文化祭では告白を

『お願いだショタくん。文化祭当日には、川津君を誘って見に来てほしい!』


 スマホから、大路さんの切実な叫びが聞こえてくる。


 衣装を届けに行った日の夜、大路さんからかかってきた電話。

 聖子ちゃんにバレないように、部屋でコッソリ話をしていたのだけど、こんなことを頼まれてしまった。だけど、川津先輩を呼んでも大丈夫なのかなあ?


「あの、本当にいいんですか? 今日の練習を見ていると、大路さんって川津先輩のことになると、その……」


 途端に大根役者になってしまう……なんて失礼を言うことはできなかった。

 だけど大路さんも、それくらい分かっていたのだろう。電話の向こうから、気落ちしたような声が聞こえてくる。


『ハッキリ言ってくれて構わないよ。今日の私の演技は、自分でも酷いものだったと思うから。あんな物を見せてしまったら、きっと川津君に呆れられてしまう。いや、そんな問題でも無いか。劇を台無しにしてしまっては、頑張っている皆に申し訳なさすぎる』

「だったらどうして、川津先輩を呼ぼうとするんですか?」

『実はね、私もたくさん迷ったんだよ。あんな不甲斐無い演技をするのは、皆に申し訳なくて、役を辞退しようかとも考えた』

「えっ、王子様役を辞める気なんですか⁉」


 そんな、王子様役は、大路さん以外に考えられないっていうのに。

 だけど、それは僕の思い過ごし。大路さんは、そんな無責任な事をする人じゃなかった。


『そんなことはしないさ。だけど、このままじゃいけないのは確かだから。川津君に見られると言うだけで調子を崩してしまうようではいけない。緊張してしまう癖は、本番までに絶対克服してみせる。でないと、舞台を見てくれる人に申し訳ないもの』

「だからって、川津先輩を呼ぶのは……」

『君の言いたい事は分かってる。けど、川津君がいないから大丈夫なんて甘い考えはしたくないんだ。いようがいまいが、やることは変わらない。だったらいっそ呼んでしまって、迎え撃ちたいんだ』


 スマホ越しに、力強い声が聞こえてくる。

 言いたいことは何となくわかった。あえて逃げ場を無くすことで、モチベーションを上げると言うわけですか。


 まあよく考えたら、僕が誘わなくても川津先輩のことだから、舞台を見に来る可能性はあるわけだし。だったら来ると分かってて気持ちを整えた方がいいのかもしれない。


「分かりました。川津先輩の方は、僕が絶対に何とかしますから。大路さんは大路さんのやるべきことを全力でやって下さい」

『ありがとう、君にはお世話になりっぱなしだね』

「そんな大したことはしてませんよ。けど、くれぐれも無理だけはしないで下さいね。頑張りすぎて当日熱を出したなんてなったら、最悪ですから」

『大丈夫、そんな事にはならないよ。もしそうなったら演劇部だけでなく、クラスの皆にも悪いからね。当日休んだのでは、シフトに穴が開いてしまう』


 少し余裕が出て来たのか、声は弾んでいる。

 けどそう言えば、文化祭は何も部活の出し物だけをやるわけじゃないんだ。今の口ぶりだと、クラスで何かやるみたいだけど。


「大路さん、クラスでも何か出し物をするんですか?」

『おや、聖子から聞いていないのかい? 私達のクラスでは、カフェをやるのだけど』


 初耳だ。聖子ちゃん、演劇部の話しはするけど、クラスの出し物に関しては何も言ってくれなかったからねえ。

 それどころか、大路さんとクラスが同じということも、今初めて知った。


 でもクラスでやるというカフェの話をしなかった理由は、何となく分かる。聖子ちゃん、家事が苦手だから、カフェの店員をやっても悪戦苦闘する姿しか浮かばないものね。


「大路さん達のカフェ、行ってみたいです。どんなメニューがあるんですか?」

『それが、ちょっと風変わりなカフェでね。カップの底に描かれた絵柄で運勢を占うとか。ラッピングされたクッキーの包みを開けて、入っていたのがハート型のクッキーなら恋が成就するとか、そう言った遊びを楽しめるお店なのだよ』

「ええと、つまり占いカフェってことですね」


 なるほど、女子受けが良さそうなコンセプトだ。普通にお茶を飲むだけでなく、占いで楽しむ事もできると言うわけか。


「面白ろそうなお店ですね」

『ああ、クラス内でも好評でね。当日の占いの結果次第では、意中の相手に告白する、なんて言っている子もいたかな』

「告白!? でもグリ女って、女の子しかいませんよね?」

『もちろん。だけど他校に気になる男子がいるという子は何人かいてね。その人を招待して、文化祭を楽しんでもらって、その上で告白しようと思っているみたい。女子に告白しようとしている女子は、そこまで多くは無いよ』


 そこまで多く無いと言うことは、何人かはいるんですね。

 この様子だと気づいてなさそうだけど、大路さんに告白しようと言う女の子も結構いるんじゃないかなあ? 親衛隊がいるくらいだし、女子人気が高いのは明らかだもの。


「皆色んな事を考えているんですね」

『年に一度のお祭りだからね。文化祭マジックという言葉もあるくらいだし、いつもと違う雰囲気に後押しされて、勇気を出そうとしているのだろう。そういう子達は、見ていて応援したくなるよ。一生懸命な子は、好きだからね』


 一生懸命な子が好き。その言葉を聞いて、ふと思い出す。

 そう言えばこの前、川津先輩も同じ事を言っていたっけ。こう言う所で気が合う辺り、やっぱり二人は相性が良いのかなって思えてくる。


 ん? でも待てよ。

 大路さんは頑張ろうとする女子達を応援してるけど、大路さん自身は……。


「あの、大路さんは文化祭で、川津先輩に告白はしないんですか?」

『なっ!?』


 とたんにスマホから、何かが転げ落ちるような音が聞こえてきた。そして続けて、慌てたような大路さんの声も聞こえてくる。


『こ、こ、告白なんて。わ、私にはそんな事は無理だ。もし気持ちを伝えたところで、受け入れてくれるはずが無い』

「でも、大路さんが言ったみたいに、文化祭マジックって言葉もありますよ。文化祭が終わったら、来年合併するまで、川津先輩と接点があるかわかりませんし。付き合いたいって思うなら、いいチャンスなんじゃ無いですか?」

『それは……、そうかもしれないけど……』


 声が弱々しくなっていく大路さん。顔を真っ赤にしてシュンとしている姿が、容易に想像できる。


「大路さん、不安にさせてしまいそうで申し訳ないのですけど、川津先輩って結構モテますよ。面倒見がいいですし、男の僕から見ても、カッコいいって思いますし」

『そう、そうなのだよ。最初に会った時、体調の悪い女生徒を医務室まで運んでくれたからね。あれはカッコ良かった……』


 今度は、とろけるような甘い声。

 きっと今頃顔が緩んでいるのだと思うけど、そんな暢気なことをいっている場合じゃないですから。


「あの、思い出に浸っているところ悪いですけど……と言うことはですよ。川津先輩の事が好きだ、付き合いたいっていう人が、大路さん以外にいてもおかしくないって事ですから」

『……え?』


 大路さんは知りたくなかったでしょうけど、これが現実なんです。

 最近の調査で明らかになったけど、川津先輩はモテるのだ。先輩がいるのは高等部だからそんなに詳しく調べられた訳じゃないけど、バスケも得意だしルックスもいいし。その上頼り甲斐まであるのだから、これでモテないはずがない。

 幸い今は彼女はいないって言ってたけど、悠長に構えているのは危険だと思う。


「モタモタしていて、他の人に川津先輩をとられたくはないですよね?」

『ま、待ってくれ。そもそも川津君は私の所有物ではないのだから、とられるなどという言い方は……』

「上げ足をとって現実逃避している場合ですか? 誰かが川津先輩と付き合ったりしたら、嫌ですよね?」

『それは……その通りです。川津君が選んだ相手なら文句を言うつもりはないけれど、何も出来ないまま終わってしまうのは、悔しい』


 ようやく素直になってくれた大路さん。彼女のことだから、もし川津先輩が誰かと付き合うなんてことになったら大人しく身を引きそうだけど、だからこそそうなる前に行動を起こさせたい。

 ちょっと強引かもとは思うけど、これくらい言わないと、動いてくれそうにないものね。


『だ、だけど告白なんてどうすれば? 女子から告白を受けたことならあるけど、男子が相手でも同じやり方でいいのだろうか?』

「女子からの告白がどういうものかは知りませんけど、たぶん大丈夫だと思いますよ。文化祭の、劇を見てもらった後がいいんじゃないですか? 印象をよくして、それから告白するんです」

『なるほど。他には何か、こうした方がいいと言うことはある?』

「そうですね……。例えば何か、プレゼントを渡すのも良いかもしれません。そんなに高価な物で無くてもいいんですけど、例えば大路さんのクラス、カフェをやるんですよね。そこで作ったクッキーをラッピングして渡すというのはどうでしょう」


 ちなみにこれらは、聖子ちゃんや桃ちゃんが持っている少女漫画や、学校の女の子達とたまにする恋バナで得た知識を参考にしている。

 まさかこんな形で役に立つとは思わなかった。


 だというのに、大路さんは何を勘違いしたのか……。


『そうか、だったらクラスの子にお願いして、美味しいクッキーを作ってもらおう』


 そんなことを言い出した。ちょっと、何でそこで人任せにしちゃうんですか!? 


「どうしてクラスの子にお願いするんですか? それじゃあ意味が無いですよ」

『そうなのかい? それじゃあ……』

「まさかとは思いますけど、市販のお菓子を買って行くってのも無しですよ」

『…………』


 途端に無言になってしまった。これは完全に、買っていこうとしてたパターンだ。

 大路さん、普段はしっかりした人なのに、どうして恋愛方面ではこうもポンコツ……いや、先輩の事をこんな風に思っちゃうのは失礼だな。

 けど今のは明らかに間違ってる。告白の時にあげるお菓子と言ったらやっぱり。


「手作りであることに意味があるんです。他の人が作った物じゃダメですよ。大路さんが作ったお菓子でなくちゃ」

『わ、私が作らなきゃいけないのか。そう言えば今まで告白された時、お菓子を差し出された事も何度かあったけど、全部手作りっぽかったような……いや、でもそれはダメだ……』

「どうして? 何か問題でもあるんですか?」


 躊躇する理由が分からずに首をかしげていると、戸惑ったような声が聞こえてくる。


『実はショタくん、私は……料理やお菓子を作るのが苦手なんだ』

「え、そうなんですか? 何だか意外です。あれ、でもクラスの出し物ではカフェをやるんですよね。その時はどうするんですか?」

『私は接客の方に回されたよ。クラスの子が、私に合ったウェイター服を見繕ってくれてね。当日はそれを着て客引きをするよう言われているんだ』


 大路さんのウェイター服姿……何だろう、凄く様になっている気がする。王子様の衣装を着た時もカッコいいって思ったけど、そっちも見てみたい。

 考えてみたら確かに大路さんなら、裏で料理を作るよりも、表で接客をした方がいいに決まっている。


『ちなみに試しに練習でホットケーキを焼いてみたところ、聖子共々料理は絶対に手伝わないよう注意された。文化祭で火事や食中毒を起こしたらいけないって』

「大路さんはいったい何をやらかしたんですか? それに聖子ちゃんも」


 聖子ちゃんの方は何となく想像つくけど。普段家での行いを見ていると、ねえ。

 けどもし大路さんも聖子ちゃんと同レベルだとしたら、禁止したくなる気持ちもよく分かる。


『やっぱりやめておいた方がいいだろうか? 川津君がお腹を壊したりしたら、私は腹を切って詫びなければいけない』

「そうですねえ、確かに無理してやることは無いですけど」


 別に必ずそうしなきゃいけないってわけでもないんだし、止めといた方が無難だろう。だけど大路さんの声からは、何だか迷いがあるように感じられる。

 そうして少し悩んでいたけれど、何かに気付いたみたいに僕に尋ねてくる。


『ショタくん、聖子から聞いたんだけど、君は衣装だけでなく、お菓子作りも得意なんだよね?』

「え? うーん、得意かどうかは分かりませんけど、趣味で時々作ってはいます……」

『……お願いだショタくん。私に、お菓子の作り方を教えてくれないだろうか!』


 電話の向こうで土下座してお願いしてくる大路さんの姿が浮かぶ。

 こんな風に言われたら、引き受けないわけにはいかないじゃないか。


「良いですよ。僕でよければ、いくらでも力になります」

「ショタくん……ありがとう!」


 僕にできることなんて知れてるけど、お菓子作りくらいならお安いご用……と、この時は思ったんだけど。


 僕は気づいていなかった。

 大路さんが火事や食中毒を心配されるような腕だと言うことを……。

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