また、笑いあうために

 眠りから完全に覚醒せず、いまだ朦朧とする意識の中わずかに目を開ける。


 最初に視界に入ってきた色は赤だった。










 家屋だったものを焼き払い、村中を包み込んでもなあ収まるばかりか勢いを増してゆく炎の朱

あか








 力なく倒れているたくさんの村人たちから溢れる血の紅

あか








 そんな村に襲い掛かった不幸を象徴するように空すらもが赤く染まっていた。




 だがそんな地獄のような状況の中でもわずかに生き残りはいるらしく、あちらこちらから時々声が聞こえてくる。



 そんななか、ほかの声よりもひときわ大きく聞こえた声がひとつあった。

「白巫女さまも魔族の連中に西の森に連れてかれたんだ!この村も終わりだ!にげろ!」


 それを聞いて、一気に思考が停止する。聞こえた言葉の意味はわかるはずなのに、何故だか頭がついてこない。


 白が、連れてかれた?




 魔族?



 どうして?

 いや、そんな事はどうでもいい

 もう白に会えない?



 この村が終わるということにはなんの感慨もなかった。


 でももう白と会えない。

 そう考えると、息はちゃんと出来てるはずなのにとてつもなく胸が苦しかった。


 今まで大人達を騙してきたけど力を使えばこんな鎖ぐらい壊していますぐにでも白を助けに行ける。


 でもそれをしたらきっと、今よりももっと恐れられて嫌われて、前よりももっと厳重に捕えられるだろう。


 いや、もしかしたら殺されるかもしれない。




 でも、そう考えたのはほんの一瞬だけだった。


 それでも白を助けたいと思ったから。






 白のおかげで明るい感情をを知ることができた。



 人を大切に思う心を知った。



 この世界で白だけが俺を嫌いにならないでいてくれた。



 半魔なんてこと気にせず、俺を知ろうとしてくれた。



 俺の色を好きだと言ってくれた。




 何物でもないただ忌み嫌われるだけの存在であった自分に、名前をくれた。



 こんな俺の力で白に何かできるならなんだってしたい。



 もしここで俺が半魔としての力を使えば人間たちはもっと俺を怖がるかもしれない。



 白ですら半魔の力を目の当たりにしたとき俺を恐れるかもしれない。



 もしかしたらもう前のように笑いかけてなんてくれないかもしれない。



 それでも、俺は白を助けたい。



 白に笑っていてほしい。



 だから俺は、どんなことになっても白を助けたい。


 そんな感情が心の奥底からとめどなく溢れてくる。


 その感情に従順に従い、自分を木に繋いである魔装具に魔力を込める。


 それに反応した魔装具が魔力を押さえつけようと作動する。

 だがそれを気にかけずさらに膨大な量の魔力を込める。


 するとそれに耐えられなくなった魔装具がパキと音を立てて砕ける。

 これで俺を木に繋いでいた鎖はなくなった。


 もう立ち止まっている理由なんて何一つない。息を大きく吸い込み深呼吸して勢いよく走りだす。


 速く、もっと疾く。白のもとへ


 村を抜け、慣れない道と久しく動かしていない体の動きに戸惑いながらも加速していく。


 自分ですら忌み嫌っていた半魔の力が、黒を人間離れしたスピードまで誘っていく。



 もはや大人さえ驚くほどの速さで道を抜け、やがて白の捕らわれている場所へとたどり着く。



 縄で縛られ捕らえられている白、そしてその奥には50体ほどの武装した魔族。



 魔族たちもこちらに気づき、小柄な魔族が言葉を発する。


「おいおいなんだあのガキ?ここは遊び場じゃねえぞ?」

 それを聞いたほかの魔族も口々に言葉を交わし始める。

「まてよ、あの髪色と目、魔族の成りそこないじゃないか?」


 そんなことを言い始める魔族を一瞥し、すぐに白の近くに歩み寄り白と向き合う。

「白、無事でよかった。怪我はない?」

 それに対して白は間を置かず必死の顔で叫ぶ。

「ここが危険な場所だって分からなかったの!?!なんで来たのよ!」

 そんなの決まっている。これがどれほど危険か分かっててきたんだから。

「何でって、白を助けるために決まってるだろ?」

 そう言うが白はかたくなに俺がここにいることを拒む。

「そんなことされる覚えない!求めてない!なんで私のためにここまでするの!?ただ少し一緒にいて話しただけの私に!」

 確かにそうかもしれない。白からしたら俺はただ気まぐれに話す相手で、深い関係でもないかもしれない。

 でも俺にとっては明らかに違った。




 白は空っぽだった俺にたくさんのものをくれた。




 恐らく白と出会ってなかったら俺はいまだに何も持っていなかっただろう。




 でも今は違う。




 迷惑だとしても、白は俺のすべてなんだ。




 だからこそ、求められてなんてなかったとしても助けることに変わりはない。



「……ねえ白、俺はずっと自分のこの化け物じみた力が嫌いだったんだ。なんで自分は普通にすらなれないんだろうってずっと思ってた。でも今は、白を守れるこの力にすごく感謝してる」


 そういったところで、しびれを切らした魔族がこちらに叫ぶ。

「いつまでごちゃごちゃやってやがる!ふざけてんのか!」


 いつでも戦えるように魔族と向き合い、白に伝える。

「俺はまた白と一緒にいたい。だから、もう少しだけ待っててくれ」


「わかった、でも死んだら許さないからね!」

 後ろにいる白の表情は見えない。けど、思いは伝わった。



 その思いを闘志に変えて、さらに魔力で自分の身体能力を強化して白の敵を倒すため魔族に向かって走り出す。


 それに反応した魔族の何体かが武器を構え、同じくこちらに向かって走り出す。


 数では相手が圧倒的に有利、その上相手は武装している。


 だが不思議と見える。相手の動きが、攻撃が。

 これならやれる!と思いつつ相手の攻撃をかわし、力任せに剣を奪い取り完全に無防備になった相手の体にむけて剣をを横に薙ぎ払う。


 そのまま勢いを殺さずにさらに加速、相手が振りかぶるよりも早く相手の体を切り裂く。


 先陣を切って向かってきた相手はこれで倒せた。


 あとは本体。


 足と剣を握っている手にさらに魔力を込め敵の本体へと突っ込む。


 先頭にいる敵を正面から切り払い、奥へ奥へと進みながら切っていく。

 だが多勢に無勢、数に押されさばききれなかった刃が自らの体を切り裂く。


 ――このままじゃやばい、やられる――



 もっと速く、もっと研ぎ澄ませ。


 襲い来る刃を交わし、払い、切られるより早く切る。


 こんなところで負けられない!

「はあああああああ!」

 叫ぶと同時にさらに魔力を開放し、半魔としての力を存分に振るう。


 あと半分、すでに体には無数の傷ができ、そこから流れ出た血と返り血で赤く染まっている。


 だが止まるわけにはいかない、相手の武器すら切り捨て、ひたすらに敵を切ることだけを考える。


 殴り、切り、避け、切り、蹴って、ひたすらに切る。


 残り十体……!


 だが今まで動くことをしていなかったな動きに筋肉が悲鳴を上げ、骨が軋みだす。


 それでも今の自分に扱える力をすべて開放し、剣を振る。


 もはや避ける余裕なんてない、だからこそひたすらに切り進む。


 切って、切って、切って、切って、ただ目の前の敵を力の限り切る。


 そして最後の一体。


 ほかの魔族の倍以上もある体をした魔族、おそらくこいつが大将だろう。


 敵がその巨大な体と同じほどの大きさの斧を振りかぶる。


「ていやあああ!」

 叫んで足に限界まで魔力を込めて相手の懐に全速力で駆け抜ける。


「これで、終わりだ!」

 相手が斧を振り下ろすより速く敵の体を切り裂く。


 その渾身の一撃は巨大な体を二つに分裂させ、意思を失った二つの大きな塊がずしんと派手な音を立てて地へと落ちる。


 それを背で感じ取り、かろうじて動く体で白のもとへ歩み寄る。


 それを察してか、白が小走りでこちらに走ってくる。


「なんてむちゃするのよ!死んじゃうかと思ったじゃない……」

 涙交じりにそう言いながら俺を抱きとめてくれる白。


 正直体はかなり限界だったので素直に白に体を預けながら言う。

「ごめんな、でもこれでまた白と一緒にいられる」


「そんなことのためにこんなになってまで……」

 俺の存在を確かめるかのように強く抱きしめながら白が叫ぶ。


 俺にとっては、それが何より重要だったんだけどな。

 そう思いながら聞いていると、白がさらに言葉を紡ぐ。

「でも、ありがとう。守ってくれて、私のためにここまでしてくれて」

 だが伝えることはたくさんあるはずなのに、それに反して意識は遠のいていく。

 それでもこの言葉だけは今伝えたい。



「こちらこそ、本当にありがとう。何があっても、白はこれからも俺が守るから……」



 その言葉をかろうじて発したのを最後に、俺の意識は完全に途切れた。




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