第37話 聖剣を手にした元勇者

 陽菜とフローラを地面に降ろすと、先程魔王の魔力弾を消し去った、悪しき存在を斬る聖剣クレイヴ・ソリッシュに走り寄る。

 鞘の見た目が少し違うけど、この際構って居られない。

 長い棒を拾い上げ……って、この鞘はどうやって開けるんだ!?


「フローラ! この棒はどうやって開けるんだ!?」

「……」

「フローラ!? 頼む。俺にはクレイヴ・ソリッシュが必要なんだ。使えるようにしてくれっ!」

「……はずです」

「ん? フローラ? 何を言っているんだ!?」

「もしも今私の目の前に居るソウタ様が、本物のソウタ様なら、私の最も良い所を言えるはずですっ! クレイヴ・ソリッシュは私の力で簡易の封印を施し、棒に擬態させています。さぁ、本物のソウタ様ならお答え出来るはずっ!」


 パジャマ姿のフローラがビシッと俺を指さし、じっと見つめてくる。

 これは、さっき言っていた俺の姿に変身する幻術を魔物が使っていると思われているのか。

 こんな事をしている場合じゃないのにっ!

 だが、流石に俺の腕程ある棒は片手で振り回せないし、おそらくこれは、クレイヴ・ソリッシュが鞘に入った状態なのだろう。

 魔王の魔力弾は掻き消したけど、この状態のまま楓子を攻撃したら、物理的に楓子の身体にダメージを与えてしまうので、攻撃出来ない。

 楓子から目を離さず、フローラの質問に付き合うと、


「フローラの良い所は……胸?」

「うぅ……颯ちゃんはやっぱり大きい方が良いんだ」

「ソウタ様はそんな事を言わないわっ! やはり偽……」


 適当に答えてしまったが為に、フローラだけでなく陽菜からも残念そうな声が聞こえてきた。


「ソウタは、おっぱいが好きなの? ウチの胸……ソウタなら触っても良いよ?」

「くっ……今の身体では参戦出来ないっ! ティル・ナ・ノーグの頃の身体なら勝負を挑めるのにっ!」

「冗談っ! 今のは冗談だ! えっと、フローラの良い所は癒しっ! 性格、雰囲気、能力と、フローラの全ての行動が癒しになるんだよっ!」


 マリーとエレンから変な言葉が聞こえてきたけれど、それらをスルーしてちゃんと回答した所で、楓子から再び魔力弾が放たれる。

 陽菜とフローラに当たりそうな魔力弾を棒状態のクレイヴ・ソリッシュで掻き消し、


「フローラ! もう良いだろ! 早く戻してくれ!」

「まだです。本当のソウタ様なら、魔王と戦う前にした私との約束を大声で仰ってください!」

「……約束? 必ず魔王を倒す……とか?」

「違いますっ! ソウタ様は仰いました。魔王を倒したら、俺フローラと結婚するんだって」

「あー、そうそう魔王を倒したらフローラと……って、そんな事言ってないぞ! しかも思いっきり死亡フラグだし」

「……残念」


 いや、残念って。フローラは俺に何を言わせたいんだ。


「というか、フローラ。もう俺の事が幻術じゃないって分かって言ってるだろ」

「ふふっ……お久しぶりです、ソウタ様。夜中でしたので、こんな姿で申し訳ありません」

「こっちは夕方だけど、ティル・ナ・ノーグは夜なのか……じゃなくて、フローラ! 魔王バールが復活したんだよっ! 早くクレイヴ・ソリッシュを!」

「存じております。ですが、大丈夫です。姿は違えど、あの魔力の質は確かに魔王。しかし、その魔力の量は比較出来ない程小さいです。ですので、ソウタ様の敵ではありません」

「いや、そうは言っても、こっちも魔法が正しく使えないんだ。実際、エレンの召喚魔法が何度暴走した事か」

「大丈夫ですっ! 私が使うのは神様の力を借りた神聖魔法。世界は違っても神様や女神様の力は届くはずですっ!」


 フローラは何故か自信満々だけど、本当に大丈夫なのか?

 ティル・ナ・ノーグでの神聖魔法は対魔王戦で非常に助かったけど、女神様の力を借りた魔法だよ?

 こっちの世界の神様は、処女から生まれた神様だとか、唯一神とか、八百万の神……って、この時点で既に矛盾が起きているんだけど、宗教や神話の数だけ神様が居るんだが。

 だけど、俺の心配を余所にフローラが詠唱を済ませ、女神様の力を借りて身体強化の魔法を俺に掛けた。

 エレンの召喚魔法みたいに、違う効果が現れるんじゃないか……と思ったけれど、身体が軽くなり、不安な気持ちが払拭され、勝てるという気持ちになってくる。

 これまで何度も掛けて貰った強化魔法の効果そのものだ。


「凄い。ちゃんと身体強化魔法が発動してる」

「当然ですっ! それよりソウタ様。クレイヴ・ソリッシュの簡易封印を解いて元の姿に戻しました。支援致しますので、全力で戦ってください!」

「あぁっ! ありがとう! ……楓子。今、助ける!」


 俺は数日振りに握る聖剣の感触を確かめつつ、何故か散発的な攻撃しか仕掛けて来なかった魔王に向かって、全力で駆けだした。

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