第36話 仲間を信頼して任せる元勇者

「エレン……大丈夫なのか? 相手は魔王バールで、さらに身体は俺の妹なんだが」

「大丈夫よっ! さっきのソウタとバカのやり取りをただ眺めていた訳じゃないわっ! 私はちゃんと魔力の流れを見ていたのよっ!」


 魔力の流れ。俺には良く分からない事象ではあるが、エレンがここまで自信たっぷりに言い切っているのだ。きっと何か有益な情報を得たのだろう。

 俺たちを前にして悠然と構える魔王バールに向かい、エレンが何も無い胸を張る。


「この世界には魔素が無い。だから、私がソウタの傍に居るだけで貰っていた魔力では、召喚魔法の挙動が不安定だった。だけど今は違うわっ! この身に溢れる程のソウタの愛と魔力を受け取った今の私なら、ティル・ナ・ノーグと同等の召喚魔法が完璧に使えるはずよっ!」

「愛は与えてないよっ! というか、魔力もエレンが俺から一方的に奪っていったんだろ!」

「細かい事は置いといて、魔王バール! 覚悟しなさいっ! この美少女召喚士エレンが、あんたの弱点である聖なる力を持つ者を召喚するわっ!」


 ツッコミ所が幾つかあったけれど、聖なる力を扱える者を召喚してくれるのはありがたい。

 聖なる力や聖なる武器は、悪しき存在にだけ制裁を加え、善良な者には無害であるのが一般的だ。

 悪しき存在のみを斬る聖剣クレイヴ・ソリッシュが有れば、俺も楓子相手だとしても参戦出来るのだが、召喚魔法で武器を呼び出すなんて事は出来ない。

 一先ず、今はエレンの召喚魔法だけが頼りだ。

 こちらに聖剣が無いからか、それともティル・ナ・ノーグから得られる人間の邪気が覆いからか、余裕を見せる魔王を前でエレンの詠唱が完成した。


『サモン、ブリジット』


 ブリジット!? それって確か、陽菜が言っていたティル・ナ・ノーグの――いやティルナノーグ・オンラインでの女神様のだよな!?

 魔王バールに対抗するため、女神様を召喚するっていう考えは悪くないけれど、その名前で正しいのか!? というか、そもそも女神様の召喚なんて出来るのかっ!?

 だが内心不安に思ってしまっている俺に対して、エレンは一切迷いが無い。

 ならば、俺もエレンを信じよう。エレンの召喚魔法を。

 宙に描かれた魔法陣が白い光を放ち、女性の形をした影がチラリと見えた。

 流石はエレン! 召喚成功だ!

 女性の影がゆっくりと地面に舞い降りたかと思うと、


「ん……んぅっ、ソウタ様ぁぁぁ」


 突然甘い声で俺の名を呼びだした。

 何が起こっているのかと思い、女神様の姿を見ると、どこか見覚えのあるパジャマ姿で、俺の腕くらいの太さがある棒を抱き枕にして、草むらの上で眠る少女の姿がある。


「うぅぅ。どうして……どうして私を置いて行ってしまったの……」

「颯ちゃん。この人は? なんて言ったら良いのかな。随分とその……ねぇ」


 陽菜が困惑しながらも、どうして良いか分からず声をかけてきた。

 正直、俺も何がどうなったら、こうなるのかが分からないんだけど、すぐ目の前にかつての仲間、聖女フローラが眠っている。


「ふ、フローラ? フローラだよな? おい、フローラってば」

「ふぇ……? 夢……ですね。ソウタ様がこんな近くに居てくださるなんて」

「いや、確かにソウタだけど、とりあえず起きてくれって。フローラ」

「夢でも、またソウタ様に私の名前を呼んで貰えるなんて、嬉しいです。あぁ……ソウタ様っ! 夢でも良いので、どうか抱きしめてくださいませっ!」


 おいおいおいっ! フローラってこんなキャラじゃなかっただろ!?

 パジャマの生地は薄いし、下着なんて着けてないから、マリーに勝るとも劣らない柔らかな感触が抱きつかれてダイレクトで伝わってくるし……


「……颯ちゃん。で、さっきも聞いたけど、どちら様なのかなー? また外国人の女の子だけど」

「いや、前にも話したけど、ティル・ナ・ノーグに居た時の仲間で……って、フローラ! いい加減に目をしてくれよっ!」


 たゆんたゆんとした双丘の優しさと弾力が気持ち良い……じゃなくて、がくんがくんと肩を掴んだ所で、ようやくフローラが目を覚ます。


「ふぁ? あ、あれ? ここは?」

「みんなっ! 危ない、避けてっ!」


 突然現れたフローラで混乱していたが、俺たちは魔王バールの至近距離に居たんだった。

 マリーの警告で陽菜とフローラを両腕に抱え、魔王から放たれた黒い魔力弾を避ける。

 だが、フローラが抱き枕にしていた太く長い棒が地面に落ち、魔王が放った魔力弾に直撃してしまった……が、その棒は何の影響も受けず、黒い魔力弾だけがスッと消えた。


「あぁっ! 私とした事が、聖剣を放してしまうなんて……これは魔物による新手の幻術!? 人の寝込みを襲い、しかもソウタ様の姿を利用するなんて、許せませんっ!」

「待った! フローラ、俺だよ! 颯太だよ! 幻術じゃない! そして、ここは日本――俺の故郷の世界だ。フローラはエレンの召喚魔法で呼ばれたんだっ!」

「召喚魔法で私が? どうして?」

「それよりも今落としたのって、まさか聖剣クレイヴ・ソリッシュ!?」

「はい。そうですけど……」


 訳が分からない事ばかりではあるけれど、一先ず魔王と戦う事が出来る材料が見つかった。

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