宿神の向くままに

城屋結城

第1章 宿神の向くままに

第1話 ひとりの旅路

もう俺の大学生活も終わりになる。

友達は皆、就職活動に邁進していた。

歓喜する者、落胆する者、一喜一憂する同級生の姿を横目に、俺は大学生活を送っていた。


「はぁー、うぅ~寒ぅ…」


冬期休暇という形だけの休みを抜け、もう新年

俺は、凍えた手に暖かい息を吹きかけ、裏山を登っている。

葉が落ちた木々の枝は、やせ細りながらも春が来るのを待っている。


「真冬に外出はしんどい……」


裏山には古くから続く神社がある。

今回の目的地は、その神社にお参りに行くことだ。

とはいえ、その神社にはもう神主さんはおらず、俺のような地域の人たちが管理している。

実質、この神社の手入れはもう我が家しかやっていないのが現実だ。

俺も幼いころから何度も親に連れられて来たものだ。


「それにしても……どんどん廃れていくなぁ……」


階段を上ると、色が剥げかけている鳥居が見えてくる。

その鳥居をくぐると、小さな社が姿を現す。

しかし、木造でできた神社は年々老朽化が進んでいて、いつ壊れるかわからない状態となっている。


「今年の春には、俺も卒業か……神様、見守っていてください」


手を合わせてお祈りする。

今日は、新年の挨拶とこれからの新生活を祈願するためにここまで来た。

この1年間、俺は就職活動を一切しなかった。

その理由は簡単だ。

俺は、親父の店を継ぐことにしたのだ。


「去年の年末に大掃除したばかりだけど、もう汚れてきてる。また、そのうち掃除してやるからな」


俺は柱を擦りながら、そう語りかける。

その瞬間、少し強い風が神社を吹き抜けた。

何だか、少し不思議な感じの風だった。

神社の中にいると、風が吹くという何気ないことにも神秘的な何かを感じてしまうものだ。

しっかりとお祈りを済まして、俺は神社を後にする。

神社が位置する山の中腹辺りから見下ろす景色は、子供の頃に見ていた景色とあまり変わらない。

新しいスーパーやマンションも立ち始めたけど、ここからの景色にはそれほど影響していないようだった。


「今日は、もうそろそろ帰ろう…」


寒さに凍える手に息を吐きかけ、山を下る。

街灯もない山道は、暗闇に包まれている。

静寂に包まれ、時折吹き抜ける肌寒い風が木々を揺らす音が大きく聞こえる。

山を下りながら、俺は少し昔のことを思い出していた。

子供の頃に、親父とよくここに遊びに来ていたことを…


「ちょっと、親父の店を見ていくか…」


真夜中の暗闇を照らす街灯に影を作らせつつ、俺は親父の店に向かった。

親父は、俺が生まれた時から古書店を営んでいた。

売れもしない古びた本を集めるだけ集める。

親父は本当に古書が好きだった…


「親父…優しかったなぁ…」


今から1か月前、親父は行方不明になってしまった。

本をもらいに行くと出かけたっきり…

今でもその行先も分からず、警察の捜査も行き詰っている。

親父は、一体どこにいるのだろう…

しばらく歩いていると、見慣れた看板が目に入る。


「多智花古書店…かぁ…」


親父は豪快で変わり者だと、皆が皆いう。

例えば、”多智花”という姓は母親のものだ。

響きが素敵だからと、結婚した時に母親の姓を選択したそうだ。

そんな親父がいなくなってからは、古書店を開けていない。


「明日、整理しに来るからな」


明日は久しぶりに店の中に入って、掃除することになっている。

街灯に照らされた路地にひっそりと佇む古書店は、主の帰りを待ち続けているようだった。

俺は一礼して、1か月開かずの店となっていた親父の古書店を後にする。

昔はよく店番をしている親父に会いに来たものだ。

俺にとって特別な場所…だからこそ、店の中にもう一度入るのを楽しみにしていたりする。

また明日…心の中でそう呟き、古書店を後にした。


***


翌日

今日は午前中は大学で、午後から古書店にいく予定だ。

といういのも、午前中は来週に迫った卒業研究公聴会に向けての模擬練習があるためだ。

俺の卒業研究のタイトルは『インターネットの発達と古書街の変遷』。

テーマとしては、古書店をメインに取り上げている。

例えば日本において、古書街は早稲田大学や東京大学といった大学周辺で発展した場合が多い。

現に、日本最大級の古書街である神田神保町も、明治大学や日本大学が立ち並ぶ。

しかし、近年のインターネットの発達は、これらの法則をひっくり返した。

このようなことをまとめた内容となっている。

我ながら力作だ。


「研究まで古書だなんて…親父の影響が大きいんだなぁ…」


俺は、親父に大きく影響を受けていたことを改めて実感する。

こうして、本日の発表練習は滞りなく終わる。

発表後の話し合いでは、発表内容よりも大学生活の終わりが近づいてきたことが話題になる。


「はぁ~あ、もうすぐ卒業か~」

「長いようで短かったな」


同じ研究室の同期、山家茜と日下部亮が懐かしむ。

大学での4年間の思い出をお互いに語り合っていた。

この大学に入った頃には、まだ親父は健在だった。

親父のことを思い出した俺は、おもむろにカバンから本を取り出す。


「今日は家の屋根裏に仕舞われてた本を持って来た」

「へぇ~『ひとりの旅路』か~」

「聞いたことない本だな」


2人は興味深そうに本を眺める。

いつ出版されたものなのか?

誰が書いたものなのか?

文字は掠れて消えてしまっているため、何も分からない。


「なぁ、おふたりさん。この後、親父の古書店の整理をしに行くんだけど一緒に来る?」

「えっ、いいの!?」

「是非とも行きたいね」


2人は身を乗り出してくる。

さすがは、芸文研究室のメンバーだ。

古書には目がないなぁ…俺も含めてだけど。

こうして俺はまんまと掃除仲間を獲得し、親父の古書店へと向かったのだった。

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