最終話 神の終焉

 欧州の杜には一体のトビヒ族も残っていなかった。

 人の姿で飛び出た者は捕虜され、工業廃棄物を体内に流し込まれた。人間界の環境浄化のためにプライドまで穢されて息絶えた。

 本来の姿で杜を捨てた同胞は、一世紀以上前の象牙と同じ扱いを受け、抵抗する四肢に致命の薬を打たれた。

 草木の根で繋がるアジアの杜にも同胞の異常が知れ渡り、姿問わずトビヒ族が肩を寄せ合い身を潜めていた。

 海に隔たれたアフリカとオセアニアの杜では、野生の猛獣が人間と相打ちになる代償で杜もトビヒ族も守られた。

 いずれの大陸でも半世紀足らずで杜の領土が縮小し、トビヒ族の息は薄くなった。

 欧州に次いで同胞が著しく減少したのがアジア大陸。人口と文明機器が同胞の数を瞬く間に潰した。

 さらに一世紀後、杜と呼ばれていた草木は枯れ果てた。大地は乾き、蟻一匹も這うことができないほど汚染された。

 世代が変わり、今ではどの大陸の人間も杜を生のついとして認識している。


 それでも、季節を問わず草花が息づく場所が一つだけ残っている。

 三世紀弱前の日本、九州地方のとある県領土にも満たない面積だが、どの草花も根の毒に侵されていない。

 そもそも草花が毒を持つ必要はない。絶えず守られているからだ。

 生命の衣を纏うのは、二本の無果樹。

 経年により、無果樹は人参色から鈍色、薄灰色に変わった。

 色素を失った今では、月夜の下ではクリーム色に染色し、七色の光輪が交錯する。

 日照のもとでは濁りのない本体に金色の細い筋が十本ずつ刻まれる。


 人間に臆し潜むことなく、それでも人間に知られず鳥虫と共存している。

 地面の中では、毒のない草花の根が覆い、器と化している。

 複雑に絡まれた骨は、当分人間に掘り起こされる心配がない。

 骨の主の魂は、再会を待ちわびていた人間の魂と共にある。


 今、この世界にて、知る同胞は一体も存在しない。

 草花の、月と太陽を仰ぐ場所で眠りについた、村雨瑚子を。


 今ではどの種族も、語るだけの言葉を知らない。

 最後の族長と共に絶えたトビヒ族の歴史を。

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冷たい太陽、伸びる月 加藤ゆうき @Yuki-Kato

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