第8話 砂の正体

 夜闇の中を高坂は急ぐことなくゆっくりと歩いていた。そこに“黒い靄”は見られず、平凡な中学三年生がいるだけ。異様な点といえば顔についた痣だけだ。

 高坂は近くのコンビニへと寄った。近づくと店内からBGMが漏れ聞こえた。現在放送中のドラマのテーマ曲だった。テレビを見ることの無い高坂だが、とても人気となっている曲でクラスの中でもよく話題にされている事を知っていた。


「……いらっしゃーせー」と、男の店員が眠そうに言う。


 高坂はやきそば弁当とホットのココアを手に取りレジに置いた。店員は何も言わずにその二つをバーコードリーダーに当てると合計を口にする。高坂が200円を出すと無言でお釣りだけを返された。


「箸を一膳、お願いします」と、高坂は店員が商品を入れた袋を見ながら言った。

「……」店員は聞こえないくらい小さな舌打ちをして箸を一膳入れる「……あざしたー」


 店員の態度を気にせずに、高坂は店に備えてあるポットからやきそば弁当にお湯を注ぐ。ジョボボボボ、と音を立てて注がれていくお湯と代わりに出てくる湯気を無言で眺める。湯気は高坂の目元まで登ると空気に溶けて見えなくなる。

 湯気と一緒に高坂は煩雑な思考を意識的に霧散させていく。今晩はもう佐伯について考えるは懲り懲りだった。


 お湯を注ぎ終わった高坂は「あざしたー」という店員の声を背に店から出た。やはり外は冷えていて、店と外の寒暖差に高坂の鼻が痛みを感じる。

 やきそば弁当の容器の温かさを手に感じながら、高坂が家に着いた頃には5分が経過していた。お湯をシンクに捨ててよく切る。かやくは捨ててソースだけをかけて、高坂は少しふにゃけた麺を食べた。


 やきそば弁当を食べ終わるとシャワーに入ることも、歯を磨くこともせずに高坂は私服のままソファに身を投げた。今日は4人に“死神”を行使したのだ。体力は底を見せ、心は摩耗していた。一分も経たずに高坂の胸は少し不規則な上下運動を始める。彼の胸はまだ圧迫されたままだ。


 こうしてようやく、彼の一日が終わった。

 高坂は11:00頃に目を覚ましたが、驚くことも慌てることもしなかった。今日は土曜日で学校はないからだ。

 休日の彼の過ごし方は大方決まっていた。と言っても学校に行っている時とあまり変わらず、一日を寝て過ごす。昨晩、4人に“死神”をしたため高坂はいつもより深く長い睡眠を必要としていた。


 *


 夢の中には1人の老婆と2人の老爺ろうや、1人の痩せこけた少年が出てきた。夢の中では4人とも眠っている。痰を喉に絡めて苦しそうに眠ったり、大きないびきをかいて眠っている。

 そして突如、何の警報もなく、巨大な砂嵐が4人を無慈悲に襲った。

 閑寂かんじゃくな4人の姿は砂嵐が過ぎた後からは忽然こつぜんと消えていた。老婆や老爺達が砂嵐にさらわれたのか、運ばれてきた砂に埋もれてしまったのか、高坂にはわからない。

 わかるのは、4人は砂嵐の通り道にいたと言うだけで安寧を奪われたという事。意思も思想もない砂嵐が犯したそれは沢山のものを損なってきた。

 夢を見る高坂は害の象徴とも言える砂嵐をよく観察した。砂嵐は沢山の乾いた粒だけで形成されていて、時計回りに回転し、猛々しく、迷うことなく一直線に進んでいる。

 乾いた粒は何でできているのだろうか。普通に考えれば、砂嵐なのだから砂だろう。しかし、高坂にはそうは思えなかった。

 そして悩むまでもなく高坂は正体にたどり着く。

 あれは砂嵐に水分を吸われ、砂嵐の回転に巻かれ砕けた人間だ。老婆や老爺だ。少年や少女だ。男に女があの砂嵐に巻き込まれ、その一部と成ったのだ。

 人間の残骸が凄まじい風に攫われ、未だ見ぬ自分と同じ犠牲者を求めて直線的に進んでいる。

 高坂はそれをから睥睨していた。

 砂嵐の向かう先は濃霧に包まれていて、高坂には見えない。それが果てしなく遠いのは確かだろう。

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