挿話2 ハーフエルフの少女

「マリーさん、行ってしまわれましたね」


 フローラが、女神様の力で勇者ソウタの居る世界へと旅立ったマリーの居た場所を見つめながら、ポツリと呟く。

 私は……どうする? どうしたい?

 ソウタが元の世界に想い人が居るのは知っている。

 だけどソウタは、人間からもエルフからも半端に扱われて居た私を救い、居場所を与えてくれた人。

 出来る事なら、私だって一緒に行きたい。

 だけど、ソウタの世界ではエルフどころか、魔法すら存在しない世界だという。

 それはつまり、異端扱いされる事を意味する。

 この世界に居れば、魔王を倒した者の一人として、人間やエルフから受け入れられるかもしれない。

 これまで憧れて来た、社会というものに入れるかもしれない。

 ソウタに救ってもらう前の、誰からも必要とされず、何もしていないのに疎ましがられる私に戻ってしまうかもしれない。


「……フローラ。何故、魔王の消滅を望んだの? 貴方もソウタの事が好きだったはず。行かなくて良かったの?」


 私の問いに、フローラが少しだけ表情を曇らせたが、


「そうですね。エレンさんの言う通り、私はソウタ様を愛しておりました。ですから、ソウタ様が魔王を倒して平和にしてくださったこの世界へ、二度と魔王を復活させない事こそが、私からソウタ様への愛の証なのです」


 そう言って、すぐにいつもの頬笑みを浮かべた。

 深いなぁ。

 ソウタがこの世界に残してくれた平和を守る事が、ソウタへの愛だなんて。

 私に同じ選択が出来るだろうか。

 いや、考えるまでもなく無理だ。

 いつも寝る時にマリーがソウタの傍に居るけれど、本当は私だってくっつきたい。ソウタと喋りたい。そして、ソウタと愛し合いたい。


「……女神様。私が悩んでいる内の片方、『勇者ソウタをこの世界へ戻して欲しい』は、何故叶えられないのですか?」

「勇者ソウタの希望と反するからです。誰かの願いを妨げる願いを叶える事は出来ません」


 改めて聞いてみたけれど、やはりダメだった。

 となると、やはりもう片方の願い、『勇者ソウタの世界へ行きたい』を叶えてもらうしかないか。

 大丈夫……だよね? きっと何とかなる……よね?

 女神様へ願いを叶えて貰う事をためらっていると、


「エレンさん。先程エレンさんが仰った質問……実は私、半分しかお応えしていません」

「……ソウタが好きって事しか聞いてない?」

「はい。ソウタ様が倒してくださった魔王を復活させない事、これが愛の証である事は本心ですが、本当は私だってソウタ様の元へ行きたかった。出来る事なら、何もかもを投げ出して、今すぐにでも行きたいんです」


 フローラが私を見つめながら、凛とした声で胸の内を語る。

 よく見れば、フローラの身体が小さく震えていた。

 きっと我慢しているのだろう。ソウタに会えなくなってしまった事を。


「エレンさん。後悔しない選択をした方が良いと思いますよ」

「もしかして、フローラは後悔している?」

「その質問は反則です。お答え……出来ません」


 そう言った直後に、フローラから一筋の涙が零れ落ちた。

 しまった……余計な事を聞いちゃったか。

 フローラには悪いけど、このやり取りのおかげで、私の意志は固まった。

 行こう、日本へ。

 一番じゃなくても良い。二番や三番でも良いから、一生ソウタの傍に居るんだ。


「フローラ、ごめん。私、行ってくる」

「……そうですか。では一つ、エレンさんが知らない、ソウタ様に関する事を教えてあげます」

「私、ソウタの事はいつも見てるから、そんな情報無いと思う」

「実は私、ソウタさんに夜這いをした事があります」

「――ッ!?」

「ですが日本に好きな女性が居るからと、やんわりと、しかし断固として断られてしまいました」


 そんな……フローラはこのパーティで、いや王国でも一、二を争う程の美少女で、おまけに胸も大きいというのに、断られるの!?


「相手の女性は強大ですよ。エレンさん、異世界へ行くのです。生まれ変わったつもりで、積極的にソウタ様を押した方が良いと思います」

「ありがとう……頑張ってみる」


 そうは言ったものの、私は既にソウタの倍くらいの年齢だ。

 忌み嫌っていたエルフの血が半分あるおかげで、ソウタと見た目はあまり変わらないけれど、この年齢でマリアやフローラのように押すのは抵抗がある。

 だけど……ううん。異世界で、私は変わるっ! この世界の為に、行けなくなったフローラの為にも、変わるんだっ!


「女神様、決まりました。私を……勇者ソウタが居る世界へ連れて行ってください!」

「エレンの願いを叶え、勇者ソウタの居る日本へ行くと、もう二度とティル・ナ・ノーグには戻って来れません。宜しいですね?」

「はい、構いません」


 力強く応え、私を奮い立たせてくれたフローラに礼を言うと、途端に視界が真っ白に変わる。

 白い光に包まれ、何も見えないけれど、女神様の声が届き、日本で住む家の事や、お金の話なんかをしてくれた後、


「今から、勇者ソウタが望んだ、勇者ソウタが十六歳の世界へ到着します。エレンもマリーも、勇者ソウタに合わせて十六歳となるので気を付けてください」


 女神様がとんでもない事を教えてくれた。

 十六歳!? ソウタと同い年!?

 願っても無い好機! 私は……見た目も中身も変わるんだっ!

 ソウタの一番になるためにっ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る