断罪の時

「ショタくん、中にいるんだね! 待ってて、今すぐ助けるから!」


 ドアを一枚隔てた先から、大路さんの焦ったような声が聞こえてきて。まるで壊さんばかり勢いで、ドアを叩いてくる。

 鍵が掛かっているからそう簡単には開かないけれど、僕を助けるにはもうそれだけで効果十分。さっきまで凄んでいた秋乃さん達は、血の気が引いた顔で、ひそひそと話し合っている。


「と、どうしよう。大路さん来ちゃったよ」

「落ち着いて。まだ私達のことはバレていないわ。中に入ってくる前に逃げましょう」

「逃げるってどこに? ドアから出たら見つかっちゃうし、ここ二階だから窓からは逃げられないよ」

「ヤバイよ。ああ、なんでこんな事に。私達、大路さんのためにやってるのに」


 そんな彼女達を、僕は呆れた目で見る。

 よく言うよ。大路さんの為なんて言って、自分達の都合を押し付けているだけじゃないか。そもそも本人にバレそうになって慌てるくらいなら、始めからやらないでほしい。


 だけど、これはチャンスだ。今や三人の注意は、完全に僕から外れている。僕は握ったままになっていた椅子からそっと手を放す。


 秋乃さん達はそんな僕の様子に気付かないまま、顔を見合わせて相談している。

 よし、今だ。。僕は息を殺して、三人に注意しながら……その横を一気に駆け抜けた。


「あっ!」


 一人が声を上げたけどもう遅い。瞬く間にドアの前まで行った僕は、掛かっていた鍵を外す。瞬間、閉ざされていたドアが勢いよく開いた。


「ショタくん!」


 間髪入れずに、中に飛び込んできた大路さん。

 ありがとうございます、おかげで助かりました。そう言おうとしたけど、喋るよりも早く両手で抱き締められ、思わず声を飲み込んでしまった。


「大丈夫だった? 怪我はないかい? 変なことはされていない?」

「お、大路さん……苦しいです」

「苦しい⁉ いったい何をされたんだ? 早く保健室へ行こう。いや、病院へ連れて行った方がいいか?」


 いえ、苦しいのは秋乃さん達に何かされたからじゃなくて、大路さんに抱き締められているからですって。


 劇の練習の中でもハグされることはあったけれど、今回はそんないつものものとは違う。こんなに強く抱き締められるのなんて初めてで、鼻に微かな心地よい香りを感じて、思わずドキドキしてしまう。

 背後からは「ああ、大路さんにハグされてる」なんて秋乃さんの悲痛な声が聞こえてきたけど、そんなの気にしている余裕もなかった。


 どうしよう、何だかこのままじゃ、色々まずい気がするし、早いとこ大路さんから離れた方がいいのかなあ? 

 だけど僕の体はかっちりホールドされていて、身動きがとれないし……そんなことを思っていると。


「はいはい満、感動の再会はその辺にして。翔太が困ってるよ」

「あっ……すまないショタくん」


 慌てたようにパッと手を離す大路さん。そして解放された僕は、もう一人の声の主に目を向けると、そこには聖子ちゃんと、さらにその後ろには雪子先輩がいた。


「助かったよ聖子ちゃん。でも、どうしてここが分かったの?」

「アンタも運が良いねえ。そいつらに連れて行かれる所を、偶然雪子が見てたのよ。その子達、親衛隊の中でも過激派で有名だから、もしかしたらって思ってアタシに連絡してくれたってわけ。アンタが親衛隊に狙われてるってことは、薄々分かっていたからね」

「分かってたって、いったいいつから?」

「アンタ、前に言ってたじゃない。自分がシンデレラをやることに、反対意見は無いのかって。急にあんなことを聞いてきたんだもの、何かあったって事くらい、すぐわかるって。まさか隠せてるなんて思ってはいなかったよね?」


 ……思ってました。

 皆に心配かけまいと考えて黙っていたけど、どうやらバレバレだったみたい。どうやら聖子ちゃんに、隠し事は通用しないみたいだ。


 そして説明を終えた聖子ちゃんは、今度は鋭い目を秋乃さん達に向けた。


「で、人の弟を……もというちの部員をこんな所に連れ込むなんて、何を考えているのかな?」


 聖子ちゃんの表情は穏やかだったけど、声は張り詰めていて、怒っていることが分かる。秋乃さん達はビクッと身を震わせたけど、すぐに慌てたように弁解を始める。


「連れ込むなんてとんでもない。私はただ、机を運ぶのを手伝ってもらっただけだから」

「そうそう。その後ちょっとお話はしたけど、別にいじめたりはしてないもの」

「アタシ達は演劇部のファンだもの。邪魔をするようなことをするわけないじゃない」


 今の今まで僕にシンデレラを辞退しろだの、大路さんに近づくなだの言っていたのにこの変わり身の早さ。

 さすがに腹が立ったから何か言ってやろうとしたけど、それよりも早く雪子先輩が叫んだ。


「嘘! 先輩達はキャストに不満があったら、非常識なことでも平気でやりますよね!」


 声を張り上げて、キッと秋乃さん達を睨む雪子さん。その様子に僕は……ううん、僕だけでなく、聖子ちゃんや大路さんも、目を丸くする。

 雪子さん、普段はほんわかとした人だけれど、今の彼女からは強い怒りを感じて。そして秋乃さん達は、そんな雪子さんを見て焦る。


「ちょっと、なに言いがかりつけてるの? アンタ一年生だよね? 先輩に対して失礼じゃない」

「先輩も後輩も関係ありません! 今回のことだけじゃありませんよ。一学期の頃、私が役をもらった時だって、ミスキャストだから辞退しろって言ってきたじゃないですか。今ショタくんにしてたのと同じように。忘れたとは言わせませんよ!」


 鋭い目を向けて、秋乃さん達の過去の罪を言及していく雪子先輩。


 ちょっと待ってください。この人達、雪子先輩にもそんなことをしていたんですか?

 そしてこのカミングアウトに驚いたのは僕だけじゃなかった。隣にいた聖子ちゃんが、慌てた様子で尋ねる。


「なにそれ? そう言えば雪子、アンタ前に、ヒロイン役を辞退した事があったよね。その時の事を言ってるの? どうして今まで言ってくれなかったのさ?」

「ごめんなさい、誰かに話したら許さないって脅されてて。だけど今は反省しています。同じ事を繰り返すって分かっていたら、私も黙っていませんでした。先輩たち、私の後輩に手を出さないでください!」


 いつもは大人しい雪子先輩だけど、そんな普段の様子からは想像できない凛とした態度で、僕を庇うように前に立ってくれる。

 一方更なる余罪が明らかになって、慌てたのは秋乃さん達。


「ち、違う。私達は、そんな酷い事してないって」

「大路さんなら分かってくれますよね。私達の事、信じてくれるよね?」


 すがるような目をしながら、大路さんに訴えかけたけど。大路さんはそんな三人を、じっと見つめる。


「本当に? 自分達は悪い事をしていないって、心の底から言える?」

「も、もちろん。大路さんに嘘なんてつくはず無いじゃない」

「そう……ならショタ君が言っていた事は? 雪子が今話した事は、いったい何なの?」

「それは……ふ、二人が嘘をついているのよ。私達を陥れるために」


 この人達は、この期に及んでまだ……。

 僕も雪子先輩も抗議しようとしたけれど、そんな僕達を聖子ちゃんが制する。


「慌てなくて大丈夫、満はちゃんと分ってるから。あの子達もバカね、嘘なんてついたって、余計に怒らせるだけだって、分からないのかなあ?」


 言われて大路さんに目を戻すと。彼女は無言のまま、一歩、また一歩と、秋乃さん達に迫っていく。


 三人足早に後ずさるも、さっき僕がそうなったみたいに、積み上げられた椅子や机に行く手を阻まれて、それらがガチャリと、大きな音を立てて揺れる。


 そして彼女達のすぐ前までやって来た大路さんは冷たい目をしながら、真ん中にいた秋乃さんの前に立つと。彼女の頭のすぐ横、積み上げられた椅子に向かって、勢いよく手をつきだした。


「嘘を……つくな!」

「「「ひぃっ⁉」」」


 ガチャンと言う大きな音が響いて、秋乃さんだけでなく他の二人も悲鳴を上げる。

 それは部活で何度か目の当たりにした、大路さんの伝家の宝刀、壁ドンならぬ……椅子ガチャ?


 だけど今やったそれには、ドキドキも胸キュンも無くて。

 追いつめられていた三人からは恐怖が。そして大路さんは、怒りが露わになっていた。

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