【調理】三涙

 依頼人

 炬々寤地下街二番目に住む新婚夫婦(二人前、六匹)


 ・毒花の精の幼体(備考:本人らの宗派の都合により押不蘆マンドレイクからの採取を強く所望)

 ・高菜


 我々の郷土料理、と言ったところだろうか。

 何せ地上に出てきたのも最近で、周りも人見知りのきらいがある。少し興味本位で私たちの種族の生活様式、とやらを挙げた本を読んでも内容は薄いこと……いや、そもそも個人主義ではあるから、一人一人が独自の生活を築いているなら、共通して記せることも少ないか。それで、我々が共通している料理が「三涙」だが、矢張り君の主人も初耳だったのだろう。妻と先週ここにきて、料理の予約をして、材料を教えるとそれだけで良いのかと聞かれてしまったな。

 だが食材そのものが採りにくいもので、生きたまま食べる為にも鮮度や健康を保たなきゃならない。例えそれだけ出されるとしても、そこまで美味しさを保って届けたという意味では、料理になりえると思うんだ。スシ、って食べ物があるだろう? あれは死んでしまっているけれど、それでも素材の味を丁重に届けている時点で、そういったのも店としてあるべき姿の一つだって思うんだ。それに……申し訳ないがタレは妻の右に出る者はいない。自慢じゃないがね。


 我々のような種族が初めてなら、君もこの料理も聞いたことがないだろう。「三涙」という料理は、言い換えると「妖精の幼体の踊り食い」。生まれたてがよりよくおいしいとされていて、特に毒の花で孵化したようなものが望ましい。当然手に入りにくいから我々の祝い事にしか食べられない代物だ。血もない毒花の精は、人間に毒を啄ませて、血を吐くことでそれらを得る。

 言わば、噛んでも噛んでも涙しかでない幼体は貴重で、血を吸わぬ毒は、むしろ我々にとっては薬にもなりえる。どうしてそうなったかは、昔話が多くてよく分からないが、不浄になる前に我々が口にすることにより、それらは体に宿ってその年の幸福を呼び寄せる。そんな仕来りが長く続いている。我々の場合、私の実家で祀っている神の吐息が押不蘆マンドレイクの花弁になったと言われているから、その花の精を食う決まりもあるから、こうして探すのに苦労するよ。


 君も、もし未来の相手が、我々と同じものと見染める事になるなら、「三涙」を一度でも良いから食べると良い。地上の太陽は春でも眩しくて苦手だが、これを食べると春だ……と思ってしまう。それくらい口にするに値する一級品だ。ヒトの赤ん坊のような柔らかい皮に、内臓と髄液が程よく混じって旨味のある漿液、一つ一つ小さなものだが、濃厚な味が凝縮されている。一度箸で掬うと潔白な涙を零し、胴を思いきり噛んでやると溢れ出す。しかし咀嚼を続ければスッと、まるで涙のように上質で滑らかな脂が口内に広がる。これが「三涙」の醍醐味で由来かもしれないね。

 何だか高説を垂らしてしまったが……食べてみれば分かる、君も絶対に気に入るだろうし、無論我々に属さずとも、珍味としても価値を齎す……まあ、私としては、もう少し我々を世間は知ってほしかったな、と、なんて。


 だからこそ、採りにくい食材なのに用意してくれるこの店は有り難いよ。雰囲気も悪くない、静かで……今度来るときは、子供もいて少し賑やかになってしまうかもしれないが、また宜しく頼むよ。

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