第三話 「しがない手品師」

「ここは……?」


 目を開けると、所々カビついたボロボロの天井が見えた。隅の方には蜘蛛の巣が張ってあったりもする。

 姿勢と背中の感触からして、俺はベッドか何かに横たわっているようだ。

 それとなぜか頭が窮屈だったので触ってみると、キツく包帯を巻かれているのが分かった。

 ……そういえばさっき、洞穴で倒れて気を失ったんだったな。

 それからここに運ばれて手当てを受けた、と。


「おっ!」

「シスター! お兄さんが起きたよーっ!」


 体を起こすと、二人の少年が俺に気付いて寄ってきて、シスターなる人物に呼びかけた。

 とするとここは孤児院か何かなのだろう。


「君達が助けてくれたのかい?」

「おう! 感謝しろよな!」

「それはそうと手品師のお兄さん、お腹減ってますよね? 今から昼ご飯を食べますけど、一緒にどうですか?」

「おぉ、それはありがたい。ぜひともご一緒させてもらうよ」


 なんともありがたいことに、食事まで用意してくれるらしい。 

 まぁ実は空腹感や疲れは完全に消えているし、頭の傷も完全に塞がっている。つまりは応急処置の甲斐なく、俺は一度死んだわけだ。

 今回の死因は飢餓による衰弱と頭部裂傷による失血といったところか。


「ほら、早くいこーぜ!」




 ♦︎♦︎♦︎

 



「ごちそうさまでした!」

「オレがいちばんのりーっ!」

「あっ! ずるーい!」

「まってよー!」


 何人かの子供達が席を立つなり外に飛び出していった。


「気をつけるんですよーっ! ……すみません旅人さん。本当に粗末なものしか出せなくて」


 それを見届けながら、白髪混じりの女性が俺に言った。

 見るからに優し気な雰囲気を醸し出している彼女は、この孤児院を一人で切り盛りしているシスターである。


「いやいやそんな! こちらこそ助けていただいた上に食事までさせてもらって、なんとお礼をしたらいいか。死ぬまでここで働きましょうか?」

「ふふっ、面白い冗談ですこと」


 いいえ、冗談ではありません。

 百年経つか、一度死ぬまでは好きなように俺をこき使ってくれて構いませんよ?


「……でしたら、この村にいる間は子供達の相手をしてくださいませんか? それだけでも本当に助かります」

「分かりました」


 決してご馳走とは言えなかったが、何百年かぶりの……いや、千年以上してなかった他人との幸せな食事だった。……そう、どうやら俺が石の中に埋められてから実に千年と数十年の月日が経っていたのだ。

 兎にも角にも、だ。

 しばらくは野草と俺の肉を切り取って食べる自給自足もとい自吸自食を覚悟していたので、この孤児院に大きな借りができてしまった。

 借りは何があっても返さなければならない。


「ねぇおにーちゃん!」

「ん? なんだい?」


 俺の命二つ分に相当する借りをどう返そうかと考えている最中に、残った子供達に囲まれた。

 みんなして俺に興味津々なようだ。


「おにーちゃんは旅人で!」

「手品師で!」

「占い師なんでしょ!?」

「あぁ、そうだよ」


 洞穴でこっそり手品の練習をしていたら、誤って石に埋まってしまったところをあの二人に助けられた。という体で自己紹介をしてしまったのだ。

 興味が湧くのは当然だろうな。

 

「じゃあさじゃあさ! なにか占ってみて!」

「そうだね……。ではシスター」

「はい? 私ですか?」

「えぇそうです」


 一人で台所と食卓を行き来して、食器を片付けているシスターに声をかけた。

 

「……あなたは今、何か大きな悩みをお持ちですね?」

「えっ……」


 それを聞いてシスターの動きと表情がピタリと固まる。どうやら図星のようだ。

  

「そうなのシスター!? なやんでるのー!?」

「おにーちゃんはほんとうに占い師なんだね!」

「かっこいーっ!」

「ははは」

 

 もちろん今のは占いではない。


 神様や精霊なんかの加護を受けているわけでもないので、そう簡単にできるわけがない。俺にできる占いといえば、的中率が三割に満たない占星術程度だ。

 今のは表情筋の変化や仕草、それと人生経験からシスターの内情を察しただけだ。

 子供達の手前、どうにかして明るく振る舞ってひた隠しにしていたが、俺にはバレバレだった。俺は彼女と全く同じことをした人を二千人は見たのだから。


「何があったのか話してくれませんか? あなたの心の隙間、お埋めしますよ」

「じ、実は――」


 シスターは後悔の涙をにじませながら全てを話してくれた。

 

 ボロボロに剥がれ落ちた内壁や使い古した家具なんかを見て分かる通り、この孤児院は困窮している。

 寄付金と借金、それとシスターが内職で稼いだ金で必死にやりくりをしているのだ。

 そして今日、借金取りがやってきて『借金のカタに子供を一人渡すか、この土地と孤児院を明け渡すか』の選択を迫られたという。

 

「私は最低です。いくら他の子達のためとはいえ、それを選択してしまいました。……カレン、ごめんなさい」


 子供達は皆、涙を流して自分を責め立てるシスターを慰めている。しかしどういうわけか、連れて行かれた子の心配をする者は一人としていない。

 

「レオくんにエルくんや。カレンちゃんとやらはどういう子なんだい? みんなに嫌われているのかい?」

「オレたちが嫌ってるっていうより、アイツ自身が人嫌いなんだ。カレンはなー、ウサギじゃないけど耳がこう、びょーんって長くて……なんていうんだっけか?」

「エルフ。カレンちゃんはハーフエルフだよ」

「ほう、それは珍しい」


 ハーフエルフ、つまりは人とエルフの間にできた子か。

 となるとその子が連れて行かれた理由も、高い魔法適正を活かして人殺しの道具に育てられるか、エルフ特有の整った容姿を活かして愛玩道具にされるかのどちらかでほぼ間違いないな。

 どちらにせよ、このままではその子の未来は悲惨なものとなってしまうだろう。


 このままでは、だが。


「カレンちゃんの所有物を何か一つ、持ってきてくれないか? できるだけ思い入れのあるようなものがいい」




 ♦♦♦




「おっ」


 ぽとり、と。


 村の外れまで来て、俺の目の前を導くように飛んでいた髪留めが地に落ちた。

 傷一つない青紫色の花の髪留め、恐らくキキョウの花だと思われるそれをすぐに拾い上げ、手で土を払う。

 もちろんこれは俺の私物ではなくカレンちゃんの物だ。ちっとばかしお借りして、人探しの魔法をかけたのだ。

 そして魔法の効力が切れたということはこの辺りに……。


「……アレか」


 平和な村には似合わない檻付きの馬車が一台停まっていた。ちょうどそこに三人の男達と一人の少女が向かっている。

 男達の身なりからして、余所行きの錦とギラギラ光るブレスレットなんかを身に付けた成金感漂う男が借金取りの親分で、帯剣した二人がその用心棒といったところか。

 それと当たり前のように少女の両手には手枷が嵌められている。


「オラ! さっさと乗りやがれ!」


 少女は俯いたまま檻の中に押し込まれた。

 縞模様に赤と黒が織り交ざった長髪が揺れる。そして話に聞いた通りエルフ特有の端整な顔立ちと長耳を持っていた。


 あの子がカレンちゃんで間違いないだろう。

   

「もう二度とこの村には帰ってこれねえからなぁ? 別れの挨拶は済ませとけよ?」

「待ってください!!」


 男達が馬車に乗り込もうと足をかけた瞬間に呼び止めた。


 すぐさま二人の用心棒が雇用主を守るように立ちふさがり、それぞれ利き手を柄に添えた。

 警戒はしているが、敵意はまだ感じられない。


「てめえ、誰だ?」


 まず初めに片方が単純な質問を。

 俺はそれに対してあらかじめ用意していた答えを。


「私の名前はアレン・メーテウス。ただのしがない手品師です」


 それを聞いて二人はますます困惑した顔になり、何も言わなくなった。

 するとすぐに二人の間から親分が出てきて口を開いた。


「手品師が何の用だ? 見ての通り俺は忙しいんだよ。大事な商品を急いで届けなくちゃならねえんだ」

「商品というのは、そちらの女の子のことですか?」

「あぁそうだ。なんならお前が買うか? ……まぁ、そのナリじゃ金貨一枚すら持ってねぇだろうがなっ!」


 親分はイヤミたらしくそれを言ってから、豪快に笑った。

 それにしても商品、ねぇ……。

 千年経とうが薄汚れた人間ってのは必ずいるんだな。


「そうですね。たしかに明日の食費すらありません」

「とするとなんだぁ? 物乞いか? それなら他所でやってくれや」

「金は払えませんがその代わり……この場でできる手品なら何でもご覧に入れますので、その子を渡してはくれませんかね?」


 俺の提案で、この場の時間が一瞬だけ止まった。


 しかしすぐに男達は腹を抱えて笑い、俺のことを傑作だと褒めてくれた。

 もしかしたら助かるのかもしれないと内心期待していた少女も、「何を言っているんだコイツは?」といった半ば呆れた視線を檻の中から向けてくる。

 

「そうかよそうかよ! どんな手品でも見せてくれるってか? ……オイ」

「へい」


 親分に命令され、用心棒の一人が俺に短剣を投げ渡してくれた。

 はてさて、これで一体何をしろと言われるのだろうか?

 


「――そいつを自分の心臓に刺してみろ」



 ……あぁ、よかった。

 この短剣を純金に変えてみせろ、とかじゃなくて本当によかった。


「本当に、それでよろしいのですね?」

「……は?」

「この短剣を私の心臓に突き刺すだけで、よろしいのですね?」


 刺した後でやっぱり違ったなんて言われないように、一応確認を取っておく。

 刺し損は嫌だからな。


「オイオイオイ、本気で言ってんのか? 死ぬぜオマエ? そいつには文字通り種も仕掛けもないんだぞ?」


 軽く自分の指先を刺してみると小さな痛みと共に血が流れ出た。

 たしかにこれは、命を奪うために作られた物で間違いない。


「えぇ、問題ありません」

「じょ、冗談だろ……?」 

「それと先に断っておきますが、私の手品は中々に現実味がありますので、覚悟して――」


「――なんなのよォッ!!」


 俺が全てを言い切る前に、檻の中の少女が吠えた。 


「なんなのアンタ、バカなの!? いきなり現れてわけわかんないこと言い出してさ! バカなんでしょ!?」

 

 少女は堰を切ったようにまくしたてる。

 半ば自暴自棄になって喚き散らす。


「そんなものを心臓に刺したら死ぬに決まってるじゃない! あたし、アンタのことを知らないわよ! シスターに頼まれたの? だからってそんなことするなんて、やっぱりバカでしょ! ……もういいから、はやくどっか行ってよ!!」


 俺の事を心配してくれているのか、それとも目の前で人が死ぬのを見たくないだけかのどちらかは分からないが、必死に泣き叫んでくれている。

 

「恐れなくていい。必ずそこから救い出してあげよう。だから少しの間だけ、目を閉じてくれるかな? この手品は子供には刺激が強いんだ」


 だからトラウマにならないように警告だけはしてあげた。あとはもう自己責任だ。

 そして俺は短剣を両手で握り、その刃先を左胸に向けて構えた。


「それでは皆様、準備はよろしいでしょうか? 三つ数えた後、刺してご覧に入れましょう」

「本当にやらないわよね!?」

「さん…………にぃ…………」

「ねえ! やめてってば!!」


 男達は何も言わずに俺を見据えている。

 少女は尚も叫び続けているが、ここまできてやめる気は毛頭ない。


「いち…………フッ! ……ぐふっ」


 鋭利な鉄が肉を裂き、身体の芯まで入り込んでくるこの感覚。

 一瞬ひんやりしたと思ったら、それはすぐに灼けるような激痛に変わる。

 あぁ、懐かしい痛みだ。


「ンなッ!?」

「ウソだろ!?」

「いやっ……いやぁッ――」


 男達の驚く声と、それを掻き消す甲高い悲鳴を聞きながら俺の意識は途絶えた。

 



 ♦♦♦




「信じらんねぇ……。コイツ、マジでやりやがった」

「オイ、本当に脈もないぞ。死んでやがる」


 俺の死を確認した男達はずいぶんと困惑しているようだ。

 ついさっきまで甲高い声を上げていた少女はうんともすんとも言わなくなっている。おそらく俺の意識が途切れている間に気を失ってしまったのだろう。

 だから見るなと言ったのに。


「……親分、どうするんすかこれ?」

「し、知らねえよ。そこら辺に埋めときゃいいだろ」

「いや、そっちじゃなくて。手品を見たらこのガキを渡すっていう約束だったじゃないすか」

「あぁ、そっちか」

 

 そうだよ。

 俺は言われた通りにやってみせたんだから、無事にカレンちゃんを孤児院へ送り返してくれ。

 それから俺を焼くなり埋めるなり、好きなように葬るがいい。

 ……まさかとは思うが、約束を反故にするなんてことはないだろうね?


「んなもん無効に決まってんだろ! 手品じゃなくて本当に死んじまってるんだからよ!」


 あぁ、そう。

 そんなことを言っちゃうのね。

 せっかく穏便に済ましてあげようと思ったのになぁ。


「オラ、さっさと行くぞ」

「現代人は祟りも呪いも恐れないのだな」

「祟りが怖くてこんな商売ができるかよ! ……って、ちょっと待て。今誰が喋った? お前か?」

「俺じゃないっす」

「俺でもねえです」

「……私ですよ」


 俺は地べたから背を離し、その場に立った。

 同時に刃の消えた短剣が胸から落ち、カランと乾いた音を立てる。

 それを目の当たりにした男達は目を丸くしたり口をパクパクさせたりして、完全に言葉を失っている。


「とりあえずこちら、刃のほとんどを飲み込んでしまいましたが、一応お返ししますね」

「あ……うぁ……」


 目の前で起こった出来事を見て、半分魂が抜けたような、間抜けな顔をしてへたり込んでいる用心棒の一人に短剣を返した。

 

「それと親分殿。約束通りその子を貰っていきますので、檻の鍵を貸してください」

「は…………ハッ!? お、オイお前! コイツを殺せ!!」

「へ、へい!!」

 

 親分は辛うじて現実に戻ってこれたようだ。

 そして彼の命により、用心棒の一人が剣を抜いて襲い掛かってきた。


「食らえッ!」

「……うっ」


 またしても鉄の刃が体の奥深くに届き、俺の命と意識は奪われた。






「……や、やったのか!?」

「へい、確実に手ごたえがありました」


 心の臓を一刺し。お見事でしたよお兄さん。

 お見事なんですけどね、この服はどうしてくれるんですかね。

 流石に二度も赤染めしたらそう簡単には洗い流せないんですよ。


「にしてもまさか、アレが本当に手品だったとはな……」

「とんでもなく現実味があったっすね……」

「いやぁ。実はアレ、手品じゃないんですよ」

「「ッ!?」」 

 

 そのまま二本の脚で立ち上がり、服に付いた塵を払っていると、今しがた俺を刺し殺した彼も気を失って倒れた。

 こうして残ったのは、中々の胆力を持つ親分だけとなった。


「なっ!? ななな……なんで生きてやがるッ!? てめえはたしかに死んだはずじゃ……。一体何者だ!?」

「あれ? 一番最初に言いましたよね? 『ただのしがない手品師です』と」

「ただの手品師なわけねえだろ! はぐらかすんじゃねえ!!」

「だから何度も言ってるじゃないですか」


 怒りと戸惑いが混ざり合い、親分の顔が醜く歪む。

 そんな彼に、俺はとびきりの笑顔を見せて答える。



「――ただの『死が無いしがない』手品師だって」



 それを聞いた直後に、なんとも言えない顔に早変わりした。

 コロコロ表情の変わる人間はいつ見ても面白いものである。


「……嘘だ! さっきのアレも手品なんだろ!? なぁ!!」


 どうやら理解はしたが、信じたくはないらしい。

 

「そうですねぇ。では、もう一つご覧に入れましょうか」


 だから俺はまたしても剣をお借りして、自分の右腕を切り落としてみせた。

 温かい血がぼたぼたと流れ落ちる。

 おぉ、痛い痛い。

 

「お……お前、いきなり何をやって……」

「よぉく見ててくださいね?」


 そして断面から新しい腕を生やしてみせ。

 ついでに生やした手を握ったり閉じたりして、ちゃんと動かせることも見せてやった。 


「ひぃいッ!!?」

「これで私が不死者だと信じてもらえましたね? まぁ正確には『不死者』と言うよりも、『死んだままでいられない者』と言った方がいいのですが。一応さっきのアレで、二度死にましたし……って、聞いちゃいないか」


 完全に腰を抜かした親分は、俺の話も聞かずに這いずりながら逃げようとしていた。


「止まりなさいって……《泥沼ドロヌマ双腕ソウワン》」


 地より二本の腕を生やし、親分の足を掴ませ口を塞がせる。

 それからゆっくりと近づくと、大の男が涙を流して必死にもがきだした。


「やぁ、ご機嫌はいかがですかな」

「ンーッ! ンンーッ!!」


 口を塞いでいるせいで何を言っているかは分からないが、「許してくれ!」とか「殺さないでくれ!」とかそんなところだろう。

 もちろん殺すつもりなんてない。

 ちょっとした頼みを聞いてくれればそれでいい。


「とりあえず、檻の鍵を貸してくださいね?」


 すると親分は素直にポケットから銀の鍵を取り出して俺に手渡した。


「もう一つお願いがあるんだけど、いいかな?」

「ンーッ!」

「孤児院の借金を帳消しにして、全財産の半分を孤児院に寄付してほしいんだ。それと最後にこの村から立ち去ってくれると嬉しいな」


 もう一つどころではなかったが、まぁ問題ないだろう。


「して、返答は? 断るというのなら、君を肉のない不死者に変えるつもりだよ」

「ンンーッ!! ンンンーーッ!!!」


 命より大事な物がある人間なんていないのだから。 




 ♦♦♦




 気絶したままのカレンちゃんを背負って孤児院に帰ると、シスターが涙を流しながら駆け寄って来た。


「あぁ! カレン! カレンッ!! ありがとうございますメーテウス様! この恩はどうやって返せば……」

「いえ構いません、先に助けてもらったのはこちらですから。それと取り戻すついでに借金も全て帳消しにしておきました。近いうちに多額の寄付金も入りますので、それで子供達に何か良い物を見繕ってあげてください」

「えっ……」

「では私は、子供達と遊ぶ約束をしてありますのでこれで」



 それから子供達と遊んだり、俺の新鮮な右腕と引き換えに親分から頂いた装飾品を売って旅に必要な品を買い揃えていたら、すっかり日が沈んでしまった。



「そろそろ、行かないとな」


 俺の正体が知られた以上、遅くとも夜が明ける前にはこの村から立ち去らなければならない。

 不死者が現れたという噂が広まる前にさっさと出発しなければならないのだ。

 もしもこのまま滞在していたら、数日としないうちに討伐隊やら軍やらの物騒な連中がやって来て、辺り一帯を人の住めない土地に変えてしまうだろう。


「名残惜しいけど仕方ない。いつもやってきたことだ」


 だけどまたいつか。

 あの子達が立派に育っているであろう二十年後くらいに訪れよう。


「繁栄と平穏のあらんことを」


 最後に祈りとまじないの言葉をかけてから、俺は夜道を歩き始めた。

 

 今も昔も変わることのない月に照らされ、煌めく小川に沿ってしばらく歩いた。

 ふと目の前を横切ったウサギを見て腹が鳴ったので夕食の準備をする……が、その前に。



「そこの君、俺に何か用かな?」



 ばっと振り返って木々の茂る方に声をかけた。

 その直後に木の後ろでガサッと音が鳴ったが、出てこようとはしないし返答もない。

 村を出た直後から何者かに尾行されていたので、道中軽く鼻歌なんかを歌って完全に油断しているように見せかけもしたのだが、一度も襲ってきたりはしなかった。

 では一体何が目的なのだろうか?


「ほら、怖がらずに出ておいで。なんなら一緒に食事でもどうだい?」


 そこまで言うと、木の陰から一人の女の子がおずおずと出てきた。

 月光に照らされたその子は赤と黒が混ざり合った髪に長く尖った耳、そして碧い瞳を持っていた。

 名はカレン。

 村の子供達の中で唯一俺の秘密を知っている子だ。

 なぜか遠足なんかで持っていくような荷物袋を肩から腰にかけている。


「やぁカレンちゃん、こんなところで何をしているんだい?」


 俺に用があるのは間違いないのだろうけど、何を言われるのか。

 助けてもらった礼を言いに来たのかな?

 それとも精神衛生上よろしくないものを見せてしまったことで文句を言われるのかな?

 または大穴でその首よこせと言われる可能性が無きにしもあらず。


「あ……」


 しかし少女の発した言葉は、そのどれでもなかった。

 


「――あたしも連れて行って!!」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る