罪人の娘は初恋の花を咲かせる

結咲さくら

第1話

あの頃は、ただ孤独だった。

友もらず、ずっとひとりで牢獄のようなこの場所で軟禁される暮らしをいられていた。

私がこんな目にあっているのは顔もおぼえていない父母ふぼのせいだという。

つまり、私は罪人の娘だということだ。

産まれながらにこんな場所に閉じ込められているせいか、不思議とこの状況に不満を抱いたことはない。私をただ世話をするためにつかわされているらしい妙齢みょうれいの女性はいつも私に対して優しく接してくれるが、口に出さぬとも、その瞳には私をあわれみの色が宿っていた。

 「お嬢様、どうされたんですか?」

 「どうもしていないわ。此処ここじゃ何もすることがなくて退屈なのは貴女だって知っているでしょう?」

 世話役の女性は何故か私のことを"お嬢様"と呼ぶ。私の両親は罪を犯したかもしれないが、名家の生まれだったのかもしれない。現に私が閉じ込められているこの場所は小娘一人を閉じ込めておくには質素な造りをしていても上等な家具があつらえられていて、私が身にまとう服はシンプルながらも上等な布地ぬのじが使用されており、まるで罪人の娘である私が貴族の令嬢にでもなったみたいだ。親の愛情も名すら与えられることなくこんな場所に一生閉じ込められて人生が終えるのを待つ身としては、十分すぎる程の高待遇だと思われる。

 「ねえ、マリア。今日は随分と冷えるのね。」

 「それはそうですよ。もう外ではいつ雪が降ってもおかしくない季節ですからね」

 「そう…外はもうそんな時期なのね。」

 彼女が差し出したストールを羽織はおり、窓に視線を移した。まだ雪は降っていないようだが、雪が降ればこの一帯は白銀に包まれて、さぞかし美しいに違いない。

 「外に出てみたいわ…」

 そう、小さく独り言をこぼしたつもりだったのだが、耳聡いマリアは聞き逃さなかったようだ。

 「いけませんよ。貴女は衣食住を保証されているとはいえ、罪人の娘なんですから…。」

 マリアの口から出た"罪人の娘"という単語が思いの外、胸をえぐった。私がまだ幼少期の頃からの付き合いだけあって、気安い関係ではあるが、あくまでマリアは私をただ世話をするだけではなく、私の行動を監視する見張り役もねているのだ。

 「そんなことを言って、釘を刺さなくても私はここから出たりなんてしないわ」

 そう言いながら、ワンピースのすそを少しだけめくり、自身の足首にはまっている足枷あしかせを指差す。この足枷は美しい意匠いしょうほどこされており、ちょっとしたアクセサリーに見えなくもない。

しかし、そうは言ってもマリアという見張りなく外に出ようとすれば、私の行動を制限するほどの拘束具こうそくぐとしての機能も発揮する足枷でもある。普通に過ごす分には不都合がないとはいえ、それでも気分がいいものではない。

 「それよりも身支度を済ませてくれない?」

 「口が過ぎました。お許しを。」

マリアはわざとうやうやしい口調で私に謝った。

 「ねえ、どうして私にそんな言葉遣いをするの。普通もっと違うんじゃないかしら?」

 「それは…貴女が生かされていることと直結しているから言えません」

 マリアはいつもそう言って答えをはぐらかすのだ。

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