第2話『この指止まれ』

【────√B−1】


『お前にこれをやる。使い道は……近いうちにわかる。その時までは持っとけ。そっからは好きにするといい』


 人のいない歩道で、30代半ばの男が高校生程の少年の前に現れたと思えばいきなりそんな言葉を一方的に投げ、とある物を放り投げる。


 ──今鞠ヶ崎市全体に流れる噂。その坩堝の中心には黒スーツを纏う者がいるらしい。

 そいつのいる所、いた所には色んな事件が起こっていたり、いなかったりすると言う噂。


 やれ惨殺死体が見つかった。

 やれUMAが出た。

 やれ中世の鎧が動いた。

 などなど挙げだせばキリがないだろう。


 その中心たる人間が、少年の目の前に居た。

 喪服のように真っ黒なスーツに白いシャツを気崩した身なり。表情は気だるげで、なんとも“胡散臭い”印象を受ける風貌をしていた。

 加えて銀縁の丸眼鏡、長い癖毛に無精髭。真っ当なサラリーマンではなさそうで、それでいてヤの付く職業でも無さそうな、半端な風貌。言動も相まって恐らく噂の黒スーツと間違いは無いはずだ──


 そして思わず放られた“石”をキャッチすれば、返す間もなく男は去っていってしまった。

 ソレを何となく捨てられず、少年は自分の学ランのポケットに突っ込み自身の通う学校へ歩き始めた。


 ──これが今日の、明逆あかさか康裕こうすけの登校中にあった話。


 ◆◇◆


 時は進み夕方。明逆は自身の属する生徒会の副会長の椅子に座り、用意されていた仕事に手もつけず“石”を弄繰り回しながら今朝の出来事をを想起していた。

 そこに一つの脅威が迫る事に、気が付きもせず。


「……かさか……明逆」


 物思いに耽ける康裕の頭に、コンッと平手が縦に叩き込まれた。

 下手人は三つ編み眼鏡……もとい生徒会長、仁科にしな彩花あやか。1年の頃から生徒会で仕事を共にし、2年ではついにクラスまで一緒になった女だ。

 そんな仁科の行動に一拍遅れ思考が追いつけば、慌てた様子で、


「すまん!仕事!」

「……終わったわよ。貴方がそんな綺麗でもない石に惚けている間にね」


 明逆の机にあったホチキス留めをしなければいけなかった書類の山はいつの間にかなくなり、外はもう日が暮れて青が赤に移り変わっている。

 軽く眺めていただけのつもりだったはずが、随分と熱中していたようだ。


「あー、すまん。大変だったろう?」


 明逆は思い出す。今日は他の役員は用事で来れず、2人での作業するしかなく、その上、全校生徒分の冊子のホチキス止めと来た。

 それを今日1日で全てやるのはさすがに無茶無謀である為、ほんの一部分だけではあるが2人で話し合い、他の役員を務める後輩達にたまには楽してもらおうと今日のノルマは少し多めにしていた。

 その事実を思い出し罪悪感を覚え、改めての謝罪と労いの言葉が投げかけられる。


「良いわよこのくらい。なんてことないわ。それに貴方何時もは真面目だしね。たまには許してあげるわ。あと貴方がそんなに夢中になる“それ”が何か私も気になるし」


 仕事をまるまるサボって何か分かったか?と、仁科は机に乗り出しレンズ越しに好奇心を隠さぬ目で訴えてくる。

 が、分かったことは殆どなく進展は1つも無い。


「……宝石の類では無いと思う、光に透かしても何ともないし。かと言って金属でもないな、特有の光沢がない。叩いても特別硬いわけでもない……けど、普通の石ではない。もしかしたらこの世の物じゃないかも知れないな」

「ふぅん、SF?趣味じゃないわ。帰る……一緒に帰る?」


 生徒会室を出かけ、はた、といった様子で止まった仁科からの誘い。毎回、という訳では無いがたまにこうして2人で残った時は途中まで一緒に歩くことがある。

 こちらとしてはせっかく誘われたので断る理由も無いためその誘いに乗るように帰り支度を済ませ後を追う。共に生徒会室の鍵を締め担当教師に返しに行き、2人は学校をあとにする。

 今の時間は4時半。運動部の活動が終わる少し前、教室で駄弁り遊びに行くには遅い、人が少ない時間帯だ。2人はいつもあまり人のいない時間を狙い帰っていく。


 ◆◇◆


 2人の通う学校、奥陵高校からの帰路。坂を降り最寄り駅に向かい歩きながら、流石になにか礼がしたいと話の区切りに明逆は口を開く。


「お詫びと言っては何かだけどなにかご馳走させてくれよ」

「いいわよ、別に。ああいう単純作業が好きで生徒会に居るようなものだし」

「俺の気が済まないんだ。なんでもいいぞ?バイト代はあまり使わないし」

「うーん…したら気になっているカフェがあるの、値段はそんなに高くないから丁度いいわ」

「よし、したらそこにしようか」


 デートらしき約束が成立したが、2人はそういった関係ではない。2人ともどこか冷めた性格をしているし、あまり気を使わなくて気楽。といっただけの関係性だ。ただの普通の異性の友人。

 ……とは言えど、鞠ヶ崎もそう広い訳ではなく、市内で遊ぶとなると駅前の繁華街に場所は限られる。今回のように2人で下校するのも、何かを食べに出かけるのも初めてではない。

 そこから必然的に、友人や後輩らに目撃されそう言った噂は後を絶たない。生徒会長、副会長という肩書きがそれを助長させるのもあるだろう。ありがちでいて、ウケがいい話だ。


 閑話休題。その後世間話を続けながら歩いて行き、少し広いと言ったほどの公園に差し掛かった時──物語は唐突に動き出す。


 目の前にゆらりと男が現れる。丸眼鏡をかけ長い髪に無精髭を生やした見るからに怪しい……今朝の登校中に明逆があったのと同じ人物がそこにいた。


「……今朝ぶりだな明逆康裕。逢い引きの最中悪いが答え合わせの時間だ」


 そう言って男は今朝明逆に渡した石と同じ石を胸元から取り出したと思えば、仁科の左胸へと手首のスナップを効かせ投げ入れる。

 それは服にあたり、重力により地面へと落ちるかと思われたが、その自然現象は起こらず体内へと吸い込まれていった。


「えっ、え?何これ、どうなってるの?」


 当然のように、仁科は混乱する。感触を確かめるように自分の左胸に手を置き異物を探すも見つからず、頭が疑問符に埋められているうちに……視界を覆う朱光と共に、1箱の“クレヨン”が仁科の手に収まる。


「ねぇってば」

「こう使う。ちなみに出てくるものは人それぞれ違い、“そいつの最も思い出深い玩具が出てくる”。さすがにそれだけでは厳しいから能力がついている。どんなものかはそいつ次第だ。

 そして君達にはそれを使って殺し合ってもらう。所謂バトルロワイヤルって奴だな。勝ち残れば景品も出るぞ。なんでも願いが叶う。夢が広がるな?」


 淡々と、混乱を隠せず思わず口を挟んだ仁科に構わず説明を並べられていく。ただ必要事項をを手短に話す。そんな様子がありありとみてとれるだろう。

 だが、そんな事を言われた所で……


「……取り敢えず色々置いといて、それに参加する理由がないのだけど。叶えたい願いなんてないし」

「俺だってそうだ。わざわざ願いを叶えてもらわなきゃいけないほど切羽詰まってない」


 2人の考えることは一緒だった。わざわざそんな物に参加して欲しい物は何も無い。余計なお世話だと。

 そう訴える2人を、男は声を上げて笑う。


「は?ははは!何を勘違いしているんだ?別に参加してくれと頼んだ覚えなど1度もない。参加しないなら……こうするだけだ。『この指止まれ』」


 そう呟いた瞬間、何かが変わった。明逆達は何かは分からない、だが確実に変化は起こっている。それを確かめるべく視線を巡らせようとすれば……身体が、動かないと気が付く。視界の外だが仁科も恐らく動いていない。まるで時が止まったように、ピクリとも。

 その中、男はなんてことないように歩き、俺の体を改め、ポケットの中の石を取り出せば……有無を言わさず明逆の左胸へ突き入れた。と思えば、


「あ、やったな…………好きにしろ、とは言ったがこういうのの主導権は大人が握るものだ。勉強になって良かったな、うん。」


 ポンと肩に手を置き距離を取った男に、この野郎巫山戯るな。と、口が動けば叫ぶのだが……願い虚しく。まだ動けずに睨むように目を向けようとしていると────ドクンと、一際大きく鼓動が鳴る。


 ──あつい、熱い。何かを汲み上げられるように全身の底から血が、肉が湧き溢れ出るような感覚。体の負荷を勘定に入れず暴れる、子供の癇癪のような“意志”に思わず左胸を押さえる。

 その押さえた指の間から仄暗い、黒い光と共に産声を上げたのは……真っ黒で、先程とは打って変わり肌にくっつきそうな程冷ややかな変わった形の骨格の玩具。

 それが元あった場所に収まるかのように、明逆の手のひらに収まった。


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 初めまして!悠Q五月の五月です。


 第1話、お読み頂きありがとうございます。

 今生、小説を書くなど考えたこともありませんでしたが相方の悠に連れられついに筆を持ってしまいました。

 拙い駄文では御座いますが皆様の暇を撃退出来る程度の文が書けていたら幸いです!

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