ナチュラル・サンクチュアリ1

 トレジャー・ボックス最上階、リボンの結び目に似た外観の厨房は思ったよりも狭く、汚かった。


 当然無人で、中に入り込んだクラクは、ガスコンロに火を灯し着てる服を着たまま乾かした。


 乾かしながら、まだオーブンに残っていたスペアリブを引きずり出してむしゃむしゃと食べていた。


 冷え切っていて、もう何日そこにあったかもわからない豚肉、だけども照りのかかった表面は美味しそうで、だけどもヒニアにはやはり食欲がわかなかった。


 少し離れたところで、クラクに習って着たまま服を乾かしながら、思い返すのはつい先ほど、この下で行われた、処刑についてだった。


 ……相手はテロリストだ。


 この島を襲い、支配し、好き勝手やってた連中の一人だ。


 それにあの水、モンスター、明らかに二人を殺そうとしていた。


 だったら殺されても文句は言えないだろうし、正当防衛が通じるだろう。


 だけど、あれは、なぶり殺しに近かった。


 不必要な暴力、過剰な刃傷、楽しんでるようなあの最後の言葉、彼はやはり悪なんだろう。


 それでも、彼は、クラクは、襲った連中の適なわけで、ならば付いて行った方が、生存確率は高い、のか?


 これまでとこれから、考え迷うヒニアを無視して、クラクはローストポークを食べ終わると、コンロの火を消し、立てかけてあったフライパンを手に取る。


 そして流しへ、蛇口をひねると水をフライパンに貯めて、一気に飲み干した。道具を使うだけ度物よりましだった。


 ゲフリ。


 満足のゲップ、吐き出して、ようやくクラクはヒニアに目をやった。


「あそこは、何がある」


「あそこって」


 言われてクラクが顎で指した方、換気のためか唯一ある窓があった。


 見えるのは、森だった。


 いや、森に見えるだけだとヒニアは知っていた。


「あそこは、ナチュラル・サンクチュアリね。中央に休憩所があるだけで、他にランニングコースに遊具に公衆トイレがある程度かしらね」


「野生動物は? リスやイノシシの類はいるのか?」


「いないわね。それどころか虫さえも、寄り付かないほど何もないわよ」


 思わず出た皮肉、ヒニアの趣味ではない。だけどあそこは、ナチュラル・サンクチュアリだけは口で言っても信用されない場所だった。


 この島も、属性は悪だったなと思い出す。


「虫も、ねぇ」


 それを感じ取ったのか、含みのある口ぶりで、クラクは少し笑った。


「それでも道案内ぐらいはできるだろ? 案内しろ」


 何故? ヒニアが訊き返すその前に、クラクは手にしていたフライパンを顔の高さに掲げた。


 カイン!


 刹那の一瞬に、甲高い音と共に、フライパンが大きく凹んだ。


 同時に、すぐそこ壁に、弾痕らしい穴が空いた。


 狙撃されたと、ヒニアにもわかった。


「案内状だ。殺しに行くぞ」


 邪悪な笑み、ヒニアを見ながらもしっかりと窓の影に移動するしたたかさ、だけどフライパンを器用にくるりと回す動作は、変に子供っぽかった。


 ◇


 リッチメンズアイランドがほぼ治外法権でいられる一因に、ここが自然保護区に指定されているからだった。


 ここに自生する動植物は多くが絶滅危惧種で、それらを守るため、病原菌や外来種の汚染を防ぐ名目で渡航に制限がかかっていた。


 ……当初は、本当に保護区は存在した。


 しかし、保護区ゆえにセレブであっても立ち入りできず、当然ながら遊びにもハンティングにも使えず、なのに管理だの調査だのの人件費は持っていかれ、挙句に虫や枯れ葉や臭いは一方的に流れ出てくる。


 そして致命的だったのは植物の雄大さだった。日光や雨量に応じて成長する木々は、何物にも縛られない、自然の力強さを象徴し、ただの小さな森でありながら人を超える存在だと誇示していた。


 だからセレブ達は保護区を滅ぼすことにした。


 保護区指定から半年、島民議会にて、満場一致で全植物の抹消が決まった。


 金も権力も選挙権もないのに反対する管理人や調査員はいつの間にかいなくなった。


 絶滅危惧の植物のいくつかは家具などの材料としていくつか伐採された。


 絶滅危惧種の動物や鳥類ははく製やおえっとのコレクションとして乱獲された。


 絶滅危惧種の虫がどうなったかは記録さえも残っていなかった。


 後は毒を撒いて根絶やしにした。


 そして跡地に、理想の森として作られたのが、ナチュラル・サンクチュアリだった。


 ◇


「なるほど」


 思わずクラクが声を出すほど、ここは異常だった。


 建物にしたら三階ぐらいの高さ、太い枝から細い枝が分かれて、掌ぐらいの葉っぱが緑々と茂っている。


 それはまるで木のようだった。


 だけどプラスチックだった。


 それと全く同じものが、規則正しく一定間隔で並んでいた。


 どれも同じ方向で、同じ色で、同じ枝が同じ場所で別れて、曲がって、全部が同じだった。


 触れば柔らかく、押せば不安になるほどに折れ曲がる木々がただ並ぶ森のような何か、当然地面も人工芝で、見渡す限り広がるプラスチックの後継、まるで昔のゲームのような、同じ風景をコピー&ペーストで繰り返したような、異常な場所がナチュラル・サンクチュアリだった。


 こんな偽物でも航空写真では本物に見えるらしく、本物に見えさえすれば監査不要で自然保護区で射続けられるのだと、誰かが話してたのをヒニアは覚えていた。


「見ての通り、道も何もないのよ。木々の間の東西の道と南北の道が垂直に交わってるだけだから、列と行? 経度と緯度? それのどっちかが合ってれば目的地に着けるわね」


 案内いらない、と言いかけて、それで用無しとなった自分がどうなるか、考えてヒニアは黙った。


 それにどう思ったのか、クラクは己のズボンをパンツごと膝までずり下ろした。


 そしてヒニアが一瞬にして凍りついてる真ん前で、隠すことすらせず、出すものを出した。


 凄まじい水量だった。

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