狂域の巫女

狂域の巫女

△▼１△▼

「ハァ……ハァ……　殺（ト）ったぜ」

「ざまあねえな。やりたい放題できると思ったボケがよ」

　眼前には百鬼（ナキリ）の狂人（クルイ）の死骸。ものの見事に四散したそれは、己（おの）が組織の成功を物語っていた。

「ご苦労。こいつの装備は各々自由にして構わん」

　謎の旅人からもらったカネで結成した自警団は、めざましい成果をあげていた。地上（ウエ）から来る殺人鬼に対処できるだけの人材を集め、そして殺（ト）った亡骸からは徹底的にむしる。地上（ウエ）からやってきた脅威を排除し、さらにカネに替える。俺には商才があるのかもしれない。

「リョウさん！　この半人半機（サイボーグ）、いいモノ持ってました！」

　新米の狩人、スアラが血にまみれたペンダントを差し出してくる。レアメタルで仕上げられた逸品だ。

「うん。それは君のものにしてもいいし、換金して"ロージア"の活動費にしてもいい」

「今すぐ売り払ってきます！」

　謎の旅人からもらったカネで結成した自警団は急成長を遂げ、今や地下街（アンダグラウンド）の一大勢力となっていた。蹂躙される日々に我慢の限界がきていたのだろう。民衆は団結を、そしてリーダーを求めていた。俺はそこにちょうど納まった。

　ただ、俺には目標がある。カナデの店がある"惨区"に行かなくては。

「よし、闖入者への対策も整ってきたな。じゃあ、そろそろ行くわ」

「リョウ、本当に行くのか？　あそこはマジで厄（ヤバ）い。……死ぬぞ？」

「初志貫徹」

　俺は仲間たちに手を振りながら、その場を立ち去った。

△▼２△▼

「がはっ！」

　俺は大地に跪き、血反吐を撒き散らす。

「へーい。どうしたどうした」

「もやし野郎が腕試しってか？　冗談きついぜ」

　想像をはるかに超えていた。危険だなんてレベルじゃない。いったいこいつらは。こいつらは何者なんだ。

「そろそろトドメさしちゃうかな」

　こいつらも変だが、武器の形状も変だ。ぐにゃぐにゃに曲がった棒の先に四枚の刃。使い勝手は最悪だろう。もっとも、まともな武器ならとっくにミンチにされていたが。

「へへ……　これに見覚えねぇか？」

　俺は茜色（マダーレッド）に染まった弾丸を翳す。震える指で弾丸を翳す。カナデからもらった最後の弾（たま）だ。

「……おい」

「ありゃ真正（モノホン）だ。あんなガキが持ってるってことは」

「知り合い以上の関係だろうな」

「面倒くせえ。次そのツラ見たらぶち殺すからな」

　ならず者たちが姿を消す。助かった。カナデ。あんた、やっぱすげぇよ。

△▼３△▼

　幾層にも積み重なった芸術（アート）とも瓦礫とも判然としない建造物が立ち並んでいる。住民たちから注がれる好奇の視線を力に変え、よろよろと歩く。カナデの店（インストルメント）に向かって。

　そこは情報通りの場所にあった。

「お邪魔さま！　宅配便でーす！」

　ドアをノックしながら真っ赤な嘘をつく。

「どうぞ」

　カナデの声だ。俺は扉をあけ――

　ドゴン！

　俺の頭を何かがかすめる。椅子に座ったカナデの銃口がこちらに向いていた。

「や、やっとのことで来たのに、その、ひどいんじゃないかと……」

「貴様がリョウという証拠はない。変化の術が流行ってるからな」

「うるせぇ！　てめぇにゃ見えねーのかこのボロ雑巾よろしくの体がよぉ！」

「ふふっ」

　カナデが銃をおろす。

「ようこそ、ザンカクアへ。ああ……　一般的には"惨区"だったかな」

「…………」

　カナデの治療は医師さながらの腕前だった。最後の包帯を巻き終え、カナデがしゃべる。

「音を生業（なりわい）にしている私に訪問客の正体がわからないと思ったか？」

「ふん。何かに集中してれば、わからない時もあるんじゃねぇのか」

　ぞくっ。死んだ。と、思った。ほんの一瞬。殺意が俺の首を切り裂いた。

「まあね。でも今日は暇なんだ。一曲奏でようか？」

　直後に殺意は消え、カナデが微笑みながら言う。なるほど、これが深部の日常、なのか。

「そうだな。青――　青系を頼む」

「了解」

　カナデは銃弾を手に取り、

　想い（音は罪）、

　記し（色は罰）、

　詠み（心は静）、

　念ず（体は涼）。

　奏で終えた暁に、"魔の結露（セイラン）"が顕現した。

「ほら。これでどうだ」

「ありがとう。いきなり来て、いきなり注文して、そんで作らせて……　わりぃな」

　俺は全財産の札束を机に置いた。

「誠実であること。それは何よりも大切なことだ」

　カナデは札束から十分の一だけ抜き取り、残りを返してきた。

「リョウの作った組織の活躍、見守ってるよ」

△▼４△▼

　警報が鳴る。闖入者だ。俺はそいつの正体を見極め、害なす者（てき）と判断すれば始末する。それが俺の仕事だ。

「リョウさん！　あの半人半機（サイボーグ）、とんでもない武器持ってます！」

　新米の狩人、スアラが叫ぶ。俺は銃に魔弾を込める。いつか平和が訪れるその日のために、俺は引き鉄（トリガ）を弾（ひ）く。

＜了＞