雷魂の日輪

電咲響子

雷魂の日輪

△▼1△▼


 闇が地下街アンダグラウンドを覆う。午後七時。かりそめの光に頼る地下街のは、地上ウエと同じサイクルで運用されていた。

 電力。

 それは現代社会における最大のアドバンテージであり、最大のウィークポイントでもある。


 街灯柱が稼動する。地上の月とは比ぶべくもないが、科学者や魔術師たちの努力により最低限の明るさが保たれていた。は、いつだって昼間のように明るかったのだが。が足りなくなってきているのだろう。


 私は大通りのベンチに座り、リョウの組織、"ロージア"について考えを巡らしていた。

 危うい。

 何の障壁もなく築かれた牙城は得てして脆いものだ。


「おや? 珍しいな、こんなとこにいるなんて」


 顔面を含め全身を縫われた男が話しかけてくる。古き友だ。


がさかっている。巧く操縦しなければ」

「お前も同類だろ? 自分を棚に上げてんじゃねえよ」

「ああ、そうだな…… 私も同類だ」

「いい加減から離れろ。お前だけじゃなく、他の奴らも巻き込むぞ」


 わかっている。わかっているが、彼女のことを思い出すたび心が悲鳴をあげる。


「……だから私は彼に随伴する」

「感傷か」

「再生だ」


 私は腰をあげ、決意を抱く。あの馬鹿リョウがやろうとしていることは自殺行為に近い。が。なぜか今はそれが愛おしい。


△▼2△▼


「よお! いつでも旅立てるぜ」


 すっきりとした笑顔をたたえながらリョウが言う。


「いいか。ここ地下街アンダグラウンドにおける電力は生命線そのものだ。どんな仕組みであろうと」

「あろうと?」


 リョウが険しい顔つきでしゃべる。


俺の魔法ヘルバウンドをなめるなよ。だいたい察しはついてる。あれは死者への冒涜だ」

「だからどうした」

「だからこうする。俺は俺の正義に従う。ただそれだけだ」


 ここ数年で立派な顔つきになったものだ。見届けよう。彼の行く末を。


△▼3△▼


「……ちっ」

「このガキ、いつもなら叩き殺すんだがな」


 通称"惨区"を歩く。リョウとともに歩く。私の威光のおかげでリョウは守られている。それは彼も理解している。


「ひゅう。さすがだな」

「茶化すな。私はこんな……」


 どろっ。脳髄が溶ける。ような感触がする。

 ああ、ひどいものだ。この心的外傷トラウマは死ぬまで拭うことは叶うまい。どんなクスリも効かぬ最悪の症状。いわば死に至る病。

 しかし。しかしただひとつだけ、癒してくれる存在があるとしたら。それがリョウなのだとしたら。


「着いたぜ。発電所だ」


 いつ見ても仰々しい。高くそびえ、広く根差したこの施設は、まさしく権力の象徴。地下街の電力を一手に担っている怪物だ。


「この日のために。この日のために俺は修練を積んできた」


 確かに、リョウはいつにも増して重装備だ。しかしこれでは――


「へへ…… そんなに心配か? まあ見てろって」


 リョウの周囲に透明な狼たちが現れる。猟犬群ヘルフロックか。リョウはそれを発電所内部に向かって飛ばした。


「ふう。全部把握したぜ。警備員の配置も内部の構造も、そして」


 リョウが顔をしかめながら、


心臓部コアの現状もな」


 と言った。


△▼4△▼


「おい。あいつは確か……」

「ああ、間違いねえ。あいつは"惨区"の……」

「安い給料とタマを比べると……」


 発電所の入り口を警備している者たちのささやき声が聴こえる。


「約一年前、番兵が全滅しただろ。あの二の舞に……」

「あの犯行は地上ウエ頭狂者キチガイの……」

「何にせよ、関わらないほうがいい……」


 大量の警備員は皆一様にうつむき、我関せず焉としていた。


「へへ。わりぃな、カナデの権力ちから使って」

「構わんさ。強行突破しなかっただけマシだ」


 これは本音だ。見境なく殺傷するのではテロリストと変わらない。


 それからは驚くほどスムーズに進行した。リョウの情報収集能力はケタ外れに上昇しており、警備員、トラップ、警報装置、監視カメラの類をことごとく避けて最深部に向かう。だが、それでも避けきれない存在があった。


「ロボット兵のお出ましか」


 リョウはそう吐き捨てると、鋼人兵ハガネのもとに突撃した。

 鋼人兵は腕に装備された回転式連射銃を放つ。

 轟音とともに放たれる無数の銃弾をわしつつ、リョウは鋼人兵の胸元に迫った。


「喰らいやがれ!」


 腰から引き抜いたソードオフ銃身を切り詰めた散弾銃をぶっ放す。同時に鋼人兵の頭部は粉々に飛散した。


「特製の8ゲージだ。どうだい? 効いたろ?」

「切り札は物理攻撃か。たいしたものだ」

「ああ、見ててくれたのか。もう現存してねぇから手製だぜ、この弾」


 息を荒げながら、リョウが笑う。


「さあ、行こうか。最深部に」


△▼5△▼


 荘厳な扉を開ける。そこにはひとりの男と、ひとつの"電力源"がった。


「ようこそ。お嬢様」


 最上位の術式が刻まれた魔装に身を包んだ老人が、うやうやしく一礼する。魔術師ヴィランだ。


「お初にお目にかかる。ザンカクアのぬし、"狂域の巫女"よ」

「くだらん。私はただの武器屋だ。それ以上でもそれ以下でもない」

「ははは。その言葉遣いも親父さんそっくり――」


 ズドン!


 リョウの散弾銃が鳴いた。しかしその弾丸は魔法の防壁の前には無力だった。


「礼儀をわきまえろ、小僧」

「知るかよじじい。てめぇの右上にあるのはなんだ? ああ?」


 ヴィランの右上の空間に浮かぶもの。それはまさしく地下街を支える電力源であり、おぞましき外見をしたであり、彷徨さまよえる魂の集合体だった。


「道理をわからんガキがほざくな。貴様らの生活は、私が創造したによって成り立っているのだ」

「それは認めるぜ。だがな、その実態に俺は我慢ならねぇ」


 数多の人間、妖怪、怪物、機械の死骸がぐちゃぐちゃに圧縮され、凝縮され、渾然一体となったは、無数のプラグにつながれて地下街全体に電力を供給していた。その電力源は彼らの魂。死してなお成仏すら許されず、電気を供給し続ける存在と成り果てる外道の法。


「ありゃどう考えても深淵ナラカだ。深淵の欠片だ。違うか?」

「ご名答」

「最近、俺の組織した自警団の邪魔してんのもあんただ。違うか?」

「ご名答」


 自警団の活躍により、死者が減っている。すなわち死者の魂も減っている。

 発電所の最深部の空中で燃え続ける哀れな魂。その総量が減っているのだ。


「貴様のそれは偽善にすぎない。代替案でもあるというのか」

「もちろん」


 ヴィランが目を見開く。


「ほう。聞こうか、その案とやらを」

「地下街に暮らすみんなが、少しずつ魔力を供給するのさ。そうすれば今まで通りの電力は補える」


 ヴィランが目を見開く。


「く、くくく…… 世迷いごともここに極まれり。そんな綺麗事が実現するとでも」

「思うね。だからてめぇは」


 ドゴン!


「葬らなきゃいけねぇんだよ」


 凄まじい音と硝煙のにおいが辺りに充満した。14.5mm高射拳銃、か。


「ば、馬鹿な! 我が防壁を貫くとは」

「ひゅう。スアラの身体強化術がなかったら腕がヤバかったぜ」

「ガキだと思って侮っていたわ! 全力をもって貴様を殺す!」


 どこまでも一途な男だ。どこまでも一途で馬鹿で素直で阿呆な男だ。リョウ。私は――


「死ね!」


 ヴィランが練り上げた魔炎がリョウを襲う。リョウは高射拳銃に魔弾を込めている。……間に合わんな。


 パンッ!


 銃声とともに魔炎が消滅した。私が撃った魔弾で魔炎が消滅した。


「な。お前そいつの」

「ああ、すまんな。ついうっかり発砲しちまった」

「……カナデ。ありがとよ」

「礼を言うのはまだ早いだろ? その魔弾じゃ火力不足だ。これを使え」


 私はリョウに魔の稲妻カナリアを渡した。


「うおおおお! おおおおお!」


 ヴィランが吼えながら魔法を乱射してくる。それは私の銃撃でかき消える。


「あんたは自分で深淵に触れられるタマじゃない。その深淵、誰にもらった?」

「く、くかかっ! 知りたいか? おお? 教えてやるよ。とある死霊術師だ」


 ガシャン。リョウの銃の装填が終わった。


「だが解せん。なぜその小僧の味方をする?」

「高貴な精神にかれた。ただそれだけだ」


 リョウが引き鉄トリガく。

 銃口から迸ったいかずちを消し飛ばす。絡まるコードの山を消し飛ばす。


 そしてヴィランの身体からだを消し飛ばした。


△▼6△▼


 発電所の復旧作業が始まった。リョウの結成した自警団の統率力は素晴らしく、全員がおのが魔力を捧げていた。


「よお! カナデたちの協力もあって、順調に捗ってるぜ!」


 私と、私の数名の"惨区"の知り合いは魔力を提供した。地下街のためじゃない。こいつリョウがどこまでできるのか。それを見たかった。


「そうか。それはよかった」

「今回の件は、その、あれだ、助かったよ、マジで」

「ふふ。だがな、あの魔弾の料金は請求するぞ」

「……だよな。覚悟してるぜ」


 私は満面の笑みを浮かべて告げる。


「五千万円だ」


<了>

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雷魂の日輪 電咲響子 @kyokodenzaki

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