ルキーニ~太陽になり損ねた男~

櫻井 理人

ルキーニ~太陽になり損ねた男~

「被告人、ルイジ=ルキーニを終身刑に処す」

「おいおいおい、俺は皇后を殺したんだ。洗濯女を殺した覚えはない。そこは、俺の栄誉を讃えて死刑にすべきなんじゃねーか?」

「被告人、静粛に!」

「仕事もしないで国民の血税で暮らす王侯に罰を下してやったんだ。『働かざる者、食うべからず』かの有名なフランスのマリー=アントワネットと同じさ、はっはっはっ!」






 あのクソ裁判官に「終身刑」と言い渡されてから、早11年。

 俺は何度も言ったんだ。「俺を殺して、さっさとこの監獄から解放しろ」って。

 それが終身刑だ? はっ、本当にふざけた世の中だぜ。

 ん? 何でこんなところにいるかって? 冒頭をよく見ろ、皇后を殺害したんだ。

 その皇后が誰だか分からないって? エリザベートだ、エ・リ・ザ・ベー・ト……って、おい! ちょっと待て! エリザベートを知らないって?

 呆れた奴だな……しゃーねー、この俺が教えてやるよ。


 オーストリア皇帝のフランツ=ヨーゼフ1世に見初められた彼女は、わずか16歳でハプスブルク家に嫁いだ。結婚してまもなく、長女を出産。

 だが、その喜びもつかの間……愛娘を姑に取り上げられる。宮廷の古いしきたりを受け入れることが出来なかった彼女は、姑に猛反発し、オーストリアを飛び出した。

 彼女が自由を求めて各地を放浪しているさなか、息子のルドルフ皇太子に先立たれてしまう。息子に寄り添えなかったという後悔の念から生涯喪に服し、以来、黒服を手放すことはなかった。


 これだけ聞けば、誰もが「悲劇の皇妃」などとほざくことだろう。

 だが、俺から言わせれば、こんなものはまがいもの、お涙ちょうだいの悲劇さ。

 彼女は息子を捨てた。自由奔放に育った息子は、厳格な父と相容れるはずもない。息子から助けを求められてもなお、彼女が手を貸すことはなかった。とことんまで追い詰められた息子は、恋人と拳銃で心中自殺。当然の報いさ。


 ところで、俺が彼女を殺害した理由……それは、ただの偶然だった。

 当初の目的は、イタリア国王のウンベルト1世を暗殺すること。

 だが、殺しに行こうにもスイスに移住していた俺は、イタリアに帰る金がなかった。

 次に標的にしたのは、ジュネーヴに滞在しているフランス王位継承候補のオルレアン公フィリップ。こちらもすでにジュネーヴを発っており、俺は殺すチャンスを失った。

 と言っても……正直に言えば、王侯なら誰でも良かった。王侯が大嫌いだったのさ。

 なぜかって? そいつは、俺の生い立ちに深く関係しているだろう。


 生後まもなくして母親に捨てられた俺は、パリの孤児院に引き取られ、9歳の時には鉄道の建設現場で働いていた。祖国イタリアで徴兵され、それなりの評価を受けていたが、金に不満で除隊してやった。

 その後は各地を転々とし、スイスへ移住した。スイスで共和制の考え方に触れた俺は、幼少から金に困っていたことも相まって、浪費癖のある王侯どもが各地でのさばっていることに不満を持つようになった。


「赤ん坊に飲ませるミルクがない」

「俺たちの食べるパンがない」


 などと、民衆が騒いでいる時に、は呑気にミルクの風呂。

 それだけじゃない。生卵30個にブランデーを混ぜたシャンプーに、就寝時は子羊の肉を張った革のマスク……美へのあくなき執着心を発揮した。

 そんな俺に、ようやく好機が訪れた。


 新聞で偶然、あの女がスイスに滞在していることを知った。ジュネーヴにあるレマン湖のほとり……俺はあらかじめ尖らせておいたやすりを使って、あの女を殺害した。

 俺は、間違ったことをやった覚えなどない。民衆の怒りを代表してやったんだ。

 だが、あの女は何を思ったのか、息を引き取る直前、俺の刑を軽くしろと言ったらしい。

 なぜだ? 殺人犯であるはずの俺を……やはり、王侯の考えることは俺には理解できない。

 それがもとで俺は終身刑になったのか? だとしたら……考えるだけでばかばかしい。俺にとっては不名誉なことだ。

 あの女に生かされていると、考えれば考えるほど腹立たしい。

 その後、俺は持っていたベルトで首を吊った。

 ケチのついた己の人生に、自ら幕を下ろしたのさ。


(了)

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