悪魔公爵に嫁ぎました。

池中 織奈

悪魔公爵に嫁ぎました。


「あの悪魔公爵に嫁がれるんですって、ご愁傷様」

「おほほ、貴方には似合っているのではなくて?」



 さて、そんな言葉を言い放たれているのは、マドローヌ・エッサイ。

 子爵家とはいえ、一応貴族の令嬢である。私は正直言って、出来が良いとは言えない。


 まず令嬢にとって、良い結婚を結ぶために重要な容姿。

 私は社交界の華と呼ばれていた母を持つにも関わらず、至って平凡な見た目をしている。美しさを重視する貴族たちは、見目麗しいものが多いのだが、私なんて髪や目の色に関しても平凡なこげ茶色。平民に混ざっても貴族だとバレないだろう。というか、実際に街にいっても貴族だとは思われなかった。


 容姿を重視するとはいえ、他に優れている点があればまた別だ。

 例えば政治的手腕があるとか――生憎、私にはそんなものはない。

 例えば人脈が広いだとか――友人と言える令嬢も数えられるだけである。

 例えば魔法が使えるだとか――魔法なんて使えない。

 例えば手芸や歌などが得意だとか――そんなもの苦手だ。

 貴族令嬢としてのたしなみである音楽などに関しても私はこれといって平凡な成績である。


 どこからどう見ても平凡な私。

 美しい妹は麗しい伯爵子息の目に止まって、相思相愛である。

 姉である私が嫁がなければ妹も嫁げない。貴族のそんな風習、どうなんだろうって思うが、そういうものなのだ。

 なので、私の縁談は即急に決められた。



 平凡すぎる私は――、悪魔公爵と言われる公爵家に嫁ぐことになった。

 子爵家の令嬢と公爵家の当主の結婚なんて釣り合いが取ってない。しかし、それも仕方がないことなのだ。

 公爵家とはいえ、悪魔公爵と呼ばれるその家に嫁ぎたいという子女はいなったのだ。


 ベルフェゴール公爵家。

 この国の建国時から存在しているという由緒正しき家。そして、悪魔だと噂されている公爵家。

 悪魔と噂されているとはいえ、由緒正しき公爵家なので先代までの婚姻は問題はなかった。しかし――、今の公爵は、黒髪に赤い瞳――、宗教画の中に描かれている悪魔そのものの色を持ち合わせていた。美しいのだが、美しすぎて、まるで本物の悪魔のようだと言われている。

 そんな悪魔公爵に嫁げば、嫁は殺されてしまうだろうと噂されている。



 私は、そんな悪魔公爵に嫁ぐ。

 しかし、特に悲観はしていなかった。

 悪魔公爵などと言われているが、本当の悪魔なわけではないだろうし、身分差もあるので不興を買わないように過ごそうと考えていたのだ。








 *




 しかし、予想外な事実を私は嫁いでしってしまった。




「……悪魔ですか?」

「ああ。私たちは噂されている通り、悪魔だ」



 それはベルフェゴール公爵邸に辿り着き、公爵家としてはささやかな結婚式を終えたすぐ後のことだ。


 目の前にいるのは、スラフィム・ベルフェゴール。

 艶のある黒髪と、ルビーのように輝く赤い瞳を持つ麗しの悪魔公爵。……私の夫となった人。

 こんなに美しい人が私の夫だなんて、と私は釣り合いが取れないのではないかとそんな思いに駆られてしまう。


 そしてじっと見つめていた中で、自分たちは噂されている通り悪魔だなどという世迷い言を言われた。





「またまた、旦那様は私をからかっておいでなのですか? 悪魔などと言う存在が現実にいるわけはないでしょう」

「……いや、現実にいるのだ。証拠を見せよう」



 旦那様はそう口にすると、その体を変化させた。人であったものから、黒で染まったなんと形容したらいいのか分からない、そんな姿に変化した。


 私は驚きはしたが、悲鳴をあげることはなかった。



「……旦那様、それが本来の姿なのですか?」

「そうだが……君はリアクションが薄すぎないか?」

「これでも驚いております。それで私は殺されて、悪魔の養分にでもなるのでしょうか?」

「は!? 何を言っている?」

「え、だって悪魔公爵の嫁になると殺されるって噂でしたもの。本物の悪魔でしたら、余計にその噂に信憑性が増しますわ。旦那様は人間でしたから、殺されることはない! って先ほどまで安心していましたけど、旦那様は悪魔なのでしょう? もし私を殺すというのならば、是非、新妻に情けをかけてひと思いに痛くないように殺してほしいと思うのですが」

「待て待て待て」



 旦那様はその形容しがたい姿――見る人によっては気絶したり、悲鳴をあげたりするような姿のまま、慌てたようにいう。


 はて? どうして旦那様は慌てていらっしゃるのか。

 私にわざわざ自分が悪魔だとばらしたのならば、私の事を殺す気かと思ったのだが……。



「私は君を殺す気はない!! 何で嫁いだばかりの妻を殺さなきゃならないんだ」

「えー、だって、そういう噂でしたもの。それに本当に悪魔だとしてもわざわざ新婚初日にばらす必要性が感じられません。てっきり、『私の正体を知ったからには生かしてはおけん』といったものかと……」

「違う!! というか、声真似が上手いな君は」

「えへへ、褒められてます? 私結構、声で人の真似するの得意なんですよ!!」

「そうか。それも一つの特技だな――って違う! 私が君に悪魔だとばらしたのは、そのだな……折角夫婦になるのならば、隠し事はしたくないと思ったのだ。それに人間と偽り、夫婦として過ごした後に君に知られて嘘つきなどとなじられるのは悲しいと思ったので……」

「まぁ!! そのような理由なのですか。旦那様、可愛い!!」


 悪魔だというのにも関わらず、折角夫婦になるなら隠し事したくないとか、人間として偽ってあとから知られて嘘つきと言われるのが嫌だとか――可愛い!! というのが私の正直な感想だ。

 というか、私は旦那様が悪魔でもまぁ、いいかと思っているが、私じゃなかったら悲鳴をあげられて、拒絶されて終わりな気がする。うん、形容しがたい黒い何かが本性な旦那様とか、普通に考えれば拒絶される。……旦那様はそういうことを考えてなかったのだろうか。ちょっと抜けているところがあるのかもしれない。



 私? 私は基本事なかれ主義だし、流されるままな性格をしている。妹には「お姉様はぽややんとしすぎよ! 自分のことなんだからもっとちゃんと考えて!!」とよく言われていた。

 思えば悪魔公爵に嫁ぐと聞いた時、妹は「お姉様にそんな縁談を持ってくるなんて」とお父様に怒っていったっけ。良い妹だ。ちなみに私が「かしこまりました、お父様」と軽く了承したので、妹は渋々納得していた。



「か、可愛い……?」

「ええ、ええ。そのようなことを気にして悪魔ということをバラしてしまわれるなんて、可愛いですわ。普通の令嬢でしたら悲鳴をあげられて拒絶されて終わりでしたのよ? それなのに夫婦で隠し事をしたくないというかわいらしい理由でばらされるなんてっ」

「……拒絶されたら記憶を消して、どうにでもするつもりだったんだ。というか、君は動じなさすぎだ。しかも、この私を可愛いなどと……」


 形容しがたい黒い何かがくねくね動いている。照れているのかしら? やっぱり旦那様は可愛いと思う。

 可愛い一面を知って私はすっかり旦那様を気に入ってしまった。



「ふふふ、旦那様、照れてらっしゃるのね。旦那様、やっぱり可愛いですわ。ところで、初夜はどちらでやるのですか?」

「は? どちらでって」

「人の姿と悪魔の姿ですわ! どちらでも夫婦の営みが出来るのかしらと気になって。でも可愛い旦那様相手ならどちらでも構わないわ」

「夫婦の営み……。君は羞恥心がないのか。そして悪魔の姿も受け入れるというのか……」

「夫婦なのですから、そういうことをするのは当然でしょう? まぁ、旦那様がかわいらしい方なことは分かり、旦那様のことを私は気に入ったので、どちらの姿でも構いませんわ」

「そ、そうか」

「ええ。ですので、今日の初夜楽しみにしておりますわ」


 にこやかに笑ったら、形容しがたい黒い何かはまたくねくね動いている。初夜と聞いて照れたのだろうか。やっぱり可愛いと思う。



 そしてその夜、私を思いやって人の姿でやってきたが、私が悪魔の姿も気になるといったため初夜は両方の姿で行われた。







 *




「旦那様!!」

 

 人の姿の旦那様に私は抱き着く。


 すっかり私と旦那様は仲良しになっていた。旦那様は旦那様で、悪魔な姿もすっかり受け入れている私に好意を抱いてくださったようで、私と旦那様は仲良し夫婦になっていた。


 恋人関係から結婚したわけでもないので、こんな風に旦那様と仲良くなれるとは思っていなかったが、こうして仲良く出来ることはとても嬉しいことだ。



 ちなみにあれからこのベルフェゴール公爵家のことも聞いた。


 建国助けをした悪魔がベルフェゴールという悪魔で、基本的に怠惰な性格なので「楽をさせてあげよう」という言葉にのって、公爵になったらしい。

 でも思ったより公爵の仕事がややこしかったので、妻(こちらも悪魔)との間に設けた子供にさっさと公爵の座を譲ったんだとか。

 ちなみにその子供はその段階でもうすでに悪魔の妻子がいたらしく、記憶を改変させてそのまま公爵になったんだとか。


 ただ人の社会で暮らすにあたって、大きな子供がすでにいるのも問題だからと子供は幼い姿に変化させ、人と変わらない速度で成長するように調整していたんだとか……。もう恋人の悪魔もいたので、その恋人もどっかの貴族にさらっとまぎれて、子供から成長するようにして、その後普通に結婚したらしい。

 それで悪魔というのは子供が人間より出来にくいというのもあって、その子には子供が出来なかったので、父親が子供の姿に変化して、子供ということにして育ったんだとか。で、その妻もまた魔法を使って貴族社会にまぎれて偶然出会ったことにしてそのまま結婚して――という感じでずっとこの家は続いていたらしい。

 要するに二代目当主と三代目当主が交互に当主になっていた状況だとか……初代は面倒なことが嫌いだからと悪魔世界で悠々と暮らしていて、時々こっちにやってくるらしい。



 それで、旦那様はというとこの長いベルフェゴール公爵家の歴史の中ではじめてちゃんと生まれた子供である。

 先代――二代目当主の何度目かの当主の代で、子が出来たらしい。実に数百年ぶりの子であったという。それで折角生まれた子に当主を継がせたらしい。旦那様もそれで構わないと思っていたそうなので継いだんだとか。


 そこで一つの問題が出来た。旦那様は二代目当主と三代目当主と違って妻も恋人もいない。しかし、純血の悪魔である身であるが、当主なので妻はいる。

 なので二代目当主と三代目当主が人間や悪魔から妻に出来そうなのを探せばいいと言ったんだとか。もし見つからなかったら、旦那様の母親が妻役になって、父親が息子役をやって偽装する事も出来るしということだった。


 で、たまたま嫁ぎ先を探していた私の家が目について、結婚することになったんだとか。旦那様は悪魔なので、長い時を生きていくので、とりあえず結婚させてみようということだったらしい。



 ……旦那様の悪魔の姿に倒れたり、旦那様が私に好意を抱いてくださらなかったらこんなに幸せになれなかったんだなと思うと、あの時、悲鳴をあげたりなんかしないで良かったと思った。




「旦那様、私、旦那様のこと、大好きです」

「私もだよ。——ローヌ」

 


 私のことを愛称で呼んで、旦那様はキスをしてくれた。








 悪魔公爵に嫁いで、衝撃的なことを沢山聞かされた。

 本当に悪魔なことにも驚いたし、旦那様の悪魔としての姿にも驚いた。



 けれど、私は悪魔だろうと可愛い旦那様が大好きになったのだ。




 だから、私は悪魔公爵に嫁いだけれど、平和に過ごしている。









 

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悪魔公爵に嫁ぎました。 池中 織奈 @orinaikenaka

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