第35話「優しい嘘」






   35話「優しい嘘」






  ☆☆☆




 「そうだったよね………ごめんね。何回も忘れてしまって………そして、何回も助けてくれてありがとう」



 泉の話しを聞きながら何度も、監禁された記憶を思い出しては震えていた。

 その度に、泉の腕の中で彼の香りと優しい鼓動を聞いていく内に、落ち着きを取り戻してきた。


 話しを聞きながら、緋色は何度も謝り、そして涙を流した。瞳も目元も、頬を真っ赤にして、泣き続けた。記憶をなくしていた時を取り戻すかのように。



 「施設で緋色ちゃんと離れた時からずっと決めてたんだ。君を守ろうって。だから、養子になるのも全部断り続けてたんだ」

 「そんな………」

 「どんな家庭に行くかわからないだろ。緋色ちゃんの家と離れた所に行くかもしれないし、婚約者が居るところかもしれない。………だから、自由になれるように施設に居続けたんだ」 「…………ありがとう。泉くん………」

 「ううん。俺が小さい頃不安だった時、君が守ってくれた。そんな緋色ちゃんに憧れて、恋をしたんだ。………緋色ちゃんにまた愛してもらえて良かったよ」



 泉は彼女の目にそっと触れて、涙を拭く。真っ赤な瞼はとても熱くなっていた。



 「ねぇ………泉くん。2回目に誘拐された後はどうしていたの?」

 「あぁ………。そうだね。それを話していなかったね。………君の記憶の混濁があって不安定だったから、恋人である俺が近づいたらまた、何かが、きっかけで辛い事を思い出すかもしれないと言われたから。しばらく緋色ちゃんから距離を置くように医者に言われたんだ」

 「…………そう、だったの………」

 「でも、俺は緋色ちゃんの傍にずっと居たんだよ。」

 「え?」



 緋色は驚き、泉を見るとクスクスと笑っていた。そして、頭を撫でながら「バレてなくてよかった」と、笑った。



 「実は、緋色ちゃんのボディーガードをしていたんだ」

 「え……えぇ……!!」

 「他の男に緋色ちゃんを1日中見られてるのは元々嫌だったんだ。だったら、俺が見ようって望さんにお願いしたんだ」

 「え、でも………仕事は………」

 「君が仕事に向かうときに警護して、会社に着いたら、ボディーガードの交代。その後空手の稽古をして終わったら、君の会社へ向かってたんだよ。夜中まで見たら、またボディーガードと交代、って君を見守ってた。だから、後輩の相談を聞いてた時も、君の会社の近くのカフェにしたんだ。まさか、君に見られているとは思わなかったけどね」



 泉は、微笑みながら教えてくれた。

 自分の事を彼が守ってくれていた。そして、いつも傍に居てくれていた。それが嬉かったし、気づかなかった自分が情けなかった。



 「………だがら、作家活動を辞めていたの?」

 「………空手とボディーガード、そして作家活動の3つの顔はさすがに難しいからね。今は休業する事にしていたんだよ」

 「そっか………作品が止まっていたのは、私のせいだったんだ」

 「………落ち込まないで。休んでいる間に良いシナリオを思いつたから、ね」

 「………うん。ありがとう」



 緋色は困った顔を見せながら、素直にお礼を伝えた。




 「君がお見合いをする事になったのは、本当にたまたまでね。でも、君が幸せになるのならば、それでもいいかもしれないって思っていたんだ。俺は、君の過去に関わりすぎているから、事件の事思い出して辛い思いをするなら、他の人と幸せになってずっと、忘れていたほうがいいって思っていた。…………思うようにしてたんだ」



 泉は、遠くを見つめながら思い出を語り続けた。その時の泉の気持ちを知れるのは、緋色はとても嬉しかった。自分が知らない彼を知りたい。大切な人の事をそう思ってしまうのは当たり前の事だろう。



 「だから、お見合いの時も、君を守るために店先で警護をしていた。本を読むふりをして、店に入る人を見張っていたんだ。そしたら、君が僕のところに飛び込んできた。久しぶりに間近で見る君はとても綺麗で、すぐに目を奪われた。そして、緋色ちゃんに触れてしまったら、気持ちが溢れてきたんだ。君を誰にも渡したくないって。………だから、君を連れ出してその場から逃げた。そして、結婚を持ちかけたんだ。…………ネタにしたいなんて嘘だよ………。君には沢山嘘をついてきた。緋色ちゃんを守りたい、一緒に居たいと思って、嘘をついてきたけど、本当にそれでよかったのか………ずっと悩んでいたんだ。」

 「………泉くんの嘘は、全部温かいね」

 「え………」

 「全部、私の事を思って嘘をついてくれた。それって、すごく愛を感じるものだと思う。確かに、私が思い出したくない過去を教えてほしかったとか、乗り越えたかったとは思う………けど、きっと泉くんの愛を沢山感じられている今だからこそ、昔の辛いことを乗り越えられたんだって思うの。………だから、泉くんが辛い嘘を沢山ついてくれた事。そして、ずっとずっと私を、待ってくれた事。本当に嬉しいよ。…………ありがとう。私、ますます泉くんが好きになった」

 「緋色ちゃん…………」




 恋人の前で男が泣くなんて、恥ずかしい事かもしれない。

 今の言葉で泉の今までの嘘をついていた日々、待っていた時間が報われたような気がした。



 そんな彼を先ほどまで抱きしめられていた緋色が今度は抱きしめた。




 「ゆっくりと昔の記憶を話し合おう?私が知らない事とか、忘れてしまっていた事を教えて欲しいの」

 「うん………でも、体は大丈夫?事件もあったばかりだし、記憶だって………」

 「大丈夫だよ!だって、今が1番幸せなんだよ?昔の事も思い出して、ずっと泉くんが私を好きでいてくれたってわかって、夫婦になれたのも忘れないで済んだの。こんな、幸せなことあるかな?」

 「………あぁ、俺も幸せだよ。君に何も隠すことなく全て話せる。昔からずっと好きだったって事も。」



 泉はそういうと、緋色を愛おしそうに目を細めて、緋色の頬に触れる。緋色は彼のくすぐったくなりながらも、もっと泉に触れてほしくて、その手を自分の手で包んだ。



 「私も大好きだよ。泉くんの事が、ずっと大切だった。」

 「うん………」



 2人はゆっくりと目を閉じて、唇を寄せ合い何度もキスをした。

 2人が恋人になれなかった時間を取り戻すかのように、その日は何度も何度もキスを重ね、体をベッドに沈めた。


 「初デートと2回目の初デートが同じ洋服で嬉しかった」とか、「もう1度君が好きになってくれるか不安だった」とか、泉からはいろいろな事を聞いた。その度に、緋色は彼に愛されていると実感出来た。


 彼を全身で感じ、熱が冷めるまで話しをして、また、キスをして体を温め合う。


 そんな、彼との幸せな戯れは、夕方になっても続いていたのだった。







 そのため、緋色達が目を覚ましたのは真夜中すぎて朝方になってからだった。緋色は体に気だるさを感じたが、それは彼に愛された証拠だと思うとそれさても、幸せに感じた。



 「緋色………ちゃん?」

 「ん…………泉くん、おはよう」



 ニッコリと微笑んで泉に返事をすると、心配そうに顔を覗き込んでいた表情が安心したものへと変わった。



 「大丈夫だよ。全部、覚えてるから」

 「あ………そうだよね。ごめん、不安になって」



 自分の気持ちがバレてしまっていたのに驚いたのか、泉は恥ずかしそうな苦笑した。


 「ねぇ、泉くん。今度、施設に行ってみたいな。2人で、里帰りしてみよう?」

 「うん………帰ろう。2人で幸せになった事、報告しよう」

 「楽しみだね」



 緋色は泉の体に抱きつく。甘い甘い香りがする。


 この香りは以前緋色が使っていたものだと泉に教えて貰った。

 彼が自分を思い香水を纏っていたと思うも、気恥ずかしい気持ちになるが、やはり嬉しかった。


 今日も2人は同じ指輪をして、同じ香りを纏い、同じベットで目を覚ます。






 それは嘘偽りのない毎日の始まりだった。






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