第13話

「?」ほろ酔いでご機嫌の春日と飲んでいたはずだったのだが、ふと気づくと隣で立てた膝に顔を伏せて黙り込んでいる。「どうしました?」眠くなったのかなぁ?顔を近づけて様子を伺う。

 「やっぱり駄目だなぁ」小さく呟きが聞こえた。「何がですか?」意味が分からず聞き返す。「もっとさ、ちゃんと全部把握してミスやトラブル無くさないと」

 ハイッ!?イヤ、それこそ無理、無謀でしょ!?やっと春日の頭の中がバリバリ仕事モードで1人反省会をやっている事に気付いた。酔いに任せて眠たいのかと思っていたが甘かった。「そんなの無理ですよ、今でも完全にキャパオーバーじゃないですか?突発の事態は大抵トラブルメーカーのあの人がやってしまうことだし...」「だから伊藤の行動範囲を予測して、やりそうなミスを頭に入れて...チェックシートを作って...ゥワッ!?」思わず春日の両肩を強く揺さぶってしまった。ガバッと顔を上げた春日の瞳が驚きで見開かれている。「それこそ駄目です!伊藤さんは成人男子ですよ、何年勤めてるんですか?春日さんが背負うことはないです。伊藤さんが自己啓発にでも通えばいいんです!」真顔で春日を見つめる。大きな黒目が真っ直ぐにコッチを見ている。 

「要領が悪い、運も悪い、勘も悪いですけどあの人頭は悪くないですよね!?タイムスケジュールと行動予定書き出させて確認したら放置で良いと思います。春日さんと係長が2人で確認すれば共同責任で春日さんだけ責められる事はないでしょうし...様式つくりますか?」これだけ堂々と言っているんだからこれは陰口ではない!と開き直り春日の返事を待つ。

一瞬の後「プッ、ハッ、アハハッ」抱き込んだクッションと一緒に身体を捩って春日は爆笑しだした。何がツボに入ったのかしばらく笑い続けてから大きく息をつき体勢を戻した。「確かに...常識通じないし、時間観念おかしいし、力も制御不能だけど5歳児じゃないんだよな、そこが困るんだけど」「いえ、3歳児で妥当だと思います」「ホントに日本語通じてるか?、マジで義務教育終わってるか?、指一本ずつ動かせるか?とか口にしちゃ駄目だと思いながらもいっつも思う」「口にしてもパワハラにはならないと思います仕事する上で必要な確認事項です」「その案もらった、早速試してみる」肩の荷が下りたようで俺の好きな明るい笑顔になる。

「...後輩とペア組ませようかと思ってたんだけど、それ試してからにする」

 本当に悩んでたのはソレか、伊藤はバカではない、後輩とペアを組まされれば意図は読むし、落ち込みもするだろう。実際そうしなければならない程度のミスを連発しているのだ、春日がフォローするから大事にならずに済んでいたが、状況を変えようとするなら頭から切換はしないと無理だろう。やはり春日は伊藤に甘い、落ち込もうが、地獄に堕ちようが、あの体力と春日への執念があれば地の果てからでも必ず復活するだろう。俺としては復活の道すがらマキビシを敷き詰め、落とし穴を掘り、100mおきにダイナマイトでも仕掛けたいが、多分それでも例え繊維の一本に成り果てても最終的には風に乗って春日までたどり着くんだろう。そして俺は静電気除去スプレーで春日から排除したい、ウンウン!!深く頷きながらさりげなく春日の隣に座り肩に手をまわす。「さぁ、これで悩みも解決したし、飲み直しましょう」ペタリと身体をくっ着けてグラスを持ち営業スマイルを浮かべ仕切り直す。やっと俺のターンだ、長かった。

 ピンポーン!

えっ!?何?この日付も変わった時間に非常識な来訪?誰っ?

無視して放置したいが隣の春日にも勿論来訪者の鳴らした音は聞こえている。渋々腰を上げると春日に聞こえない様に舌打ちした。不機嫌そのもののしかめっ面もそのままに玄関のドアに向かって声をかける。「どちら様?」「お疲れ、私だ、ウチのがお邪魔してるだろう?引き取りに来た」低く重く腹に響く美声に俺はこめかみを押さえた。こいつ、盗聴機でも仕込んでるのか!?ジャストタイミングで邪魔しに来やがって!!「もう遅いのでウチで面倒みますよ、お疲れでしょうからお引き取りください」俺は腕組みに仁王立ちのまま答える。「枕が変わると寝れないんだ」フフン、残念でした「あ~春日さんオススメの枕、ホントに寝心地いいですよね、ちゃんと準備してありますんで、ご心配なく」某ホテルメイドの枕は俺の不眠の悩み相談の時春日のオススメで買った、高価ではあったが確かに睡眠の質は上がった、元々不眠などに縁はないが、「×××のシャンプーとコンディショナー、×××のバスローブ、×××のシルクケットに...」延々と続く何の紹介だ、春日御用達グッズを呟かれイラッとする。「あ、斉藤、遅くまでゴメンな、色々ありがと、ゆっくり休んで」怒りのせいか、上着とカバンを手にした春日が出てきた事に気付くのが遅れた。横をすり抜け靴を履きカギを開けドアが半分開いた、次の瞬間顔だけ振り返った春日がキレイな笑みを浮かべて言った「おやすみ」

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忙しい俺の毎日 でむ太 @demu

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