ただ今思う事

「・・・クソっ! こんな事」


 手記を読み終えた蒼星は、それを勢いよく床に叩きつけると両手で顔を覆って膝をついた。


「そんな・・・叔父様」


 エルサは言葉も出ない様子で、唯々大粒の涙を流しながら天を見上げていた。


「・・・この後、ドラグニアは村人達の火葬を終え、生き残りの方々を救助すると、そのままドリアードの将校の元に出頭し、投獄されました」


「で、でもこの手記の内容が本当なら、叔父様は冤罪ですよね? その事を公国に訴えたりはしなかったんですか?」


「もちろんしました、この手記だけじゃなく同じ部隊の人たちも協力してくれて、証言台にも立ってくれて・・・でも結果は」


「・・・どうなったんですか?」


「当時、既に戦況はかなりの劣勢で公国側もこの侵攻が失敗すれば降伏せざるおえない状況でした、そこで少しでも有利な条件で戦争を終わらせる為、この事件はドラグニアの独断専行という事にし、


 ドラグニアの身柄を引き渡す事で植民地化をまのがれる・・・という選択をしました」


「そんな、酷い!」


 エルサはアザリエの言葉に絶句し、憤りを露わにした。


「それだけじゃない! あいつ等は父さんを利用しただけじゃなく、戦犯という事にこじつけて、元々戦争に反対していた父を貶めるために貴族の地位をはく奪し、名前までっ」


 アルトはそう言うと見えないように顔を隠し静かに涙をぬぐった。


「・・・よかった」


「はっ? 貴様今何と言った! 良かっただと! よくもそんな事が」


「此処に来たのが今で良かった、もしあのまま何もせず唯々おっさんが処刑されるのを黙って見ていたら、俺は多分一生後悔してた」


「えっ、どういう」


「おっさんを大量殺人鬼にしたままで、死んでも消えない汚名を着せたまま殺して・・・そうじゃなくて、良かったー、ホンっとうに良かった!」


「・・・蒼星」


 気が付くと、蒼星の両頬には安堵の雫が流れていて、唯々漏れ出した思いを雫と共に口に出していた。


「アザリエさん、アルト、よく聞いてくれ」


「えっ・・・?」


「今から俺達と・・・夜逃げしましょう」


「はっ?」


「ブッ」


 突拍子の無い提案にキョトンとした二人の顔があまりにも面白くて、エルサはたまらず噴き出した。


 先ほどまで緊張が包んでいた部屋の空気が、少しずつ弛緩し温かくなっていくのを感じ、つい言い出しっぺの蒼星までも口元が緩んだ。


「と、とにかく! 明日の夜10時に村の出口で待っています」


 そう言うと、蒼星は静かに木製のドアを閉じた。


「蒼星・・・ありがとうございます」

「・・・ん」


 いつも上から目線で蒼星の事をいじってくるエルサが妙に素直で、蒼星は恥ずかしさからついついそっけなく答えてしまった。


「ほ、ほら! あんま時間ないけど・・・するんだろ? 宴会」


「そーですとも! 何を隠そう私エルサベネット! 実は叔父様の事は二の次でお国の経費で飲んだ歌えのどんちゃん騒ぎをするため! この頼りないお役人の面倒を引き受けたといっても過言じゃな」


「あ、因みに全部自腹だから、経費落ちません」


「そ、そんなー!」


 ・・・この後めちゃくちゃ絡み酒された。

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