ショタくん、服をはがされ女にされる

 何かを思いついて、ニヤニヤと笑みを浮かべる聖子ちゃん。その笑い方を見ていると、なんだかとても嫌な予感がして……。

 すると足早にこっちに近づいて来て、僕と向かい合って、両肩に手をのせてきて一言。


「翔太。グリ女に行こう。今すぐに」

「は?」

「今演劇部は丁度、練習の真っ最中のはずだから、今から行けば練習風景が見られるよ。イメージを膨らますにはもってこいでしょう」


 名案と言わんばかりに、目をキラキラと輝かせる聖子ちゃん。

 だけど、ちょっと待って。たしかに練習を見たらイメージは膨らむかもしれないけど、それには大きな問題がある。


「いや、無理だよ。他校だし、それに僕は男だし」


 乙木学園とグリ女は、来年には合併する。

 だけどそれでも、今はまだ他校である乙木学園の生徒が、グリ女の中を闊歩できると言うわけではない。ましてや僕は男なんだから猶更だ。

 だけど、そんな事で引き下がる聖子ちゃんじゃなかった。


「大丈夫、いい考えがあるから。ちょっと待ってて」


 聖子ちゃんはそう言うと、駆け足で自分の部屋へと向かって行く。

 何だろう? 何故か全然、大丈夫じゃないような気がしてならない。

 すると同じことを思ったのか、大路さんがそっと、僕の肩に手を置いてくる。


「心配しなくていい。聖子が何か無茶を言い出したら、私が責任もって止めるから」

「大路さん……」

「ショタくんのことは、私が守るから」

 

 その頼もしい言葉に、思わずドキッとしてしまう。もしも言われた相手が女の子だったら、思わず恋に落ちてしまいそうな台詞と、凛々しい目。

 いや、大路さんは女性だから、女の子だったら恋に落ちると言うのはおかしいのかな? イケメン過ぎるから、時々その辺がよく分からなくなってくるよ。


 しかしそんな事を考えている間に、聖子ちゃんが戻って来る。そしてその手に持っていた物を見て、嫌な予感は確信へと変わる。

 もし僕の目がおかしくなってしまったのなら、いっそその方がいいって思うくらいに。


「あの、聖子ちゃん……その手にしている物は何?」

「何って、グリ女の制服」


 さも当たり前のように、あっけらかんと答える聖子ちゃん。

 確かにそれは、今聖子ちゃんや大路さんが来ているのと同じ、白を基調とし、ひらひらとしたスカートを備えたグリ女の制服。それは分かる。

 問題なのは、それをいったいどうするかだ。


「そんな物を持ってきて、いったいどうするつもり?」

「どうするって、そりゃあもちろん着るのよ」

「えーと……誰が?」

「翔太が」


 数十秒にわたる沈黙が続く。

 いや、冗談だよね。うん、そうに決まってる。いくら聖子ちゃんだって、そんなものを着せて僕をグリ女に行かせるなんて、本気で考えているはずがないもの。


「はは、冗談キツイよ。でも、びっくりした。一瞬本気で言ってるのかと思ったよ」

「なるほど、冗談だったか。ダメだぞ聖子、あんまりショタ君をからかったりしたら、可哀想じゃないか」


 大路さんと二人して、ハハハと笑い合う。だけど聖子ちゃんは、僕らとは質の違う邪悪な笑みを浮かべた。


「二人とも、何言ってるの? 誰が冗談だなんて言ったの。も・ち・ろ・ん、本気だから。翔太ってば可愛い顔してるし、背もちっちゃいから、うちの制服さえ着てたら簡単に潜り込めるでしょ」


 ニヤニヤと笑みを浮かべながら言い放つ聖子ちゃん。これは……本気だ!

 瞬間、背筋に冷たい汗が流れた。僕はこの時、初めて血の気が引く音というものを聞いた気がする。そして……。


「逃げるんだショタくん!」

「はい!」


 このままではヤバイ。そう瞬時に判断した大路さんの掛け声とともに、急いでリビングから出ようとする。

 しかし、そうやすやすと逃がしてくれる聖子ちゃんじゃなかった。「待ちなさい」と叫んだかと思うと、大路さんの脇をすり抜けて、逃げ出した僕の襟首を掴んでくる。


「こらー翔太。どこへ行こうとしてるのかなー?」

「聖子ちゃんの魔の手が届かない所にだよ! 自分が何を言ってるのか分かってるの? 僕に女子の制服を着て町中を歩いて、グリ女に行けってこと⁉」

「大丈夫大丈夫。アンタなら違和感無いから。だいたい、普段からアタシや桃姉のお下がり着てるじゃん」

「あれは家の中だからいいの! 外なんて恥ずかしくて歩けないよ!」


 確かに聖子ちゃんや桃ちゃんのお下がりは着ているけど、もちろん僕は女装が好きと言うわけでは断じて無い。まだ着れるから着ているだけだ。

 そしていくら着慣れていると言っても、家の外に出るとなると、途端にハードルは跳ね上がってしまう。

 どう違うんだなんて思わないように。僕にとってこれは、天と地ほどの差がある事なんだから。


「別にいいでしょ。女装して公衆の面前に出た事なら、前にもあったじゃない」

「あれはハロウィンのイベントで仮装しただけだってば。お願いだから、誤解を招くような言い方をしないで!」

「けど、出るには出たじゃないの。今さらなに恥ずかしがってるの? 大した違いなんて無い無い」


 いや、あるから!

 だけど聖子ちゃんは本気だ。僕のシャツに手をかけて、そのままはぎ取ろうとしている。

 しかし、ここで天の助けが現れた。力任せに服を脱がせようとしている聖子ちゃんの手を、掴む手がある。大路さんだ。


「止めないか聖子、ショタくんが嫌がっている」

「安心して満。口じゃ嫌だって言ってるけど、本当はそうでもないから。姉のアタシには分かるの。だってこの子、女装が大好きで、お姉ちゃんの制服着たいよーって、いつも言ってるもん」

「え、そうなのか? まさかショタ君に、そんな趣味があっただなんて……」

「違いますから! 事実無根です! 騙されてないで、ちゃんと助けてください!」


 さっき僕の事を、守るって言いましたよね?

 いとも簡単に言いくるめられて、その上僕におかしな趣味があるなんて誤解されたら、目も当てられませんよ。


「ショタくんが言ってることが嘘とは思えない……聖子、これ以上は流石に目をつむっていられない。このままではショタくんが心に傷を負ってしまいそうだ。普段学校でやってる女子同士のじゃれ合いとは、わけが違うんだから」

「大路さん、ありがとうございます……と言うか聖子ちゃんは、普段学校で何をやっているんですか?」

「翔太、それは聞かないで。下手したらグリ女の品位に関わる問題になるから。それより満、ここは大目に見てよぉ。演劇部のためなんだから」

「ダメだ! ショタくんに迷惑はかけられない!」


 聖子ちゃんの猫なで声を、一蹴する大路さん。そして僕を引きはがすと、守るように前に立つ。


「部のことを思う聖子の気持ちはよく分かる。でもだからと言って、ショタ君に無理強いしてまでやらせる事じゃない。そうやって意に反して作ってもらった衣装なんて、私は着ないから」

「えー、満お堅いー」


 プウッと頬を膨らませるも、大路さんは全く動じない。約束通り、僕を最後まで守り切るつもりなんだ。

 その頼もしい背中を見て、つい胸がキュンとなってしまったような……って、こんな時に何を考えているんだ僕は?


 思わずドキドキする胸を押さえる。だけど聖子ちゃんは未だに諦めきれないみたいで、手を合わせて懇願してきた。


「ねえ、どうしてもダメ?」

「ダメだ」

「今度アイス奢るから」

「くどいぞ。私は物で、この子を売ったりはしない」

「まあ、満ならそうだろうね。でもさあ、アンタは見たいと思わないの? スカートを履いて、アクセを付けて、綺麗に着飾った翔太の姿を。きっととびきり可愛いよ。満、可愛い子は好きでしょ」

「何を言っている、そんなもの見たいわけが……見たいわけが……」


 ……あれ、何だろう。何だか急に、大路さんの勢いが弱くなってしまったような? 

 大路さんはちらりと僕をふり返って、申し訳なさそうに口を開く。


「すまない、『そんなもの』と言うのは、デリカシーが無かった。きっとスカート姿の君は、聖子の言う通りとても可愛らしいだろうに、酷い言い方をしてしまってゴメン」

「いえ、そう言うのいいですから。それに絶対に可愛くないですよ」

「いいや、そんなことは無いよ。今だから言うけど、私は最初君と会った時、こんな子が来年、うちに入ってくれないかと思わず想像していたんだ。その時思い描いたのは、女子の制服を着た君だった」

「そんな事、言わなくていいです! できれば一生知りたくありませんでした!」


 何だろう、この果てしなく無駄なやり取りは? 僕が心に傷を負っただけじゃないか。

 大路さんの事を最後の砦のように思っていたけれど、何だか裏切られた気分だ。


 そして、これで勢いを取り戻したのが聖子ちゃん。


「ほら、満だって本当は見たいんでしょ。翔太の晴れ姿を」

「う、うむ。見たいか見たくないかと聞かれたら、迷わず見たいと答える。けどショタくんが嫌だと言っている以上、やはり……」

「あ、今見たいって言ったね。ほら、翔太聞いた? 満も見たいんだってさ。来年には先輩になるんだから、言う事を聞いてあげなさいよ」


 手にした制服をヒラヒラと揺らしながら、ジリジリと迫ってくる聖子ちゃん。

 どうしよう、すごく怖い。


「そんな、絶対に嫌だよ。男が女装して女子高行くとか変態じゃないか! 絶対男だってバレるよ!」

「ええい、つべこべ言わずに黙って着替えなさーい! 大丈夫、今のままでもバレないとは思うけど、念の為より女の子らしくなるための魔法も用意してあるから」


 そう言った聖子ちゃんの手には、いつの間に用意していたのか愛用のメイクセットが。さらにはウィッグと、そして恐らく僕の体型をより女の子に近づけるためだろうか。詰め物らしき物体まで手にしていた。


「お、おい聖子、さすがにそれは……ショタ君なら似合う気もするけど」

「大路さん、本当に何を言っているんですか⁉ 聖子ちゃん、それをいったいどうする気? 嫌だぁっ、来ないで!」

「大丈夫、すぐに慣れるから。ウィッグも詰め物も、より女の子に近づくためには必要な物なの」

「近づきたくない! だいたい、詰め物なんて無くったって、胸は聖子ちゃんとはそんなに変わらないじゃないか!」

「あ゛あ゛⁉」


 瞬間、聖子ちゃんの目がギラリと光る。

 しまった、これは言ってはいけないことだった。けど、そう思った時はもう遅い。

 電光石火の早業で、大路さんの脇をすり抜けてこっちに来たかと思うと、次の瞬間にはみぞおちに激しい衝撃を受けていた。


「がっ、はっ……」


 ……痛い。そう思う時間すら与えてくれず。膝が崩れ、床に倒れ、だんだんと意識が遠のいていく。

 そしてぼんやりする視界の中、聖子ちゃんと大路さんの声だけが、かろうじて聞こえてきた。


「聖子、いくら何でもやりすぎだぞ。ショタくん、大丈夫かい?」

「あ、あれ? おーい、翔太―。しまった、ついカッとなってやっちゃった。まあいいか、大人しくなってくれたのなら今のうちに……」

「ちょっと待て。どうして服のボタンを外そうとしている? ああ、今度はズボンまで」

「満、武士の情けで、見ないであげて。さすがに着替えさせられる所を、家族でも無い女の子に見られたくはないだろうから。大人しく向こうを向いててあげて」

「あ、ああ。それもそうだ。すまないショタくん。ええと、これでいいかな?」


 意識は朦朧としているけど、声だけは聞こえてくる。おそらく僕に背を向けたであろう大路さん。

 ああ、そんな素直に言う事を聞かないで、どうか聖子ちゃんを止めてほしかった。だけどそんな願いも虚しく、僕の体は聖子ちゃんに弄ばれていく。


 服をはがされ、ズボンを脱がされ、無抵抗のままされるがまま。そうしてこの日、僕は実の姉の手によって、女にされたのだった……。

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