幕間 ~ある観客~

~ 青の少女 ~

 

 あれから、磨ったお金は私のへそくりから出した。

 賭けの敗北は終わった事と割り切るべき話であり、ましてや選手の部屋を襲撃するなど言語道断であった。

 しかしそれでも私達は彼を問い質したかったのだ。

 

 結局、私は彼をシロと判断した。

 そして私達は誰にも何も言わなかった。

 その彼は今、黄昏に照明が明々と灯る決勝の舞台に立っている。

 

 私達は闘技場の一等席に座っている。

 目立つ容貌の私達は二等席や三等席に座るのはトラブルの元でしかない。

 高い席料は大変に惜しかったが、警護のしっかりしたこの場所なら観戦に集中できる。

 

 それはそれとして、隣からポップコーンを口に運び咀嚼する音が止まらない。

 西南大陸原産のとうもろこしで作られるこのお菓子は、観客のポピュラーなマストアイテムの一つである。

 気にはなるので、ポップコーンを咀嚼する彼を横目にジト~と見る。

 ひたすらにポップコーンを貪る彼の向こうで私に向けて頭を下げてる彼女に位は気付いて欲しい。

 

「始まるわ」


 主催者達の挨拶が終わる。

 そして魔術で拡大された声が会場に鳴り響いた。


『さあ偉大な英雄達の入場だ!』



 * * *



『ああ!! 何とも凄まじいダンプソン選手の大剣の嵐!! 見えない! 私にはその剣の軌跡が全く見えない!!』


 白銀の犀獣人騎士の大剣が灰毛の青年を斬り殺そうと襲い掛かる。

 縦横無尽に聖銀の残光が刻まれる。

 

 斬る、斬る、斬る。

 

 その領域に触れた大木や家屋は粉々に。

 その領域から吐き出される衝撃波が石畳を砕き地面を抉る。

 飛んで来た瓦礫によって、戦場と観客席を隔てる結界はビリビリと揺れる。

 

 そして。

 

 繰り出された騎士の右拳を蹴って青年が後方へ大きく跳躍した。

 

 ズシャアアアアと、青年の足が荒れた地面を削る。

 

 両足が土に喰い込み、右手が地面を握る。

 左手は黒鋼の剣を離さず、獰猛に笑う青い目が白銀の騎士に牙を向ける。

 

 鳥肌が立った。

 

 場は静まり返った。

 

 騎士が左手に握る白銀の大剣の切先を青年に向けた。

 


「異名にて【銀豪剣】を名乗りし我が名はダンプソン・ゴーバーン!!」


 震える。

 

「F級開拓者を得てより剣にて負ける事無し。異名を持たぬ俺の名はヨハン・パノス!!」


 心臓の鼓動が早鐘を打つ。

 

 パチパチパチパチパチパチ。

 万雷の拍手が鳴り響く。

 

 拍手していた右手と左手を合わせて指を折る。

 この戦いへ、祈る。

 

(祝福を)


 騎士が構える。

 それはクシャ帝国の戦士が好む『上段一剛像斬りの構え』。

 

 青年が構える。

 左足を前に出した前傾姿勢。

 黒鋼の鍔元を右手が握り、その柄頭を掌を広げた左手が抑えている。

 

 剣身の刃を身体で隠し、柄頭もなお掌で隠す。

 

 騎士の剣が剛剣ならば、青年の剣は邪剣。

 正道を欺き惑わす奇道きどうの剣。

 

 彼等の緊迫した空気が、結界に遮られてなお、私達の肌を打ってくる。

 

「行くぞ!!」


 青年が叫ぶ。


「来い!!」


 騎士が吠える。

 

 風と音を残して青年の姿が掻き消える。

 聖銀の光を灰色の影がかわし、無理な姿勢から身体強化魔法を使った強引な剣の斬り上げを行う。

 

 騎士の左腕が宙を舞う。

 しかし聖銀の光の軌跡は止まらない。

 

 パッアアアン。

 

 水の弾ける音がした。

 青年の左手が大剣に吹き飛ばされて赤い霧となる。

 

 彼は、止まらない。

 

「最後だ―――――!!」


 絶叫。

 

 青年の右手がその握る剣を突き出した。

 騎士の白銀の鎧の中心、鳩尾が白銀の輝きと黒鋼の輝きと共に砕ける。

 

 騎士の、犀獣人の巨体が宙を舞った。

 

 騎士の落下と同時に青年も地面に倒れる。

 

「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」


 歓声が上がる。

 会場中の人間が、抑えられない興奮に声を上げ続ける。

 

 パチパチパチパチパチパチパチパチ。

 拍手も鳴り止まない。

 

『遂に、遂に第二百回スス同盟剣闘大会が決着!! 凄い、凄すぎる戦いを制したのはっ、ヨ……、……。え?』


 全てが静まり返る。

 横でポップコーンを貪っていた彼が頭をペシンと叩いた音がした。

 

 試合に夢中になって、……失念していた。

 

 観客、そして会場に在る全ての視線がアリーナを見ていた。

 砕け散った鎧と剣の残骸。

 

 その、青年が使っていた黒鋼の剣。

 

 地面に転がり、剣身の殆どを失ったその剣の中に、輝く何かがあった。

 淡い、本当に淡い緑色の魔力洸を放つ錬玉核。

 風の属性に加工された風錬玉が放つ輝き。

 

 巧みに隠されていた……。

 

 魔導機構が露わになっていた。

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