこかに巻きつけていた。


 そこから自然の存在ではないとだけは、なんとか推理できた。


「緑螺子道場、門下生ども。やっとだ」


 クラクは彼らがと知っていた。


 呟きながら洗ってない手で銃を引き抜いて、キャラ達に向けた。


 ◇


 常闇の時代、人外が跋扈し、秩序が失われた現代、多くが変わり、奪われ、狂ってしまった。


 それでも希望の光は残り、産まれ、輝いていた。


 封印の騎士団もその一つだった。


 欧米を中心に、機械の鎧を纏って戦う現代の騎士像は折れかけた人々の心を支え、鼓舞し、そして憧れとなった。


 彼らの活躍を見聞きした子供達は、昔ならアイドルやスポーツ選手へ向けていた夢を、彼らに向けるのは当然のことだった。


 同時に、他の組織と同じように慢性的に戦力不足、人員不足だった騎士団も、彼らの雇用に関心を寄せていた。


 しかし、現場は命の関わる戦場、失敗すればただ本人が死ぬだけでなくもっと多くの、下手をすれば世界が滅ぶかもしれないギリギリの最前線、そこへ素人を送るほど彼らの正義は愚かではなかった。


 そこで作られたのが事前訓練所だった。


 入団希望者は審査を通った後、パワードスーツや仕込み杖を使う前に、この訓練所で最低限の能力を身につけるべく、一定の間身を置くことになる。


 場所や期間は様々ながら、形態は学校とほぼ同じだった。


 座学は基礎教養から政治、経済、法律に、歴史の裏側を叩き込まれ、加えて車の運転免許などの各種資格、さらには体調管理や整理整頓と言った日常生活にも波及した。


 当然、実戦も教えた。


 格闘技、銃器、武器類、魔術に科学兵器、使う使わないに関わらず、戦うためには学ぶ事が多い。それらの専門知識、特殊技能は外部の、志を同じくする協力組織の力を借りていた。


 その中に『緑螺子真拳』を教える『緑螺子道場』があった。


 緑螺子真拳はこの百年で創設された格闘術だった。


 小林寺の流れを汲み、しかし力なき教えは無力との考えからより実践的に発達した武闘派で、極意は肉体の完全支配とし、厳しい端麗に加えて瞑想も重視していた。


 そして門下生は、修行と同時に下界に降り、人知れず悪を撃つため拳を振るう、武侠的な組織でもあった。


 その実践的格闘術に加え、思想的に通じる面が多く、お互い知り合ってから協力関係になるのにそれほど時間はかからなかった。


 教えるのは打撃中心、極めればパワードスーツを凌駕する攻撃力が手に入る反面、その一点だけでも習得するのは困難を極めた。


 当然脱落者も多く、大半は基礎の習得もままならずに辞めていった。


 脱落者が多い事、習得が難しいことを、騎士団は問題にしなかった。


 習得者が少なかろうとも、一人でも緑螺子真拳を使えるものが増えれば、それだけ如実に戦力が上がった。


 問題は、脱落者のその後の行方だった。


 ただの通過点として入門したものは、脱落してもすぐに他へと移った。


 だが、多方面でも才能がなく、追い詰められた果てに一発逆転を狙ったものたちが軒並み、ここを脱落した後、消息不明となった。


 騎士団が捜査を初めたのは、パワハラ疑惑からだった。


 しかし実態は、より最悪だった。


 他の組織ならばもみ消すような事実、道場は行方不明者を材料に、アーティファクトを用いて異形を作っていた。


 ……アーティファクトをどこで作られたものか、どのように使うのか、どのような形だったのかまでは流石の騎士団も公表しなかった。


 ただ、確実に破壊したこと、これ以上異形が増えないこと、そして異形と主犯は未だに逃げていることだけは声高に伝え広めた。


 それが、この島に逃げこんでいた。

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