脳のある場所

「三年間ありがとね。寂しいけど……バイバイ」


 卒業式の日、彼女は僕にそう言った。口は寂しがっているが、顔はもう会うことはないよね? そう言いたいようにも見える。

 僕は小さくうなずき手を振る。


「バイバイ。僕も楽しかったよ」


 そう静かに返す。

 彼女は納得したような、安心したような顔で、徐々に後ろに下がっていく。一歩ずつゆっくりと僕から離れていく。一〇歩くらい離れると手を高く上げる。そして僕の存在を消し去りたいかのように、大きく大きく手を振り始める。


 君は僕にもう会いたくないんだな。嬉々として手を振る彼女の手を、じっと、じっと見つめる。

 手を、触れると壊れてしまいそうなほど細く小さな手が微笑んでいる。僕に会いたくないと言っている。僕は遂に気がついた。人の心は脳にあるのではない。胸にあるのでもない。顔にもない。全ては手の中にあるのだ。


 ならばただの肉の塊である体はいらない。僕は、君の心だけを切り取り、仲良く二人で暮らす。待っていて。

 僕はそう決意し、笑顔で手を振り返す。大きく、肩の可動域の限界を超えそうなほど大きく。少し遠くで肉の塊が安心した表情を浮かべている。彼女も嬉々としている。

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