短編 勇者を引退したら女剣士とスイーツ二人旅が出来るようになったんだが

影木とふ@「犬」書籍化

第1話短編 勇者を引退したら女剣士とスイーツ二人旅が出来るようになったんだが

「ほぅ、これがフルーツロールケーキというものなのか」


「ああ、おごってやるから存分に楽しめ」



 賑わう食堂に席を取り、話題のデザートを注文。


 すぐに可愛らしい制服を着た女性店員さんが『お昼のデザートセット』を持ってきてくれた。


 丸まったスポンジ生地の中心にイチゴ、オレンジ、バナナがたっぷり入ったもので、コイツと知り合う前に食べて美味かったから今回連れてきた。


 興味津々で自分の前に置かれたケーキセットを眺め、断面から見えるフルーツの数を指差し数えている。彼女はリーベルという剣士で、なんか知らんが勝手に付いてきた。



 俺はいわゆる異世界転生とやらでこの世界に来た。半年ほど世界を巡りモンスター退治で名を成し、そこそこのお金も手に入れたから、今はそのお金で豪遊中。


 まぁ全て、転生特典で手に入ったなんでもぶった切る光の魔法剣のおかげだけど。



「私のはイチゴ二個……オレンジ二個、バナナ三個……それに引き換えお前のはイチゴ三個、オレンジ三個、バナナ三個……これは一体どういうことだカイト! どうせ甘いデザートがあるよとか言葉巧みに私を誘い、まんまと宿の食堂に連れ込み、良い気分になったところで宿に部屋を取ってあるんだ、とか言い出してエロいことをする気だったんだろ! だったら残念だったな! お前のケーキのほうがフルーツの数が多い時点で私の接待は失敗……! ──!」


 なんかブツブツ言いながら数えて全然食わねぇな、と思ったら、いきなりキレてリーベルが吼えだした。


 か、数……? こんなんランダム封入だろ? 切った場所でフルーツの数が違うのは当然だろ。


 いい大人がこんなことでキレんなよ! あ、ほーら、周りの人の視線が集まりだした。


「あーもう、そんなことで叫ぶな! 恥ずかしいなお前は。ホラ、交換してやっから」


「女性にとってフルーツとは宝石も同然で、数の差を見せられて心穏やかでいられるものではない! 今夜私に恥ずかしいことをしようとしているのはお前……あ、いいのか、すまんなカイト」


 俺のケーキをリーベルのと交換してやると、すぐに機嫌を直し、ホックホク顔でフルーツの数が多いロールケーキを愛で始めた。


 はぁ……めんどくさ……。


 なんだよフルーツは宝石であるとか、今夜私に恥ずかしいことをしているのは俺とか。


 確かに俺は光の剣のおかげで強いが、体術はさっぱり、だからな。ただの高校生だった俺が、十年以上体術剣術を鍛えたらしいお前を腕力で抑えてエロいこと……なんて無理だろ。


 ……リーベルさん、すっげぇ美人さんだし、スタイルいいし……出来るならしてみたいけど……。


「こらカイト、ケーキを見るフリをして私の大きな胸を見るのはよせ。そんなだからお前は女性からモテないのだぞ。もう嫌で嫌で仕方がないが、この私がわざわざ実験体になってやっているんだ。せいぜい私をもてなし、女性に好かれる接し方を学べ」


 ……ち、いいじゃねぇかちょっとぐらい、減るもんじゃねぇだろ。俺だって健康な十七歳の少年なんだ。女性に興味あって何が悪い。


 ……モテないのは事実だし、そんなに嫌ならなんで付いてきたんだよ。


「数秒チラ見したぐらいだっての。気が付くお前がおかしいんだよ。半年世界を巡ってみたが、お前ほど美人でスタイルの良い女性は他にいなかったからな。俺好みの女をチラチラ眺めるぐらい美人税ってことで許せよ……」


 ガターン


「…………おい童貞」


 美人でスタイルの良い女性に視線が集まるのは自然の摂理だろ? ましてや自分好みの容姿、性格だったらなおさら……なんて思っていたら、リーベルさんが椅子を後ろに吹き飛ばし立ち上がった。


 え、何怖い。


 俺のカイトっていう、異世界でも通じる響きにつけてくれた両親に感謝な立派な名前ふっとばして童貞呼ばわりとかどういうこと。童貞だけども。


「いいか、私は高い女だ。我がリオード家は数百年続く剣士の名家で、金も地位もある。倉庫のすみっこのホコリが複雑に絡んで形を成して意思を持ちました、みたいな少年が安々と告白していいレベルじゃないって分かっているんだろうな? それを越えてこの私と付き合いたいというのなら、その覚悟を見せてみろ!」


 リーベルが腰の剣に手を当てる……お、おいバカやめろ。


 こんな平和な食堂で剣抜くな! 初めて聞いたが、お前のその名家とやらに傷がつくぞ。


 あと俺の爆誕方法ひどくね? 倉庫のホコリが絡んで人型になって意思を持ったとか……普通に人の子として生まれたっての! 



「誰も告白なんてしてねぇだろ! お前を俺好みの美人だと言っただけだっての!」


「──っ! そ、そんなだから私はお前の側を離れられないのだ……! 以前短期間パーティを組んだ盗賊の女にも『お前は可愛いんだから、男が多い場所では俺の側を離れるなよ』とか平気で言いやがって……! 隣に私が居るにも関わらず……! ああもちろんあの女は裏で脅して金渡して二度とお前に近づかないと誓約書を書かせ……!」


 リーベルが真っ赤な顔で俺の胸ぐらをつかんできたが、お前あの盗賊の子になんてことしたんだ。


「……ケ、ケーキ……」


 首を絞められながらも俺は必死に魔法の言葉をつぶやく。


 美味しいロールケーキの魔力に勝てる女性はいない。つか言葉貧弱な俺には、これしかこいつの意味わかんねぇ怒りマックス状態を抑える方法は思いつかなかった。




「…………うん、これがロールケーキか。これは美味しいな。さすがカイトだ、この私を満足させる男は世界にそうはいないぞ、あっはは!」


「そうですか……頑張ってホコリから形を成して意思を持った甲斐があるってもんです……」


 俺のケーキという言葉で大人しくなったリーベルが、フルーツたっぷりロールケーキを笑顔で頬張る。



 ──よく分かんねぇが、俺に女が寄って来ないのってコイツのせいじゃ……いや自惚れか。


 まぁ、いいか。とりあえず今俺の側にはこんなに美人で可愛い女性リーベルがいてくれる。



 それでいいじゃないか。




 ──数日後、大陸間連絡船内。


「うわぁぁぁ! 巨大亀の群れに囲まれたぞ!」

「あの硬い甲羅の攻撃受けたら船底に穴が開いてこの船沈んじまうぞ! ど、どうしたら……」


 数百人乗りの船の乗組員とお客さんが悲痛な声を上げ叫ぶ。



「あ、あんた冒険者なんだろ! どうにかしてくれないか!」


「む、私か? あいにく私は剣士でな。剣が届かないものはどうしようもない」


 大混乱の船内。船長らしき人がリーベルの持つ剣を見て助けを求めてきたが、そっけない態度を取られる。


 相変わらず他人には愛想ねぇのな。



「……しかし我が相棒はこの船の上からでも海上の亀を真っ二つだろうな。そうだろう、カイト」


 リーベルが早く行け、的に顎で指図してくる。……へいへい、やりますよ、やんなきゃ船沈んじまうしな。


 俺は重い腰を上げ、自慢の剣に力を込める。



「これから美味いデザート食いに行こうとしてんだ……邪魔すんな! 食い物の恨みは恐ろしいんだぞっと! 唸れ我が光の剣ルフルグランツ!」


 名を呼ぶと剣から魔力が溢れ輝く。俺はその光を海上に無数にいる巨大亀達に向かい一閃。


 轟音が鳴り響き、亀達が為す術もなく光と化し蒸発していく。ふん、ちょろいぜ。



 乗組員達と船のお客さんから喝采を浴びていたら、女剣士リーベルがすっと俺の横に来て含み笑い。


「相変わらずとんでもない火力だな、お前の剣は。十数年真面目に普通の剣技を磨いた私が馬鹿みたいではないか」


「いえいえ、その実践技術が無い俺じゃ接近戦が激弱なんで、そのへんはリーベルを頼りにしてるよ」


 俺はリーベルの頭を撫で、普段しっかりサポートしてくれる相棒に感謝を示す。



「……ふん、私の頭を撫でられることを光栄に思え。そのへんの男なら腕を切り落とすところだ」


 うっへ、おっかねぇ。



「おいカイト、次はどんな美味しいものを食べさせてくれるんだ? もっと遠くの場所でもいいんだぞ。たとえ何十年かかる場所だろうが、私はお前に付いていくぞ」



「はぁ……俺はお前の専属シェフじゃねえっての。何十年って、そんなにかかる旅行あるわけねぇだろ。とりあえずこないだロールケーキを食べたお店の本店、ソルートンって港街にあるジゼリィ=アゼリィだな。ほら見えてきたぞ、二人でお店のメニュー全部食ってやるんだ。いくぞリーベル!」


「はいはい、私が太ったらお前のせいだからな、一生責任取れよ」



 俺の言葉にリーベルが優しく微笑む。




短編 勇者を引退したら女剣士とスイーツ二人旅が出来るようになったんだが ──完──




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