第5話:襲撃


 巨大な大地の橋<グラウンドブリッジ>を月の光が照らし、その世界を四台の馬車が走っていた。

 けれども、その真ん中辺りの場所で前方の馬車が突然停止すると、後ろの馬車も自然と停止してしまった。


「どうしたんだ……なんでこんな所で止まったんだ?」


 護衛騎士や荷物を乗せた三番目の馬車。

 その手綱を持った騎士が変に止まった事を不信に思い、隣にいるもう一人の騎士の方を向いた。


「なぁ、なんかあったか?」


「――ない」


「?」


 ちゃんとした答えが帰ってくる事を、騎士も別に期待した訳ではなかった。

 ただ、さぁ? とか、どうしたんだろうな? 等の些細な言葉を期待し、ただ気分を紛らわしたかっただけだった。

 しかし、そんな些細な事の返答も無い事に騎士は首をひねる。

 先程まで不通に会話していた仲間なのに、何故に今は何も言わないのか。

 顔を下へと向け、暗い表情をしている仲間の顔を騎士は覗き込んだ。


「おい、どうしたんだ?」


「――まない」


 心配し、覗き込んでみたが仲間が返答する事はなかった。

 そんな反応に騎士が、何やら妙な不安を抱き始めた時だった。

 不意にその仲間の声が耳に届く。


――……と。


「えっ? 今、なん――」


 残念ながら、騎士が最後まで言う事は叶わなかった。

 彼は背後から強烈な衝撃を感じると同時、自分の腹部から剣が飛び出したからだ。


「ガハッ!――襲撃!? 姫様を――!」


 騎士は咄嗟に察した。

 自分の命が助からない事、そしてステラの身に危機が迫っている事を。

 けれども、同時に騎士はもう一つ察してしまった。

 自分の背後にいるのは馬車の中にいる仲間達だけ、つまり自分を刺したのは……。


「ま……さか……」


 薄れる意識の中、騎士は隣にいる仲間へ顔を向ける。

 すると、そこにいたのは先程まで会話していた仲間の姿はなく、自分に剣を振り上げる敵としての仲間がそこにいた。


「俺も……すぐに逝く」


 その言葉を最後に剣は振り下ろされ、意識が消える僅かな間に騎士は全てを悟り、心の中で祈った。

 

(――四獣将の御二方。お二人が敵ではないのならば、姫様をどうかお守りください……!)


 そんな祈りの後、騎士の意識は消え去った。

 同時に剣が抜かれ、騎士の遺体は血液を流しながら馬車から転落してしまう。  

 その瞬間、彼の軽鎧が地面に激突し、大きな音が発生すると、それはステラの耳にも届いた。


「――ッ!?」

 

 馬車の中で一人で本を読んでいたステラはバッと顔を上げ、先程の音と共に周囲の異変に気付く。

 空気が妙に冷たく、辺りも静寂が続く。

 息を呑みながら本をしまうと静かに息を殺し、物音を立てない様に立ち上がると馬車の入口から距離を取った。

 そんな彼女の様子を、馬車の手綱を持つ二人の騎士も察している。


(気付かれたか……?)


(恐らくな……)


 小さな声で話す二人の騎士は馬車を降り、静かに剣を抜いた。

 しかし、二人が向かう場所はステラの乗る馬車ではなかった。


(あなた様は最後です)


(まずはあの目障りな“二匹の獣”……)


 狙いはレインとグランの両名だ。

 騎士二人は、そのまま三番目の馬車から降りて来た騎士達と合流し、四番目の馬車の騎士も降りると全員で入口を固めた。 


――構えろ。 


 各々が剣や手に魔力を込め始める。馬車ごと消しされば事は簡単だ。

 せめてもの慈悲。聞こえの良い言葉を想いながら、ルナセリアの護衛騎士達が攻撃を放とうとした。


――まさにその時。


「グボォッ!」


「カハッ!」


 馬車に最も近くにいた二人の騎士が奇声をあげ、大量の血が彼等から噴き出した。

 二人を襲ったもの。それは馬車から飛び出す、黒い刃と巨大な刃だった。

 それが、それぞれの騎士の身体を貫き、または切り裂いた。 


♦♦♦♦



「――クッ!?」


 反射的に絶命したであろう二人から離れる護衛騎士達。

 それと同時に周囲の空気が重く、そして冷たいものへと変わったと思った時、馬車から声が聞こえた。


「――お前達の殺気は十分だ」


「――やっぱりこう言う事かよ」


 護衛騎士達がその言葉を聞いた瞬間、馬車の上半分が吹き飛んだ。


『!?』


 その衝撃に驚いたのか、一台に二頭ずついた馬型魔物達は綱を千切って逃げ出すと同時に、二つの影が馬車の前へと降り立つ。


「その様子では言い訳はできまい」


 けれども、その影の正体を護衛騎士達は分からない筈はない。

 獣の様な眼光と殺気。そして血が染まった武器。

 目の前に降り立ったのはレイン・クロスハーツとグラン・ロックレス。――ではない。


「【黒狼】……!」


「【剛牛】……!」


 護衛の最中、その間は息を潜めていた獣。

 その二人の真の姿に護衛騎士達は更に後退りする中、レインとグランは自分達が始末した二名の遺体に見向きもせずに周囲を確認した。

 その上で気付く。自分達よりも前方の馬車、その傍で息絶えている騎士の存在に。


「やはりそういう事か……」


 息絶える騎士。その姿を見たレインは全てを察した。

 自分達に襲って来た護衛と殺された護衛。

 この双方の違い、それは護衛の最中で殺気をずっと纏っていた者とそうでない者。

 つまりは――。


「ステラ王女の……それを指示されていた者と、そうでない者。そんなところか」


 最初からおかしかった。

 隠していたつもりだったのかは分からないが、休憩中も警戒心の様に纏い続けていた殺気。

 このグラウンドブリッジへ来たのも暗殺に適しているからだ。

 最近は封鎖されている為、ただでさえ人の気配はない。

 残った遺体も、グラウンドブリッジの下を流れる川に落とせば片付く。

 

 無論、レインだけではなく既にグランも察しており、機嫌が悪そうに一息入れた時だった。


「これは……一体……!」


 護衛騎士と対峙する中、ステラが馬車から降りて来てしまった。

 先程の物音等で警戒していたが、彼女が見たのは想像よりも悲しい光景。

 無念の形相で息絶える騎士。半壊した馬車と奇声を上げる馬型魔物。


――そして、血だまりの中で沈む二人の騎士と、血の纏った武器を持つレインとグランの姿。

 

「どういうことですか……?――なにが、どうして……何故、こんな事に!」


「あまり動かれるなステラ王女。――あなたは今、暗殺の危機にいる」


「それも、護衛騎士が実は暗殺部隊だったって……笑えねぇ話だ」


「そんな……!」


 警戒心を露わにするレインに、同情的に呟くグラン。

 そんな二人の言葉にステラの表情は悲痛なものとなるが、その言葉に否定する様に首を強く振る。


「そんな筈ありません! ここにいる人達は……私が和平に向かう時、和平を信じて私を守って来てくれた人達なんです!――なのに、私を殺そうと……なんて……」


 ステラの目に涙が溜めながら否定するが、目の前の光景を再び見渡す事で真実も突き付けられる。


「どう……して……?」


「――これが現実。としか言えませんな」


 ショックを受けているステラの声に応える様に、彼女の背後にある先頭の馬車から一人の男が姿を現した。

 それは護衛隊長のヴィクセルだった。

 馬車から降りると、彼に釣られるように二人の騎士が馬車から落ち、そのまま血溜まりを生み出す。

 見ただけで彼等が助かる事はないのが分かり、彼の手にある剥き出しの刃が血で染まっていた。


「どうして……?」


 惨状を生み出したにも関わらず、何事も無い様な口調のヴィクセルの姿を見て、ステラの表情に怒りと悲しみが溢れた。


「私の暗殺……王族に生まれた以上、覚悟はしてました。――ですが、私を殺せば良いだけなのに、何故その人達まで殺したのです! 答えなさい! “近衛衆”副隊長・ヴィクセル!!」


 自分の暗殺にも関わらず、一部の護衛騎士を殺害した事にステラは悲しみで怒り、その大元である男を睨み付けた。


「すぐに分かります……」


 護衛隊長――“ヴィクセル” 

 現ルナセリア帝国・皇帝<アルトン・セラ・ルナセリア>の近衛衆の副隊長。

 それが護衛団改め、暗殺任務を請け負った男の正体であり、それを聞いていたレインとグランも表情を更に険しいものとなった。


「あれが皇帝の近衛衆……その副隊長か」


「近衛衆は戦だろうが首都からは出ねぇからな……まさか、こんな出会い方とは」


 皇帝、首都の守護が目的故、近衛衆といえどレインは彼等に会った事がない。

 戦場に出ないのだから当然だが、わざわざ近衛衆が首都を離れ、敵国の中で暗殺を実行する事に二人は多少の驚きを隠せない。

 また、そんな考えはお互い様だった。


「私もそう思いますよ。まさかあの四獣将と、こんな出会いをするとは……」


 最初に出会ったときは驚いた反応をしていたが、今は冷静な態度。

 いくら近衛衆の副隊長といえど、四獣将を二人も相手にして勝てる可能性は低い。

 しかし、それにも関わらず冷静さと余裕を持つヴィクセルにレインは勘付いた。


「随分な余裕だな……やはり奥の手があるか」


「だろうな。俺等が来ちまったとは言え、アスカリアからも護衛が来るのは分かってた筈だ。――この際だ、とっとと出しな」


 アスカリア勢からの護衛によっては暗殺に支障は出る。

 ならば近衛衆以外にも暗殺達成の為、奥の手が用意されているのは想像は容易く、ヴィクセルの態度でそれは確信へと至った。 

 

「それよりも……姫様への疑問を応えねばなりませんね。――ただ単純に、暗殺知らせていなかった者達の役目が終えただけですよ?」


「役目……?」


「何も知らず、ただ護衛任務を行う者が混ざってた方が姫様も安心出来たでしょう?」


「やはり、そんな役だったか」


 レインは、その言葉を聞いて納得した。

 無駄に殺気を出していた者が暗殺を知っており、暗殺を知らなかった者はブラフとして生かされていた。

 そんな無情な死の真相を聞き、ステラは表情に怒りを現した。


「なんて事を……! 最後に聞かせなさい。この暗殺の絵を描いたのは“父上”ですか……それとも“義母様”ですか……」


「冥土の土産にしては重すぎるのではないのですか?」


 答える気はないと、ヴィクセルは剣をステラへと向け、ゆっくりと彼女と距離を縮め始めた。

 けれども、ステラもただ死ぬのを待つつもりはなく、両手に魔力を集め、それが大きな杖へとなって握り絞めた。


「私は死ねません! 和平の為……苦しみながらも、私を信じて待ってくれている民の為に!」


「無駄な事です……」


 ステラの言葉を一蹴しヴィクセルが動き出した時、レイン達も動いた。


「グラン!」


「おう!」


 レインがステラの下へ駆け、グランが周囲を薙ぎ払った。

 宙に舞う馬車や岩の破片。そして衝撃波に暗殺騎士達が怯む中、逃れた二名がレインの前へと立ちはだかる。

 だが、レインは速度を落とさずに寧ろ加速し、影狼に魔力を込めた。


「……魔狼閃――」


 駆けるレインを迎え撃つ二人の暗殺騎士。

――そして、レインと暗殺騎士達が交差した時だ。


「――円月」


 レインが振るった影狼の残光。それは円の残光であり、広範囲を斬った姿は円の月。

 その攻撃の前に、二名の暗殺騎士を斬ると静かに倒れて息絶えた。 


剛滅波ごうめつはッ!!」

 

 それと同時、グランがハルバート・グランソンを地面へと叩き付けた。

 魔力を込めた“剛”の衝撃。それは残った暗殺騎士達をぶっ飛ばした。


「グハッ!?」


「ば、馬鹿……盾が抉れ……て……」 


 岩に叩きつけられる者。予想以上に吹き飛び、そのまま下へ落ちて行ってしまう者。――運よく生き残った者も、その衝撃ゆえに立ち上がる事が出来ない。

 そんな呆気なく残った騎士達が倒された事にステラは悲しそうに目を逸らし、ヴィクセルも驚きながらも、その表情には悲しみがあった。


「……ずっと、任務を共にしてきた者達だったのだがな」


「そうか」


 黄昏る様にヴィクセルは呟くが、レインが特に思う事はない。

 ステラの下まで来たレインは、そのまま彼女を背に隠して影狼をヴィクセルへと向けると、グランもヴィクセルへ近づいて来た。

 

「これで全員が戦闘不能だ。諦めてとっとと全部吐くんだな」


「……剛牛殿は、もうご自分の言葉をお忘れになったのですか?」


 問い詰めるグランに対して、ヴィクセルは冷静どころか、特に気にした様子もなく呟くように応えた。

 まるで勝負はまだ分からないと、そんな反応だ。グランが首を傾げるが、レインはその背後で光る赤い瞳に気付く。


「後ろだグラン!」


『ヴォォォォォォォォォ!!』


 叫んだと同時、強烈な咆哮がグランを襲った。

 それに対して殆ど反射であったがグランも、グランソンで攻撃を受け止めて正体を捉えた。


「うおっ!? こいつ等……! 馬車を引いていた馬型の魔物か!」


「これが奥の手……?」


 レインはグランが食い止める二匹の魔物の姿を見て、それがヴィクセルが用意していた奥の手だと理解する。

 現に、ただの魔物相手には力負けする筈のないグランなのだが、額に汗を流し、歯を食いしばって受け止めていた。


「こいつ等……!! 本当に馬か!?」


 グランソンで受け止めているが、並みの魔物とは思えない力を持っており、明らかに馬を遥かに凌駕した存在だ。

 けれども、それだけではない。


『バルルル……!』


 噛みついていた。馬の臼歯ではなく、臼歯の代わりに沢山生えている犬歯でグランソンを。

 その姿――最早、馬等の草食動物のそれではない。


「グラン……!」


「心配している場合ですかな?」

 

 グランに注意を促すレインへ、ヴィクセルと四体の馬型魔物が立ち塞がる。

 すると既に二匹を相手にしているグランだが、そんな彼の背後にも残りの二体が現れる。


「クソッ!――レイン! 少し時間をくれ!! 速攻でぶっ潰すからよ!!」

 

 グランは目の前の二匹を押し倒し、そのまま素早く背後の二匹の相手を始めた。 


「――した魔物なのです。早々に倒される程、この<スケロス達>は弱くはありま――ムッ!!」


 ヴィクセルが最後までいう事は叶わない。それよりも先にレインが飛び出し、影狼を振るったからだ。 


「グウゥゥゥッ!!……やりますな!」


 強烈なレインの一撃。それをヴィクセルはかなり押されたが剣で受け止めるが、バランスを崩したのをレインは見逃さず、そのまま追撃を加える。


「魔狼閃――月翔げっしょう


 大量の魔力を込めて振り上げた斬撃。それは確実にヴィクセルを捉え、彼はそのまま宙を舞った。


「ガハッ!?」


 宙を舞い、地面に叩きつけられるヴィクセル。

 けれども、、そんな彼にレインは目もくれず、ステラに注意を向けながら四匹のスケロスの相手を始めた。

 目が血走り、牙を剥き出しにする狂気の魔物。普通ではないと思いながらも、レインは影狼を構えた。


『バルルル!』


「見た事のない魔物か……だが――」


 それをスケロス達も分かっているかの様に、主の様な立場であった筈のヴィクセルへは目もくれず、牙を向けながらレインへと威嚇で敵意を示した。


「――斬る」


 先に動いたのはレインだ。

 その場から動かず、スケロス達目掛けて斬撃を飛ばす様に影狼を振るった。

 しかし斬撃は飛ばない。スケロス達を襲ったのは月光に照らされた“影”だ。

 その影がスケロスを捉え、回避した一匹を除いて三匹とレインの影が繋がった。 


「魔狼閃・夜走よばしり――群狼ぐんろう!」


 繋がった影から“狼”の姿を模した存在が、次々に飛び出した。

 それも一匹、二匹ではない。文字通り、群狼と呼ぶにふさわしい数の魔狼がスケロス達へと噛み付いた。

 その攻撃にスケロス達は出血しながら暴れ、咆哮をあげる。


『バルル!!』


「……まだ来るか」 


 攻撃は受けたスケロス達の動きは止まらず、三匹は噛まれながらも一斉にレイン目掛け、走り出した。

 角を向けるもの。牙をむけるもの。その姿は魔物と呼ぶのも恐ろしい“異常”さがあり、三匹のスケロスは自我が失っている様に白目で唾液も垂れ流していた。


「おかしいです! あんな魔物……ルナセリアで見た事などありません!」


 スケロスの、その異常さにステラも気付いた。

 軍用にしろ式典様にしろ、少なくともステラは城と軍内で見た事がない。

 それはレインも察しており、一匹のスケロスの角を受け止めながらグランにも注意を促した。


「グラン――やはり、ただの魔物ではない!」


「あぁ! 馬型でスケロスなんて魔物、聞いた事がねぇ!――それに……この耐久力……!!」


 レインの言葉にグランは二匹のスケロスを撃破し、三匹目と交戦しながら異常さを身をもって理解していた。    

 それはレインも同じだ。一匹の首を刎ねたが、その時の重さは馬よりも厚く、そして肉の手応えも違った。

 数多くの魔物を斬ってきたレインだが、この手応えはまるで魔物の肉を合わせた様な、統一性のないものだった。


「この手応えは、まさか……」


 レインは思い出す。先程のヴィクセルの言葉を……。


『――特別に用意した魔物なのです』


 この為に連れて来た。そう思った言葉だが、実際は違った可能性があった。

 馬でありながらもを持った様な凶暴性。――野生にはない生物の正体を。

 

「レイン!――まさかこいつら……!」


 グランも、もう一匹のスケロスを薙ぎ倒しながら勘付いた。考えられる最悪の可能性に。


「間違いない……合成魔物キメラだ」


「合成魔物……!」


 レインの口にした存在。それを聞いたステラは信じられない様に口を手で覆った。

 それだけ合成魔物の存在は特別だからだ。無論、悪い意味で。


「やっぱりそうか!――クソッ……合成魔物は“禁忌”だろうが!!」


 グランの叫びが今も倒れているヴィクセルへと向けられた。

 

 禁忌の存在――“合成魔物”

 それは別々の魔物や動物を魔術で組み合わせて、別の一つの個体となった存在。

 また生態系にも打撃を与え、それぞれの魔物の弱点を補う為に作った合成魔物により、一般人・ギルド・騎士に多大な被害を出した事で禁忌とされていた。

 けれども、その禁忌の真なる理由はもう一つあった。

 実は、合成魔物は理性がなく、作り出した者達でさえ制御が出来ないのだ。


「ふ……ふはは……気付かれてしまいましたな……!」


 地面に倒れていたヴィクセルが笑い出した。


「これは……ルナセリアが合成獣を作り出しているという事か?」


「そんな……どうなのですかヴィクセル!?」


 どこか諦めた様に笑いだすヴィクセルへ、レインとステラは問いただそうとした。

――だが。


「ねぇ~? まだ終わらないのぉ……飽きたよ」


 この殺伐とした戦いの場にて、場違いな幼さを残す呑気な声が流れた。

 その声にレインもグランは無意識に警戒を強め、その声を探って視線を一台の馬車へと向けると、その声の主はゆっくりと姿を現した。


「あれれぇ~? なんでお姫様は生きてて兵士は全滅してんの? スケロスも結構死んでるし……やっぱり無能なんだね?」


 馬車から現れたのはフードを深く被った一人の男。

 初日に、レインへ強烈な殺気をぶつけた一番異常な護衛騎士だった。

 その騎士はフードを取りながら、倒れているヴィクセルへ冷たい視線を向けていた。


「聞いてんの暗殺隊長さんさぁ……なんで殺す側が殺されてるの?――ふざけ過ぎて逆に笑えないよ?」


 フードを取ると、その正体は白髪の一人の少年だった。

 白い肌がやや目立ち、それ故にどこか謎の不気味さもある。

 けれども一番目に引くのは、その少年が持っている武器――血まみれの白刀だ。

 真っ白な刀に垂れ落ちる血液。恐らく、ヴィクセルが殺したと思われた騎士達、彼等を殺したのはこの少年だ。

 しかし、少年からはそれ以上の血の匂いをレインは感じ取った。


「……かなり殺しているな。――お前はルナセリア帝国騎士ではあるまい」


「酷いよぉ黒狼さん、こんな雑魚と僕を一緒にしないでよぉ。僕は騎士じゃないよぉ?――ただの」


――だよ?


「!――下がれ!!」


「――えっ?」


 少年が姿を消し、自分達の背後から声が聞こえた時だ。

 レインは反射的に呆気になっているステラを己の後ろへと引っ張り、同時に影狼で彼女を背後から襲おうとした斬撃を弾いた。


「避けるの!?」 


 驚いた様子でレインを見る少年だが、驚いたのはレイン達もだ。

 何故なら、白髪の少年は一瞬でステラの背後に周り、彼女の首を獲ろうとしたからだ。

――その髪の毛と同じ真っ白な“剣”で。


「早い……!」

 

 しかも動きもまた、レインですら対応に余力を残す事が出来ず、その少年の強さは間違いなく護衛団の比ではなかった。

 型にも填らない動きや思考。間違いなくルナセリア軍ではない“部外者”だ。 


「アハッ! 凄いね黒狼さん!! どうやって対応出来たの!!」


 けれども、当の少年は攻撃を防がれた事に喜びにより狂った笑顔を向けるが、レインはそれに答えるつもりはなかった。


「魔狼閃――」


「!……迅皇閃じんおうせん――」


 魔力を影狼に纏わせたレインの動きを察し、少年の剣が純白の魔力によって染まる。

 そして多数の斬撃へと変え、双方は同時に放った。


群狼月乱ぐんろうげつらん!」


天射乱殺てんいらんさつ!!」


 月の様な輝きを放つレインの斬撃と、純白ながらエグイ多数の斬撃が同時に衝突。

 多くの斬撃音を発しながら両者は武器を振い続け、やがて同時に動きを止めた。


――瞬間、レインの肩から血が吹き出した。


「レイン様!?」


「なっ! レインが押し負けたのか……!」


 恐怖の色に顔を染めるステラと、信じられないといったグランが叫ぶ。

 黒狼のレインとまで言われた四獣将の斬撃に撃ち勝ち、彼に傷を付けた衝撃は大きく、少年も歪んだ笑みを浮かべていた。


「すごいよ! 今の斬撃の数も凄いし、バラバラにならなかったのは黒狼さんが初めてだ!!――けど、ごめんね! 僕の方が強くてさ!!」


 少年は、レインとの戦いが本当に楽しかった。

 狂気に満ちた笑顔。その中で確かにその瞳は生き生きと輝いてしまう程に。 

 

「……それはどうだろうな」


 だがそんな中、押されている筈のレインは特に焦った様子もなく、至って冷静を貫き続けていた。

 更に言えば、鋭い眼光を少年から一回も逸らしてすらいない。


「――はしゃぐのは良いが、自分の状況も理解するべきだ」


「――えっ?」


 何を言ってんだ。――と、少年は分からずに首を傾げた瞬間だった

 少年の身体――左肩から腰近くまで入った傷から一斉に血が吹き出した。

 先ほどの斬り合いの中でレインの斬撃もまた、少年の肉体を捉えていたのだ。

 

「なっ! これって……僕の血? あれ?」


 この状況が理解できず、自身の血に困惑する少年に僅かな隙が生まれた。

 そこをレインは見逃さずに一気に接近し、影狼を振るう。


「!?――クソッ!」


 ここで初めて少年の表情が崩れた。先ほどまでは余裕もあったが、今は焦りの色が強い。

 それでも、少年は凄腕であった。レインの斬撃を咄嗟に弾き、壊れた馬車などの残骸を利用し、そのまま飛び跳ねるように距離を取りながら鋭い視線を向けていた。


「ハァ……ハァ……! 凄いね黒狼さん……僕はこれまで4732人も殺して来たけど……ここまで追い詰められたのは初めてだよ……!」


 汗を流しながらも笑みを少年は浮かべていた。

 聞いてすらいない情報まで話せる以上、まだ余裕はあるようだが、徐々に少年は逃げるように後退を始める。 


「レインって言ったよね黒狼さん! 君を殺すのは僕だ!――<キルラ・ヘルタリウス>だよ!!」


「キルラ?――目的はなんだ、なぜステラ王女を狙う?」


「ハハ……ごめんよレイン。教えたいけど……言っちゃダメだって言われているんだ……!――代わりにお土産を置いてゆくよ……!」


 キルラはそう呟くと指を咥え、指笛を高く鳴らす。

 一体、何をするつもりなのか。レインとステラは身構えるが、反応したのは別のもの達。


『ヴォォォォォォ!!』


 レインが先程まで戦っていた残りのスケロス三匹。既に残りはグランが倒して最後の三匹。

 そのスケロス達はキルラの指笛に反応し、横一列に整列するや否や肉体が溶け合い、練り混ぜた様に徐々に一つの肉体となった。


「これがとっておきだよ~!」


 右のスケロスは徐々に巨大に、そして鋭利な槍の様に変形。左のスケロスは顔が裂け、盾のようの形状へと姿を変えた。

 そして残った頭も周りの肉の形状を変形させ、やがて兜を被る凛々しい騎士の様な姿へと変貌してしまうが下半身は馬同様の四つ足のまま。

 例えるならば、騎士格好のケンタウロスだ。全体的に身体も大きくなり、上半身はまさに槍と盾を持つ騎士そのものを彷彿とさせている。

  

 これが合体合成魔物――<スケロス・カバルリ>であり、その姿と現象にレインとグランは驚きを隠せず目を見開いた。


「一体化だと……!」


「ありえねぇぜ!――合成獣技術は不安定故に禁忌とされてんだ。なのに更に一体化するなんて……!」


 巨大になったスケロス・カバルリを見上げながら驚く二人。

 気づけばキルラと名乗った少年も消えており、残こされたのは瀕死のヴィクセルと目の前の凶悪な合成魔物。 


「……グラン、こいつを自然界に逃がすな。ここで倒す」


「あぁ任せろ!――所で肩は大丈夫なのかレイン?」

 

 構えながらグランが傷の心配をするが、レインは「問題ない」とだけ言って影狼をスケロス・カバルリへと向けた。

――それが合図となる。


『ヴォォォォォォッ!!!』


 槍と盾を構えながらスケロス・カバルリは、猛スピードで二人へ突撃してきた。

 

「レイン!」


「……任せたぞ」


 グランが前に出て、レインは高く飛び上がった。

 そして、グランが突進してきたスケロス・カバルリを受け止め、強烈な押し合いで動きを止める。

 そこに空中からレインが飛来。影狼を魔力で纏い、落下の勢いで振り下ろした。


「魔狼閃――双月」


 振り下ろした刃から斬撃がもう一つ放たれ、それは丁度に分かれてスケロス・カバルリの両腕となったスケロスの首を切り落とした。


『ヴォォォォォォッ!!!』


「痛みは感じるか……けどわりぃな!」


 笑みを浮かべ、グランは苦しむスケロス・カバルリに対し、両手で持ったグランソンで振り上げると、その刃に纏う魔力が形状変化する。

 それは一言で言うなら剛だ、彼の二つ名を現す様に牛の形状。その強烈な一撃こそ、剛牛の由来。


「――剛牛断!!」


 その一撃がスケロス・カバルリの頭部を捉え、そのまま叩き割る様に両断する。

 あまりの力に地面にも亀裂が入ったが、グランは簡単に引き抜いて肩に担ぎ直し、レインと共にスケロス・カバルリの亡骸を見下ろした。


「レインよ……この護衛任務、どうやら色々と裏がありそうだな?」


「あぁ、その様だ」


 その裏に己自身も混じっている事をレインは言葉は疎か、表情にも出さず、ただ静かに頷いて返した。

 

 けれどサイラス王からの暗殺任務・ルナセリアの護衛団による暗殺、そして合成魔物。

 どうやら自分達が思っている以上に、闇と根が深い任務だとレインが考えていた時だ。――不意に、最初にグランが片付けたスケロスの首が動いた。 


『ヴォォォ!!』


「なに!?」


「やべぇ!!」


 二人が気づいた時にはもう遅かった。

 スケロスは首だけで動き、その鋭利な角をステラに向けて飛び出した。


「――えっ?」


 ステラも何が起こったのか分かっていない。だから回避が出来ない。

 だからこそレインとグランが何としても守ろうと飛び出すが、スケロスの方が早く、その首がステラへと迫った時だ。


――不意にステラの前に一人の影が庇う様に立ちふさがった。


「ッ! ヴィクセル!!」


「ゴボッ……ご無事ですか……姫様……」


 立ち塞がり、ステラの盾になったのはヴィクセルだった。

 剣を構えていたが、それ事スケロスに貫かれる彼の姿にステラは勿論、レインとグランも驚愕した。

 先程まで暗殺任務を行っていた彼が何故、と。

 

「騎士と……して……最後のケジメを!!」


 ヴィクセル自身は折れた剣を持ち直し、己に突き刺さった状態のスケロス頭部を突き刺して止めを刺すと、一気に引き抜いて倒れてしまう。


「ヴィクセル!……動かないで下さい! すぐに治します!」


「ハ……ハハ……暗殺をしようとした相手を……助けようとは……やはり優しい……方だ……」


「話してはいけません!」


 ステラはそう叫びながら癒し魔法をヴィクセルの傷へ当て続ける。

 だが傷からは血が溢れ続け、どうしても塞がらない。どれだけ魔力を込めても全くだ。


「どうして!……これぐらいの傷ぐらい!」


「特別……だったのです。恐らくは……角にも細工がされて……いた……」


「そんな……!」

 

 ヴィクセルの言葉にステラの瞳に涙が溜まっていく。

 命を狙われても、ヴィクセルはずっと世話になっていた人。幼い頃から遊んでもらい、護身用の剣や杖、勉学も沢山教えてもらった一人だ。

 死んだ者達もそうだ。和平の為に命を賭けてくれると言ってくれた者達。

 その時から暗殺に関与していても、ステラにはその時の嬉しさに嘘はない。

 だからステラは無駄であっても癒し魔法を続ける中、グランが口を開く。


「お前、暗殺しようとしてたのになんで姫さんを助けたんだ?――そもそも、なんで殺そうとしやがった?――戦争推進派なのか?」


「ハハ……推進派……そんな安い者達ではない……ステラ王女……あなたは――」


――生きてはいけない人間なのです。


「えっ……?」


 ヴィクセルの言葉にステラの表情が固まった。


「和平など……そんな理由ではない……だから我々は……暗殺犯となり……ゴボォッ!」


「ヴィクセル!?」


 大量に血を吐くヴィクセルへステラは叫ぶが、ヴィクセルは呼吸を乱しながら再び話し始めた。


「ハァ……ハァ……暗殺に関与した者達も……皆……任務が終われば……自害するつもりだったの……です。しかし……最後の最後に……己を騙せなかった……」


 そう言うとヴィクセルの瞳から涙が溢れ、やがて流れ始める。


「すまない同志達よ……無駄死にしてしまったな。――申し訳ございません姫様……あなたに剣を向けたことを……!」


「良いのです……良いのです!……あなたは最後に私を助けてくれた。ルナセリアが誇る立派な騎士です!」


 手を強く握りそう叫ぶステラ。彼女の言葉にヴィクセルは嬉しそうに眼を閉じて頷く。


「勿体無いお言葉です。――姫様……ここから先、決してルナセリアの者を信じてはいけません……例え七星将であっても……!」


「そんな……何故そこまで!?――なんで私は生きてはいけないのですかヴィクセル!?」


 ステラは必死で叫んだ。

 既にヴィクセルの命の灯が消えかかっている事を察しているからだ。

 自分を殺した後、その暗殺に関わった者達は皆が自害する程の覚悟をしてまで、何故に自分が狙われているのかをステラは知りたかった。

 けれども、ヴィクセルは悲痛の表情を浮かべながら顔を逸らし、ステラから逃げてしまう。


「申し訳……申し訳ございません……姫様……!――ですが……今後の事は任せることが出来ます……四獣将の方々がいるのですから……この重き荷は……サイラス王に……お任せしましょう……頼みましたぞ……殿……」


「……!」


 そう言って自分へ目を向けるヴィクセルに、レインは思わず目に力が入った。

 自分もステラの暗殺を受けている事がバレている様に感じたからであり、サイラス王の名が出た事もあってレインはヴィクセルを追求しようとした。

――だが。


「ヴィクセル……?――ヴィクセル!! そ、そんな……そんなぁ……!」


 異常に気付いたステラがヴィクセルへ叫んだが、彼が動くことはもうなかった。

 残されたのは沢山の屍と合成獣の死体の山だけ。何も真実を知る事が出来なかった後味の悪い結果に、グランは納得できない様に頭をクシャクシャと掻く。


「クソッ!……何がどうなってんだ?――近衛衆すら動かし、変なガキと挙句には合成獣までよ。こいつはただの暗殺じゃねえぞレイン!」


「……知った事か。俺達の任務は姫の護衛だ。敵がどの規模なのか知れたとだけ思え」


「けどよ……」


 バッサリと切り捨てるレインだが、グランは納得出来なかった。

 合成魔物技術は禁忌であると同時に高い技術力を必要とする。

 それを可能とするならば国家レベルか、トップクラスのギルドの技術力が必要だ。

 

「この任務……やっぱ裏があったか」


「大国の揉め事が呆気なく終わるものか」


 グランは嫌な予感を抱きながら思わず額を抑えていると、レインはショックを隠せないステラの下へと近付いた。

 夜でも動かなければならない。例え危険でも、この場も同じく危険だからだ。

 レインは放心状態のステラの傍に来ると、静かにその手を伸ばそうとした時だった。


『キュウ~クルルルル!!!』

 

 鳴き声なのか、あまりにも変な声がグラウンドブリッジに響き渡った瞬間、突如としてグラウンドブリッジ全体が激しく揺れ始めた。


「な、なんだぁ!?」

 

「今の鳴き声は……!」


 グランは事態を把握しようと周囲を見渡すが暗くて見えず、レインはどこか聞き覚えのある鳴き声に気付いた時だ。


「まずい、グラウンドブリッジが……!」


 グラウンドブリッジ全体が揺れ、徐々に崩れ落ち始めた。

 亀裂が走り、地割れの様に崩れる自然の大橋。

 護衛騎士やスケロスの死体、運よく虫の息だった騎士も次々と呑み込まれてゆく中、それはステラをも呑み込んだ。


「きゃあぁ!!」


「!」


 不意打ちの様に、ステラの身体は崩れるグラウンドブリッジと共に落ちて行く。

 けれどもレインが飛び出し、ステラの身体を両腕で掴むと彼女の頭を守りながら落下し、そのまま夜の支配する闇の激流の川へと呑み込まれた。


「レインッ!! 姫さんッ!!――ちくしょう!!」


 二人の身を案じるグランだったが、そんな彼も崩壊するグラウンドブリッジに巻き込まれ、レイン達と同じく激流の川へ呑み込まれていった。

 

(まずい……か)


 着水の衝撃からの激流の流れにレインは意識が飛ぶ感覚を抱き、冷たい水で腕の感覚も鈍るが、それでもステラの身体を必死で抱き続けた。

 流れの速さで瓦礫からの二次被害は回避できたが、このままでは危険なのが変わりない。

 

(意識が……)


 意識も薄れていき、レインは視界が真っ暗で目を開けているのか閉じているのかも分からなかった。

 そんな時だ。レインが聞いたのは。


――今はまだ、貴方を信じましょう。


 激流の中で声など聞こえる筈がないが、レインは確かに女性の様な声を聞いた。

 しかし、それが何なのかを理解する前に、彼の意識は完全に真っ暗になってしまう。

 またグラウンドブリッジも完全に崩壊。彼等がいた痕跡は何も残される事はなかった。


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