いつまでも砂は落ち続ける

 母は砂が落ちきるたびに砂時計を返す。一時間に一回。砂時計のために夜は一時間に一度目を覚まし、返す。私は以前母に尋ねたことがある。「なんで砂時計を返すの?」と。すると母は力のない笑顔を浮かべ私に言った。


「今お母さんは45歳。この砂時計は17の頃に当時付き合っていた彼からもらった宝物。お母さんはね、今の生活に満足しているの。けど、あの頃に戻りたい気持ちもあるのよ。この砂はあの時の気持ちがこもっている。儚く淡い恋心を持っていたあの時のような」


 あぁ、口ではそう言いながら、私が生まれたことに、父と結婚したことに、少なからず後悔があるのだなと、私は感じた。

 ある日父も母に同じ質問をした。父は母に対しデレデレで、私の前であろうが、好意を表に出すのを躊躇わなかった。

 しかしその日は、何年経っても砂時計の意味を教えてくれない母に苛立ちながら、少し怒気を含ませ尋ねた。母は観念したように答えた。私に言ったように。父は狂ったように笑い始め、母のこめかみを強く殴りつけ、倒れた母の後頭部を蹴り上げた。


「そうか、何年経っても俺を見てはいないんだな。そうか、なら、もういい」


 執拗に母に暴力を振るう父を見て私は恐怖に怯えた。父が母に暴力を振るうのは初めて見たから。母は何も言わず暴力を受け入れていた。そして静かに母は動かなくなった。

 父は壊れたように笑いながら、母を椅子に座らせ抱きしめた。


「これでお前は俺だけのものだな」


 私は父が恍惚な表情を浮かべ、母だったものを抱きしめている傍を通り、砂時計をポケットに入れ、部屋に戻った。

 あの日からずっと母が帰ってくる気がしながら毎日一時間おきに砂時計を返している。

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