Steam/Gear 灰銀のコントラクト

本田玲臨

Case.1 狂想純愛歌メリーアン

Prologue

Prologue.アンノウン・フォークロア

「なんで君は、自分の手を握ってくれるの?」


 その声が、微かに震えていたのを覚えている。

 貴方の表情には怯えが雑じっていて、まだ意識を取り戻したばかりの私には、その声がどうして震えているのか、怯えた顔をしているのかが、分からなかった。

 緑の豊かな森の中の、小さな小さな煉瓦の家。その中にあった、埃塗れの魔術工房。

 私は薬水の中にある石のベッドの上に居て、目の前の貴方は目を丸くしていて。

 その表情を見て、私は少しだけ残念に思った。


「君は、君のまま自由に生きたんでいいんだよ。わざわざ危ない方へ来なくていいんだよ?自分に、縛られなくてもいい。君は、君だけの人生を歩くべきだ」


 あぁ、でも、貴方は変わっていない。


 私が生きていた頃に仕えていた、我が王によく似た貴方。

 出会った日から、優しかった貴方。

 その優しさゆえに、あの人から「面白い」と言われていた貴方。利用されかけた、貴方。


「いいえ、いいえ。——貴方を助けることが、私のしたいことなのです」


 貴方は衝撃に、灰色の睫毛をぱたぱたと瞬かせる。それから、眉を八の字にして笑った。


「君は、少し変わっているね」

「……はい」

「……自分は、君を助けることは出来ないかもしれない。むしろ、君が自分を助けて死ぬ方が確立が高いかもしれない。——それでも」

「それでも、私は貴方と共にありたいと願います。私が私である為に」


 私はベッドの上からゆっくりと這い出でて、貴方の前で膝を付く。そして、左手の甲に親愛のキスを落とす。

 唇を離すと、その手の甲には貴方と私の繋がりを生んだことを示す、美しい紋様が浮かび上がっていた。

 一本の剣と、大きく羽根を広げた天使の両翼。貴方に相応しい紋様だ。

 それが浮かび上がったのは一瞬だけで、すぐに消えてしまった。

 その一連の流れを見てから、私は顔を上げる。貴方は目を見開いて、私を見下ろしている。


「これで、私と貴方は契約を結びました」

「君は……っ」


 優しい貴方のこと。

 契約を結ばなくても私が燃料魔力切れを起こさぬよう、あの手この手を掛けてくれるでしょう。でも、それでは駄目だから。


 あの時、助けられなかった貴方を。

 あの時、守れなかった貴方を。

 あの時、見捨ててしまうことになった貴方を。


 今度こそ、私がお守りいたしましょう。

 私は他の誰でもない、貴方だけの人形だから。

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