第29話 待ち伏せされる元勇者

「……そこの……女、い、一緒に来い」

「またアンタたちか。プールの外で待ち伏せだなんて、カッコ悪いし、しつこいぜ」


 昼頃にマリーと陽菜をナンパしてきた二人組の男が、プールを出てすぐの所で現れた。

 この気配からすると、おそらく十人程仲間を集めてきているようだ。

 とはいえ、普通の日本人が十人単位で集まった所で、俺やマリーの敵では無い。

 マリーは自力で何とか出来るだろうし、俺は陽菜と、一応エレンを守ろうか。


「……オマエは、ジャマだ」


 一先ずマリーたち三人を下がらせ、俺が男たちの前へ立ちふさがると、プールサイドと同じように、いかつい顔の男が大きく振り被り、殴りかかってきた。

 俺は小さく溜息を吐きながら、右手を前に出し、


「あのさ。ほんの数時間前の事を覚えてないの? もしかして、アンタかなり――ッ」


 直前で嫌な予感がして、腕を下げて身体を翻す。

 すると、上から下へと振り下ろされた男の拳が、空振りしたのにそのまま地面へと突き刺さり、アスファルトの道路に拳大の穴が空く。


「な、何だっ!?」

「オンナ……オンナをワタセ」

「ソウタ! その人、何だか様子が変っ! 何だか魔物みたいな目をしてるっ!」


 後ろから届いたエレンの声を聞き、空振りの状態から立ち上がった男の目を見ると、目が真っ赤で、黒目の部分が緑色に光っていた。

 素手でアスファルトに穴を空ける人間など、中々居ないだろうし、流石にプールで泳いで充血した……なんて事ではないだろう。

 しっかりと見た訳ではないが、昼頃に会った時は、こんな目では無かったと思うし、何より実際に受け止めた拳に、こんなパワーは無かった。


「ソウタ! この人、殴っても大丈夫!?」

「……大ケガをさせない程度になら」

「……努力する」


 ティル・ナ・ノーグで体術を用いて魔物と戦ってきたマリーが本気で攻撃したら、間違いなくこの二人の男は死んでしまう。

 流石に殺人を犯す訳にはいかないので、警察に通報して逃げるのが最良なのだが、周囲の十数人が同じ状態だったら、ちょっと厄介だ。

 こいつらが魔物だという確信があれば余裕で全員倒せるのだが……仕方が無い。一旦、プールの中へ戻って、警察の到着を待とう。


「陽菜、エレン。俺とマリーでこいつらを防ぐから、プールへ戻るんだ」

「颯ちゃんは、大丈夫なの!? その人、物凄い力だけど……」

「あぁ、大丈夫だ。だから、早く!」


 二人がプールの入口へと走りだした所で、周囲からわらわらと見知らぬ男たちが姿を現した。

 そして予想通り、いずれも目が緑色の光を帯びている。


「マリー。俺たちも入口まで下がろう。そこで、こいつらを足止めする」

「了解っ!」


 マリーが回し蹴りで四人同時に倒し、俺も手加減した蹴りで三人を吹き飛ばす。

 その直後、


「そ、颯ちゃんっ!」


 陽菜の叫び声を聞いて振り向くと、プールの入口に居る係の人や、客らしき中年男性などが陽菜やエレンの腕を掴んでいた。


「どうなってんだっ!?」


 急いで二人に走り寄り、陽菜とエレンにまとわりつく男たちを蹴散らす。

 倒れた係の人たちも目が緑色になっていて……プールの奥から、同じ様な人が続々と現れる。


「ソウタ、キリがないよ! 召喚魔法を使っても良い!?」

「仕方が無いな。広範囲に効果があって、かつ直接ダメージを与えずに戦闘不能にするものを頼む」

「わかった! 任せてっ!」


 昼に禁止したばかりの召喚魔法の許可を出し、エレンが詠唱を行っている間に近づいてくる者を蹴り倒す。

 マリーが合流した所で、エレンの魔法が完成した。


『サモン、ドリアード!』


 エレンの言葉に応じる用にして、空中に描かれた魔法陣へ何度となく見た樹の精霊……じゃないぞ!?

 見た事も無い、枯れ果てた黒い樹木が現れた。


「エレン! これは……何だ!?」

「え? わ、わかんないよー!」

「――ッ! ソウタ、逃げてっ!」


 黒い樹木が枝を伸ばし、マリーの身体が捉えられる。


「させるかっ!」


 この樹木が何かは分からないが、人間でない事は確かなので、全力で攻撃し、マリーを捉えて居た太い枝を折る。

 今度はエレンに向けて枝を伸ばしてきたので、その身体へ届く前に手刀を放つ。

 樹木が怯んだように見えた瞬間、マリーが駆け、


「よくもやったなーっ!」


 全速力の飛び蹴りを放つと、黒い樹木が真っ二つに折れ、その姿が掻き消えた。

 そこを突破口にして逃げようと思ったのだが、


「……あ、あれ? どうして俺はこんな所に居るんだ?」

「……おかしいなぁ。仕事中だったはずなのに」

「……ねぇ、パパー。置いていかないでよー」


 周囲の人たちの目が光っていない。

 一体、何だったのだろうかと思った所で、俺はようやく気付く。


「陽菜は……どこだ!? 陽菜!? 陽菜ぁぁぁっ!」


 黒い樹木に気を取られている内に、陽菜が居なくなっていた。

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