第28話 幼馴染たちを守る元勇者

 マジかよ。

 俺の目の前でマリーが二人の男に絡まれ、思わず目を丸くする。

 そうか……日本では市民プールですら、こういうバカが湧いてくるのか。

 ティル・ナ・ノーグにこういうナンパ男みたいなのが居なかったから、本当に驚かされる。


「ほら、俺たちと一緒に来ると楽しいよー。そっちの黒髪の女の子も一緒においでよー」

「ヤダ。ウチはソウタと一緒に居る」

「結構です」


 俺が驚いている間に、二人の男が陽菜にまで声を掛けてきた。

 よし、死刑だな。


「ほらほら。こんな冴えない男よりさー、俺たちの方が絶対に……」

「うるさい。今ならまだ許してやるから、早く俺たちの視界から消えろ」

「……あぁ!? お前、誰に口聞いてんだ!? いっぺん死ぬか!?」


 マリーと陽菜を俺の背中に隠した所で、いかつい顔の男が殴りかかって来た。

 その拳を、あえて人差し指一本で受け止める。

 手で受け止めて、そのまま拳を握り潰しても良いんだけど、先ずは力の差を見せつけ、諦めさせてみようと思う。


「……なっ!? 指……だと!? ど、どうなってんだ!?」

「純粋な腕力の差だ。最終警告だが、どうする? 腕は二本あるから、二人同時に相手出来るぜ」

「……ちっ! クソがっ!」


 作戦が見事成功したようで、月並みな捨て台詞と共に、男たちが去って行った。

 しかし、いくらここが大きなプールだと言っても、ナンパなんて海ですれば良いのに。

 市民プールは小さな子供とかも居るんだから、変な事はして欲しくないのだが……あ、海にも子供は居るか。

 一人でそんな事を考えていると、マリーが俺の腕に抱きついてくる。


「キャー! ソウター! 怖かったー!」

「いや、棒読みだし。絶対に怖いとか思ってないだろ」

「まぁ、ね。だって、ソウタが守ってくれるって分かってたし」


 いやいや、俺が守るとか以前に、マリーへ指一本触れる事すら出来なかっただろう。

 俺とマリーは共に前衛だったけど、スピードは圧倒的にマリーの方が速かったしね。


「ねぇ、ソウタ。ここに凄くキュートでセクシーな女の子が居るのに、私には一切声が掛けられなかったの?」

「……声を掛けて欲しかったのか? エレン」

「そういう訳じゃないし、あんなしょうもない男たちについて行く気もないけど、何て言うか、視界に入って居ない感じがして、すっごく不愉快だったんだけど」

「いや、エレンの考え過ぎじゃないかな? 気のせいだよ」

「うー。ねぇ、ソウタ。ソウタは私の事を可愛いって言ってくれるよね?」

「はいはい。可愛い、可愛い」

「雑っ! 日本へ来てから私の扱いが、ちょっと雑過ぎない!?」


 何故か何の被害も受けて居ないエレンが不機嫌になっているけれど、一先ず何事もなく済んで良かったと、ホッと胸を撫で下ろしていると、


「ねぇ、颯ちゃん。さっきの……何? 指一本で、さっきの怖そうな人のパンチを止めちゃったけど」

「あぁ、さっきの男は見かけ倒しで、全然強く無かったんだよ」

「そ、そうななんだ。そんな風には見えなかったんだけど、颯ちゃんが強くなったのかな? もう高校生だもんねー」

「あ……それはもしかして、あの頃の俺と比較してる? 流石に成長もするし、やめてくれよ」


 陽菜が懐かしむように俺を見て……って、俺と陽菜は幼馴染だからね?

 そういうのは、親とか親戚のオジさんとかが向けてくる目だと思うんだ。


「ちょっと、ソウター。何の話ー? 昔話ならウチも混ぜてー」

「いや、マリーが知っている幼い頃の話とはちょっと違って……って、その顔は分かってて言ってるだろ」

「何の事ー? ソウター。ウチ、よく分からないけどー、とりあえず一緒に水浴びした時の話……」

「マリー。一旦、落ち着こう。な?」

「あとはー、雪山で迷子になってー、洞窟の中で暖を……」

「マリーっ! あ、そうだ。そろそろお昼ご飯にしないか? 焼きそばとか、ラーメンとか、いろいろ売ってるぞ」


 ご飯の話でマリーの意識を逸らす事には成功したけれど……急にどうしたのだろうか。

 マリーは性知識が乏しいから安心していたのに、今まで言わなかった、聞きようによっては誤解を生じる思い出話を急に喋りだしていた。

 ……もしかして、さっきの人工呼吸で変なスイッチが入ってしまったのだろうか。

 本能的にそういう知識に目覚めた?

 それとも……あ、あの俺の部屋にあるお宝本を読んだから!?

 変な事にならなければ良いのだが……と思いつつ、食事を済ませてプールを堪能する。

 そして、楽しかったプールからの帰り道で、事件が起きてしまった。

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