第13話「父への思いは」






   13話「父への思いは」





   ☆☆☆




 一緒に泉と暮らし始めてわかった事がある。


 泉は朝が弱い。

 起こすと不機嫌にはならないけれど、柔らかく微笑みながら甘えてくる。


 そして、甘党なのは知っているけれど、子どもが好きそうなメニューが大好きな事もわかった。

 ハンバーグやグラタン、カレーなど給食で人気になるようなメニューが好きだった。


 家事は得意だけれど、料理はあまりしないらしいので、炊事は緋色がやる事になっていた。

 彼はスポーツをやっているからか、沢山食べてくれた。献立など何か工夫した方がいいのかと思ったけれど、泉は「俺は好きなものを食べて頑張れる体を作ってるから、気にしないで。」と笑っていたので、「本当に太って指輪外れなくなると。」と、言うと「幸せ太りならいいよ。」と、満面の笑みを浮かべて言われてしまった。

 


 泉と緋色はまず始めに、緋色の父である望に婚約の報告をした。以前、結婚を勧められていたぐらいなので、あっさりと認めてくれた。そして、とても嬉しそうにしていたのを緋色は覚えている。

 けれど、緋色の男の人が苦手な原因を作った父のそんな姿を見ても、緋色は喜べなかった。

 結婚がおめでたい事ならば、どうして………という気持ちになってしまうのだ。


 結婚式は落ち着くまでするつもりはなかったけれど、望は家族だけでもやるべきだと言っていた。それについては、2人で考える事になった。

 

 泉の両親にも挨拶をと思っていたけれど、「俺の父と母はいないだ。もう2人亡くなっている。」と言われてしまった。その事実を知らなかった緋色は驚きと悲しみで声を失った。泉は、「教えないでごめんね。」と言っていたけれど、緋色はどうしても挨拶がしたくて、「いつか、お墓に報告に行きたい。」と伝えると、泉は曖昧に返事を濁したのだった。





 そして、会社にも結婚する事を伝えた。

 上司と仲がいい先輩の愛音だけは喜んでくれたけれど、他の人たちは「社長令嬢の結婚」と言うことで、あまり興味はないようだった。もちろん、あの「松雪泉」というのは内緒だ。

 そして、泉は楪家に婿に入ってくれた。始めは空手家としても名前を変えようとしていたけれど、それも少し落ち着いてから考えるという事だった。



 それからすぐに緋色は泉の家に引っ越した。

 泉が「早く一緒に住もう。」と、いろいろ準備をしてくれたのだ。そのお陰で、婚約が決まってから1ヶ月もしない頃には泉と一緒の生活がスタートしていた。

 始めはお客さんのようによそよそしくなってしまっていたが、今では自分の家として過ごせていた。

 それも、泉のお陰だった。





 「おはよう。泉くん?おーい、朝だよー。」

 「ん………もう朝………?あと少し………。」

 「それさっきも聞いたよ。」



 泉と緋色は大きなベットで一緒に寝ている。

 今でも少し恥ずかしい気持ちがある緋色だったけれど、誰かと一緒に眠る安心感とぬくもりを感じてしまうと、もう一人で寝るのは寂しくなってしまいそうなぐらいだった。

 朝が弱い泉を起こすのは、いつも緋色の役目だ。今日は休日なので、いつもより遅い時間だったけれど、予定もあるのでそろそろ起きなければならない。それに、泉は朝にもトレーニングをしている。1階にトレーニングが出来る部屋があり、いつも1時間ぐらい体を鍛えているのが日課のようだった。



 「もうトレーニングに行かないと、朝御飯作っちゃうよ?」

 「………君のご飯は冷めてもおいしいから大丈夫だよ。」

 「もう………。私、先に食べちゃうよ?お洗濯もしたいし。」

 「…………ダメ………。」

 「じゃあ、起こして?」

 「今、起こしてるでしょ?」



 緋色は困った顔を浮かべながらも彼が甘えてくるのが何だかくすぐったくて思わず微笑んでしまう。



 「忘れてるでしょ?」

 「ん………恥ずかしいから………。」

 「やってくれなきゃ起きない。」



 緋色はベットに座って彼を起こそうとしていたけれど、泉の言葉を聞いて逃げようとした。けれど、泉を腕を伸ばして緋色の頭の後ろを掴んで逃げないように捕まえてしまったのだ。

本当に彼は眠たいのか、と思ってしまうけれど、ニコニコと緋色を待つ彼を見ていると、反論することも出来ない。



 「…………おはよう、泉くん。」



 小さな声でそういうと、緋色は彼の頬にキスをした。それが泉が求めていた事だった。



 「今日こそは唇にしてくれると思ったんだけどなー。」

 「頬でも恥ずかしいのに………無理だよ………。」



 真っ赤になる緋色を見つめて、泉は「確かに、まだ駄目にみたいだね。」と、笑った。そして、泉もやっと事でベットから起き上がり緋色の髪をそっと撫でた。



 「おはよう、緋色ちゃん。起こしてくれて、ありがとう。」



 と、泉は挨拶してくれる。


 泉が目覚めるときはキスをしたいと言い始めたのは引っ越しして来た日の事だった。

 目覚める時、いってきます、おかえり、おやすみ、などでキスをしたいとの事だった。まるで新婚のようだと思った緋色は、「あぁ、自分もそうなのだ。」と改めて感じてしまった。


 そして、一緒に眠るようになって彼がなかなか起きないことがわかったときに、泉から「緋色ちゃんにキスをされたらすぐに起きるよ。」と言われた。それが緋色からの目覚めのキスをするきっかけだった。


 それでも、唇にキスをするのはハードルが高いため頬や額で我慢してもらっていた。それでも、泉は嬉しそうにしてくれるので、ホッとしていた。



 「今日はハムトーストと卵とサラダ。スープにするつもりだったけど、いいかな?」

 「うん。ご飯は何でもいいんだよ。緋色ちゃんが無理なくて。大変な時は外で食べてもいいんだから。」

 「ありがとう。………でも、なるべくは作りたいんだ。料理も上手になりたいし。」

 「もう上手なのにね。………俺も君の手料理が食べられるのは嬉しいよ。」



 泉は「ご飯楽しみだな。」と言いながらベットを出てトレーニングの準備をし始めた。

 それを見て緋色は「私も頑張ろう。」と、心の中で決意して、着替えを済ませてキッチンに向かった。





 「今日は結婚指輪を決めにいく日だね。どののブランドがいいとか決まった?」

 「ううん。いろいろ調べたんだけど、よくわからなくて…………。泉くんが何か好きなお店とかあるならそこで大丈夫だよ。」

 「そっかー。んー………じゃあ、何店か見てまわろうね。」

 「そうだね。」




 緋色と泉は、向かい合ってご飯を食べながら今日の予定を話していた。

 今日は、2人も休みのため結婚指輪を探しにいくことになっていた。引っ越しや家具などを買いに行ったりしており、なかなか買いにいけなかったのだ。


 泉はこの日を楽しみにしており、「早くお揃いのリングしたいね。」と、日々言葉をもらしていたのだ。緋色もそれは楽しみにしていながらも、婚約指輪が出来なくなるのが少し寂しかった。緋色は仕事以外ではなるべく身に付けるようにしていたのだ。左手にその指輪があるだけで、とても安心したし嬉しい気持ちになった。

 結婚指輪は彼とお揃いのものだ。

 きっと、もっとドキドキして幸せな気持ちになるだろうと緋色は確信しており、今日の結婚指輪探しも楽しみだった。


 そんな話をしている時だった。

 泉が突拍子もない事を話し始めた。緋色にとっては驚くべき内容だった。



 「今度、楪さん………緋色ちゃんとお義父さんの誕生日だよね。そのプレゼントも見に行こうか?」

 「え………。」

 「俺もお世話になってるし、君も買うだろう?一緒にプレゼントを何にするか考えないかな、って。」

 「……………ぃ。」



 緋色はすぐに言葉を吐き出したけれど、あまりに小さな声で彼には聞こえなかったようだった。



 「どうしたの?」

 「お父様にプレゼントなんてあげてないよ。」

 「…………急にどうしたの、緋色ちゃん。楪さんはいつも君の事を心配して。」




 いつもと違った様子に、泉は驚きながら緋色の顔を覗き込んだ。

 けれど、緋色はそんな事など気にならないほど、気持ちが荒れてしまっていた。

 緋色は望にプレゼントなど最近全く渡していなかった。最後に渡したのがいつだったのかも覚えていない。

 


 「お父様にプレゼントなんかあげたくない。…………私、お父様が嫌いなの。ずっとずっと………。」



 緋色は怒りを含んだ低い声でそう言うと、泉は驚いき少し悲しそうな顔で、緋色を見ていた。


 けれど、そんな彼を見ていても、父への感情は変わるものでもなかった。




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