第三話 春先レモネード

美海side

私は屋上の扉の前に置いた鞄をつかむと、芹沢君を置き去りにしてさっさと階段を下りた。

「待ってよ」

芹沢君が慌てて追いかけて来て、私の腕をつかんだ。温かい彼の手に触れて、ドキドキして…。

もう、何のよ。嘘の告白したくせに、最後まで嘘つき続けるんだね。

でも、私は芹沢君の腕を振りほどかなかった。

「行こっか。電車だよね?」

「うん」

「何処で降りるの?」

「ここから2つ行ったとこ」

「一緒だね!じゃ、駅の近くでお茶しない?いいお店知ってるんだけど」

芹沢君、女子に気を使えるタイプなんだなぁ…。

「うん」

なのに、私ったらこんな素っ気ない返事しかしてない。どうして素直になれないんだろう。何で、私のこと好き?って聞けないんだろう。

電車に揺られている間も、芹沢君はひっきりなしに私に話しかけてきた。

「——ね、いい?」

わ、聞いてなかった…。

「ごめん。聞いてなかった…。考え事してて」

「大丈夫?なんかさっきから暗いけど…相談のるよ?何悩んでるの?」

芹沢君のことだよ‼

何て言えるわけないし。

「だ、大丈夫。で、何だっけ」

「あぁ、——」

芹沢君は私と目を合わせようとしたけれど、フッと窓の外を見た。

(そらされちゃった…)

でも、芹沢君はもう一度こっちを見た。

「あの——」

その時、車内にアナウンスがかかった。

「——お降りの方は——」

「次だね。行こう」

何だったんだろう。芹沢君が言おうとしてたことが気になりすぎて―――ダメだ。少し心を落ち着かせないと。

「——どうしたの?」

ダメだ。落ち着けない。芹沢君見てると、胸の高鳴りが抑えられない。

ねぇ、気付いてよ…。君の気持ちが分かんないから、苦しい…。

「水川さん——」

芹沢君は扉が閉まる直前で私と電車から降りた。

「ごめん…。降りそびれそうだったね」

「水川さんは悪くないよ。大丈夫?」

君が優しいから、

「大丈夫」

大丈夫じゃない…。

ねえ、

 その時、芹沢君が私の手を握った。

「行こう」

胸がきゅっとなった。それと同時に、ふわっと宙に浮いたような感覚に襲われた。

幸せ

頭に浮かんだのは、その二文字。

「うん…」

芹沢君は、駅のすぐ近くにあるカフェに連れて行ってくれた。席につくと、店員さんがメニュー表を持ってきてくれた。

「水川さん好きかなって」

彼が指差したのは、

「レモンパイ…」

私は甘酸っぱい物が大好きだ。レモンパイは、特に。

「これにしよっか。すみません」

店員さんがすぐに来て、注文をとって立ち去った。

「何でわかったの?」

「え?」

「私が甘酸っぱい物好きって」

芹沢君はフッと笑みを浮かべた。

「俺が、水川さんのこと好きだからだよ」

嘘。

絶対嘘。

そうでしょ?

君は、いつまで

嘘をついているつもり?

「君は俺のこと、好きじゃない?」

何でそんなんこと聞くの?

好きに決まってる。

でも、芹沢君はどうなの?

「あのさ、さっき言おうとしてたことなんだけど」

私は思わず身構えた。

 その時、店員さんがレモンパイを運んできてくれた。少し気まずそう。

「その、み、——美海って呼んでいいかな?」

芹沢君が珍しく頬を紅潮させている。

「え——?」

「あ、ごめん嫌だったよね?ごめん忘れて」

「何で謝るの?」

芹沢君は呆気にとられた表情で私を見ている。

「いいけど、別に」

君が目を輝かせてるの見たら、本気だと思っちゃうじゃん。

ねえ、どうなの?

「行こうか」

「え…」

あっという間に食べてしまったな…。

それに、時間があっという間に過ぎていく。

 私たちはお会計を済ませると店を出た。私たちは家の前の信号の所で別れる。私は信号を渡って真っ直ぐ行った所だけど、芹沢君は信号を渡らずに左に曲がる。

「み、美海、明日ね」

「うん、また明日」

君との時間は大切だけど、宝物だけど、

芹沢君、君にとっては、どうなの?

そんな疑問を抱えたまま、私は彼に手を振った。

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