第3話 投獄されたけどその方がいいや

「即刻アナスタシアを投獄せよ!!!この者は皇太子殿下をたぶらした悪女だ!」

ジョセフの側近のメガネ男子が叫ぶ


そーーなるのかーーー



…まぁいいや


キスされるより幾分マシだ。


一瞬パニックになったが、冷静になればそっちの方がいいだろう。そっと両手を小さく上げて抵抗する気がないことを示した。


ジョセフは顔に手を当て何か聞こえない声で呟いている。顔は手で隠れてはいるが、血の気が引いているようだ。


「わかりました。その代わり私以外の者には何も罰を与えないで下さい」


「アナスタシアっ…」

縦ロールさんことエリザベスは堪えていた涙を溢した。

「ごめんなさい、ごめんなさい…わたくし貴女に嫉妬してしまったのです。ジョセフ様に愛されていく貴女が羨ましかったのです。ごめんなさいっ」

ポロポロというより顔をぐしゃぐしゃにしたエリザベスはあたしに近付こうとするが、それを衛兵は躊躇いながら軽い力で制した。


アナスタシアと同期したあたしは驚きを隠すことが出来ず目を見開いた。

ごめんよエリザベス。私以外と言ったのは確かに貴女も含まれるけどさ、主にアナスタシアのお母さんのことだったのよ。


そしてプライドの高いであろうエリザベスが、大好きなジョセフに踏みにじられても泣かなかったのにも関わらず顔をぐしゃぐしゃにして泣くのを見るのは驚きしかなかったのだ。


そしてあたしは直ぐに投獄された。時間にしてものの五分だ。


本当にビックリだよ。

なんで学園の地下に牢屋があるんだよ。何のための施設だよ。あたし専用か?

なんかそんな気がするぞ。獣神ライガー様なら蹴破るかな?あたしも出来んじゃね?

ちょっとやってみようと後ろに下がって助走をつけてたら監視の衛兵に爆笑された。

「お嬢さん辞めときな。怪我するだけだぜ」


んっ?何か声が低くて渋いな。心の中で渋谷しぶたにさんと呼ぼう。牢屋は地下なので薄暗く顔は見えないがガタイは良さそうだ。イエス筋肉!

「この牢屋使われるのは20年ぶりらしい。前はどっかの国のスパイが学園に紛れ込んでて捕まったらしいぞ。老化してるがピッキングも蹴破るのも無理な造りにしてるって話だ!」


渋谷さんは聞いてはいないが知りたいことを的確に教えてくれる。ありがたい。解説レフェリータイプだな。


「ありがとうございます。渋谷さん」

「シブタニって誰だ?」


その後お互いに暇すぎるから会話を続けた。

中々話が合う。きっと現代に渋谷さんが居たらプロレスの話で盛上れた気がする。


渋谷さんことハドソンさんはあたしのことを気遣ってくれた。

と、いうのもジョセフ王子の行動は学園に勤める者達に実はヒソヒソされていたらしい。貴族学園に勤める者達は身分がしっかりしている者しか勤めさせて貰えない。つまり学園に居る全員が下っぱであろうとも貴族なのである。

そんな貴族しか居ない貴族学園で皇太子であるジョセフは期待通り優秀だった。だが公爵令嬢であるエリザベスを度々泣かせているようだと使用人たちの間で噂になっていた。

「いや、勘違いしないで欲しいがお嬢さんを悪く言ってる訳じゃないんだ。お嬢さんは貴族に成りたてでルールが分かっていないということは皆が知っていた。敢えて言うならそれをしっかり教えてから入学させなかった親父さんに問題があるかもしれないがな」


本当にその通りだろう。

渋谷さんの言葉はやたらしっくりくる。右も左も分からず貴族の血が入ってるから学園に行ってこいってどんな無理ゲーだ。

いや、無理ゲーではなく乙女ゲーだった。


あれ?そういえばあたしは何で乙女ゲーの中に入ったんだ?

記憶にあるのはももちゃんにお願いがあるから部屋に来てほしいと言われて行ったことくらい。

今流行りの転生か?

ももちゃんの部屋で急に死んだの?多分それはないような…


それからも渋谷さんの話は続いた。

エリザベスの家は商売等や外交も一手に引き受けていると言ってもかごんでない良家であること。そして福祉活動や慈善活動も惜しみなくしてくれているので庶民や下級貴族にまで指示されていること。そんな公爵令嬢を泣かしているジョセフ王子が悪く言われはじめていたこと。

アナスタシアも最初は使用人に同情されていたが人気の家柄であるエリザベスを泣かせる原因として煙たがられ始めていたらしい。


これを聞いていたら悪役令嬢はどっちだかわからんなと思った。


「申し訳ない」

「違うって、オレ話上手くなくてさ、最後まで聞いてくれ」


渋谷さんは一度外に出たかと思うとメイドさんにお茶を淹れてもらって帰ってきた。


「ほいっ、お嬢さんの分」

「ありがとうございます」


お茶はちゃんと暖かく、薄暗く底冷えする牢屋では幸せの味だった。

ほうっとため息をつくと少し心が軽くなった。


「それにしてもお嬢さんは相づちがなんか他人事のようだな…ついつい話過ぎてしまうよ」

「…あははははー庶民の性ですかねー」

嘘は言っていない。庶民のだもの


渋谷さんは話を続けた。


その後、生徒だけでなく使用人達ですらどちらが正しいか論争がおこるほどで、中では何故か代理戦争(の口論)が各地で勃発していたらしい。ちなみに信者が多い順でエリザベス、ジョセフ、アナスタシアだったそうだ。

えっ?アナスタシアに信者出来るの?

アナスタシアは庶民故に使用人だからと人を下に見ることがなかった。逆に皇太子だからといって上に見ることもなかった。その平等さが爵位の低い者達には輝いて見えていたそうだ。あと、ジョセフや爵位の高い人にとっても新鮮に映ったららしい。

ジョセフ派の言い分としては恋愛は自由でも良いという言い分であった。貴族の恋愛はほぼご法度なのだ。好きになったら愛人にするしか愛した人と一緒に居るすべはないのが現実だ。そしてジョセフは秘密裏に動いていたつもりだろうが、端から見たらアナスタシアに惚れていることはバレバレで、かつアナスタシアを正妻にするためにむしろエリザベスが悪行を働くのを待っていた節があるらしい。


なんだこいつ…まじで禿散らかせっ


「お嬢さん…あくまで俺たち使用人目線だからな、元恋人のこと悪く言っちまって悪かった」


どうやら私の顔は殺気立っていたらしい。いけないいけない、大きく深呼吸した。


「いいえ、もっと教えて下さい。客観視は大事ですから」


そう言った所でカツーンカツーンと階段を下りてくる音が牢屋に響いた。

渋谷さんのような衛兵の足音はもっと重いのだ。

メイドさんかな?夕飯の時間かな?


そう思い音のする方を見ると日も暮れてきてかなり薄暗なっている所に煌々とランタンの光が揺れているのが見えた。

まだ夜とは言い難いこの時間にランタンという高級品を使える人物なんて一人しか思い付かなかった。


「アナスタシア…エリザベスです」

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