第11話 アルシェの苦悩、そして家出?



 今、私はなぜかジエット君に手をつながれて、彼が居た執務室から外に連れ出されそうになっている。


 自分がなぜ引っ張られそうになっているのか…それは仲間の下に行くためだ、扉のノブに手を掛けようとしたジエット君の動きがピタっと止まる。


 


 どうしたのだろうと思っていると「そういえばアルシェお嬢様のお仲間の方々が行かれたという鑑定屋の場所などは聞いてますか?」そう聞かれたので、首を横に振る。


 


 彼らも特にその時はどこに行くと決めての行動じゃなかったのだと思う…もちろん手近で見かければ見てもらおう…そのくらいの気分だったと思うのだ。


 


 ジエット君にそう伝えると「そうですか…」そうつぶやき、扉を開けるのをやめ、自分の執務机の引き出しから、あるスクロールと地図を持ち出してきた。


 


「それってもしかして<物品探知ロケート・オブジェクト>?」


 


「よくわかりましたね、そうなんですよ、私の主は魔導に精通してるだけでなくスクロール作成にも力を入れてるんですよ、なので先程在庫として支給されているスクロールの使用許可を取っていたんです。」


 ジエット君は本当に嬉しそうにその雇い主?なのだろうか…?その人のことを尊敬しているのだろう、その人につながる話になるとあの頃とは別人のように明るい表情で話を聞かせてくれる。


 


(あの時より今のジエット君の方が見ていて、こっちも安心できる、あの頃と変わったんだって思えるな)


 


「主が勧めるような調べ方をしてたら、いくらスクロールがあっても採算が取れなくなるので…私用で使うのはいつも1つか、多くて2つ程度なんですがね」


 


(いくら自前で生産できると言ってもそんなに大量にどんな魔法を使うんだろう? スクロールって確かそんなに高い位階の魔法は封じることはムリなはず…)


 


 そんな感想を抱いていると、手に持ったスクロールで<物品探知ロケート・オブジェクト>を発動させる。


 


 そうすると机に広げた帝都の地図でどのお店にいるのか判明したようだ。


 


「ちょうどよかった、みなさんご一緒にいるようです、クリスタルグラスは一ヶ所に集まっているようですね。やはり鑑定屋で足止めを食らっているみたいですが…、すぐに行きましょう。」


 


 そう問いかけ、こちらを振り向いたかと思うと私に手を差し伸べている。


(一緒に行こうということだろうか…やっぱりあの頃と変わったかな? ちょっと自信が出てきてるみたい、いい人達に恵まれたんだな)


 


 そんな風に思いながら、彼の手を取る。


 先程、自分の家族に対して言われたことの不安が少しは和らいだ気がした。


(それでも彼には彼の生活がある、フルト家の問題に巻き込むべきじゃない。)


 


 そんな思いを胸に、「今は仲間の安否確認だ。」と2人で店を飛び出して行くことになってしまった。


 


 この建物に入って一番驚いたのは部屋を飛び出す際、彼が鑑定室長の代理として呼び出した者の名前だ…ジエット君…彼は、たしかその男の名前をよく出し…学園内で肩身の狭い思いをしていたはずだ…それが何でそんなことになっているのか…その疑問が頭を埋め尽くし、仲間のことよりそっちに思考を奪われてる中、ジエット君はあの頃と全く違う声でその相手に指示を出していた。


 


「それじゃ、私はちょっと出てくる。戻るまでの間、ここの鑑定室長代理の方はまかせたぞ! ランゴバルト。」


 


 そう指示を出すジエットに対し「わかりました、お任せください。」と静かに従うかつての「いじめっ子」彼らの間になにがあってそんなことになってるのだろうか?


 


 建物の敷地外に出るまでジエットに手を引かれるまま、呆然として状況がつかめず、混迷を深めていくアルシェはそのまま彼に引っ張られるように着いていくばかりで、ただただその横顔を見つめていた。


 


 

                ☆☆☆


 



 ヘッケランは正直に言うと、迂闊だったと後悔している…適当に歩いてるうちに見えた「よろず鑑定いたします。初回ご利用の方の鑑定代無料!」の看板に引き寄せられ、気軽に入ってしまったのが間違いの元だったと思うも、今更どうすることもできないでいた。


 初めは相手側の対応も普通のモノだった、丁寧な受け答え、特にこれと言った悪い印象は受けなかった、しかし「鑑定してもらいたいモノがある。」と言ってイミーナと2人で例の「ペアのクリスタルフグラス」を鑑定してもらう旨を依頼した。


 


 しばらくすると、受付の人がなにやら呼び出され、担当が交代したかと思ったら、その相手はずいぶんと姿勢が低くなり、思いっきりへりくだるような態度、今にも手もみでもして近寄ってきそうな態度で奥に通され、とりあえず鑑定を待つまでの間…という話で結果待ちをしていたのだ。


 


 どう考えても、もう結果は出ているだろうと思っても「今しばらくお待ちください、もうすぐしたら結果は出ると思いますので…」と言われ、引き伸ばされていた。


 


 少しその状況に「早まったかな、キャンセルして帰るか?」と思っていた時、飲み物が自分達3人にだけ、振る舞われた。


 名目は「鑑定に時間がかかり、お待たせしている間、大変申し訳ないので、こちらからせめてものお詫びです、お代は必要ありませんので…どうぞ。」とのことだったが、どうにも胡散臭さがぬぐえない。自分の前に出されたものがすでにグラスに注がれた状態で出てきたのも怪しいと思ったのだろうイミーナが「私たちのことは気にしないでいいので先にそちらでどうぞ?」と返す。つまり先に毒見をして見せろ…と暗に言っているのであるが、それを気に留めずに店側の人間はそれを了承して自分たちがそれを飲み干した。


 


 ただの水なのでご心配なさらず…と言いながら、今度は空のグラスを3つ出され、中は冷えているのだろう、水滴が周囲に浮かんだピッチャーが持ってこられ、生活魔法である<水質浄化>の魔法まで使い、自分たちに再度、注いで振る舞う。


 


 ここまで来たら、さすがに断るのも…という空気になるのは仕方ない。とはいえもう少し考えるべきだった、振る舞った者達が見守る中、さすがに抵抗力を上げる魔法を使うなど常識で考えてそんな事をするのは失礼とロバ―も一口飲むことにしたようだ。


 イミーナもそれに対して大きめの声で「それじゃ、もらいますね、いただきまぁ~す」と言っている間にヘッケランは小声で<肉体向上>と発声させ、武技を発動させて飲むことにした。


 


 その瞬間、飲んだ2人がテーブルに伏せるように前のめりに倒れ込んだ。


 自分は<肉体向上>の効果で、耐性が上がっていたのだろう、無事レジストできたようだ…グラスを持ってきた女性の顔が微妙に揺らいだ気がしたが、すぐにその色も消える。


 


 これはやられたな…と舌打ちするものの、怒鳴り散らしたところで、鑑定に出してるものは恐らく返してくれるかどうかはわからない。


 イミーナ1人なら、ロバーと両側を支えながらでも退店もできようが、自分一人でイミーナとロバ―を抱えて店を出るなど難しい、帰ってきてすぐ鑑定屋を目指してきたために鎧を着用してたのも悪かった、ロバ―の体格と防具の重量ではさすがに抱えて歩くのも難しい。


 


 店側とコトを構える場合、寝ている仲間を守り切りながら戦うなど、それができるかが不明のため、下手なこともできない。


 


 これは2人が起きてくるのを待つしかないか…と思うも、揺り動かそうが叩こうが、起きないのだ…これは強めの眠り薬だな…と判断する。


 水の方は浄化されているのだから、残る手段は、コップの底か、内側の全体に塗り付けられていたのだろう…用意周到な事だと変な意味で感心していた。


 


 


(さて、どうするか…)そう頭の中で対策を講じているとなにやら店の方が騒がしいようだ、なにかのトラブルかなにかか?どうやらこのお店に来たのは完全に失敗だったようだな…と自嘲するも状況は変わらない。


仕方ない、あのグラスはあきらめるか…結果は気になるところだが、こんな対応をされるあたり、返したくはないだろうし、教えたくもないのだろう。


 


(どっちにしろ、ロバーデイクの持つ物と、アルシェの持つ物がある、最悪の場合は自分らの2つは事故だったとあきらめるか…)


 


 そう思い直そうとしていると…扉の外から怒鳴り声が聞こえてきた。


「ヘッケラン! ロバ―! イミーナ!」いつも聞きなれた仲間の声だ! 「ここだアルシェ~!!」と叫び、店員たちを突き飛ばし扉の外に姿を見せる。


 


 すぐさまそれをアルシェに見つけてもらい、部屋に躍り込むように彼女が入ってきたが、ヘッケランもしまった!とまたも軽率な行動をしたと反省する。


 アルシェが部屋に入った時には店側の人間が眠っているロバーデイクとイミーナを人質にとるようにして、首筋に刃を突き立てていた、いつでも…どうとでもできるぞ。…と


 


 顔を青くさせる2人…その後ろから、冷静な声が聞こえた。


 


「この鑑定屋はずいぶん手荒な真似をするようですね、魔術師組合に通報でもしなければいけませんか?」


 


 アルシェが振り向いて、その声の主の名を呼んだ…どうやら知り合いらしい。


 


「ほぉ…ずいぶんな若造がえらそうな口を利くじゃねぇか、できるもんならやってみな? この店から出られれば、の話だがなぁ??」


 


 と自分達には「人質が居るんだぞ」という脅しをかけてくるも、そんなことを意にも介さずにその少年と青年の間くらいの男はこう返した。


 


「まぁ、私個人はあなた方が人質にしてる方々とは面識がないので、どうされようと痛くもなんともないんですがね?…それよりも私と敵対するのであれば、この帝国でどんな目に合うか、教えて差し上げることもできるんですよ?」


 


 自信があるように、どこか「結論は決まっている」とばかりに酷薄な笑みを浮かべるが、相手も負けてはいられないとばかりに即座に返答する。


 


「面白れぇ、どんな目に合うか、おもいしらせてもらおうじゃねぇか!!」そう言って襲い掛かってきた者たちからアルシェをかばうように1歩前に出ると、目の前に1枚の書類をみせる。


 


「なんだよ?こりゃ~? こんなもんで俺たちを~~… ・・・ ? おぉ???」と段々顔色が悪くなってくる。


 


「今あなた方にお見せしている書類はもちろん、<転写>の魔法で複製した者です、元の書類は別の所にあるので、破ろうとしても無駄ですよ? まぁ破ったところで事実は変わらないので…、さてと…どちらに通報されたいですか? 魔術師組合ですか? それともその書類の人の所でしょうか? …あぁ、その人の耳に届くという事は、もっと上の人の耳にも入るかもしれませんねぇ…そうなったら、通報されての処罰では済まなくなる可能性もあるかと思いますが?? 「粛正」とか…お望みだったりします? もしここで、その人達を解放して、鑑定してるものを戻してくれるなら、不問に付しますが…いかがでしょうか?」


 


 すらすらと、脅しとも言える言葉を「いつも言い慣れてる」とばかりに叩き付ける様をアルシェは目の前で見て「そうだ、そんな一面もあったんだった。」と久しぶりにジエットの性格を思い出していた。


 


 彼個人は大抵の場合、争いごとは好まない、腕っぷしが強くもない、魔法が優れてるわけでもない…それでも自分が譲れないなにかのために体を張るときは、どんな状況も利用する子だった、そう…それがたとえ自分自身の命を差し出すという前提が必要だったとしても…だ。それはきっと今も変わってないのだろうと改めて実感していた、その力をふるうのが大切な幼馴染みのためであったり、大切な人のためであったりなどした場合に…昔は弱者である自覚を持って、貴族のいじめっ子に対し「貴族である」というプライドを利用して「自分なんかに本気を出したら家名に傷がつきますよ?」の切り札を使ったりして、窮地をしのいでいたのを懐かしむように思い出せていた。


 


 それが今は…誰が彼の後ろ盾をしているのだろうか?


 


 アルシェからすれば忘れられない、いまだに苦しめられている言葉をまさかジエット自身の口から聞くことになると思わなかったが、まさか「粛正」などという言葉を意図的に使うという事は、もしかして…という可能性も考えるも、まさか…と即座にそれを否定する、なにより、彼にはそれに至るだけのコネもなにも存在しないのだ、会おうとしても叶うはずのない天上人。まさかあの相手が、後ろ盾なはずはない…。


 


 あの書類にはどんな内容が書かれていたのだろうか?


 


 そんなことを思っているうちに、いつの間にか、店の者達みんながみんな、「こいつが言い出したんだ」だの「お前が薬を用意したんだろぉが!」だの見苦しい言い争いをしている。


 


 それを見て、先に進まない今の状態を呆れるように見ていた彼はこう告げる「物も彼らも返していただけないなら、本格的にこのお店を「精査」してもらう方がお好み、ということでよろしいですか?」


 


 その一言が最後のトドメになって、彼らは無事に解放された。


 そして鑑定中のクリスタルグラスも戻ってきた、もちろん最初はニセモノを用意していたようだが、魔法も使わずになぜかそれを見破った彼は「ニセモノで私を騙そうとするなら…どういう結果になるか、わかりませんか? 私がこれで騙されたふりをして帰ったりしら…その後のあなた方は、どんな目に合うでしょうね?非常に楽しみです。」


 


 そう呟いたら、本物が返された。


 


 今までの彼を、見ていると、今の彼がどこまでの存在になっているのか非常に気にかかる。


 


 その視線に気が付いたのか、ジエットは「仲間が無事でよかったですね。」


 そうニコっと微笑むと、用意した書類を素早く丸め、専用の筒に入れて懐にしまい込んだ。


 


 準備をしていたのか、<覚醒アウェイクン>のスクロールを使い、ロバ―デイクを目覚めさせ、イミーナを左右で抱えるようにして帰ることになった。


 


 


                   ☆☆☆


  


「なぁ?あんた何者なんだ?」


 もっともな質問がヘッケランから届けられる。


 


 今、フォーサイトの面々が居るのは、ジエットが鑑定室長を務める鑑定屋の執務室だ。


 


 イミーナはこの執務室に来てすぐにジエット氏が用意した<覚醒アウェイクン>のスクロールで目を覚ましている。


 


 彼もヒマがあってアルシェの助けを買って出ていたわけではない、戻ってくれば普通に仕事はあるのだ。


 いくつかある仕事を片付けながら、彼は「別に何者でもないですよ? ただの平民出の成り上がりなだけです」と平然と答えていた。


 


「それにしちゃ、いろんな荒事に通じ過ぎてやしないか?」


 


 そういうヘッケランに何を言ってるのだろう?とばかりにそれに対する答えが返ってくる


 


「あぁ、あんな対処、昔からしてましたよ? まぁ程度の差こそあれ、今は非常に頼りになる後ろ盾が居ますからね、大事な人や大切な何かを護るためにだったら私はどんな手段でも使います…例え「虎の威を借る狐」と呼ばれようともね。「自分の実力で勝負しないのか」なども言われますが、私の武器はいくつか使えると、そして学院時代に巡り合えた大切な友人たちだけですから。」


 


「みなさんにだって、みなさんなりの得意分野はあるんでしょ?」


 


「まぁ、そりゃ~な…そうじゃなけりゃワーカーなんかで生き残れやしねぇよ」


 


「でもよくわかったわね、本物と偽物の違いなんて…」


 


 起きてから事の顛末をアルシェやヘッケラン、ロバ―デイクから教えてもらっただけのイミーナ…。ロバーデイクは起きてからのことしかわからないが、偽物を見抜いた現場は見ていた。


 


「あぁ、それは私の主…学院を卒業しても取るに足りない実力しかなかった私を高く買ってくれ、取り立ててくれた方からもらったこのメガネのおかげですよ」


「右目のレンズと左目のレンズで効果の違う魔法が封じられていてですね、こっちのレンズでは見ただけで鑑定ができるんですよ」と、こともなげに片目を指さして言う。


(あぁ、初めの時、鑑定するときにメガネをいじってたのはそういうことだったのね)…とやっと納得したアルシェ


 


「なんだよぉ、そりゃ! えれぇでたらめなマジックアイテムじゃねぇ~か!」


 


「まぁそうですね、普通ならそうなんですけど、我が主はそこらへん浮世離れしていて、これを「就職祝いだ」って言ってポンとくれたんです、なのでそういう印象はあまりありませんね。」


 


「あぁそうだ、ゴタゴタしてて言い忘れてた、ヘッケラン、ジエット君が私の水晶玉と、みんなのクリスタルグラス、まとめて買い取らせてほしいんだって」


 


「はぁぁ?? なんでそんな話になってる? どうせ安く買いたたかれるんだろ?」


 


 ヘッケランが警戒していると、「コンコン」とノックの音がした。


 


 室長の「どうぞ」の声で入ってきたのは何故かこんな店には到底、似つかわしくないメイド姿の女性。


「遅くなりました、ジエットさま、我が主の命により、言われていたものを届けに参りました。」と恭しく腰を曲げる。


 


「あぁ、待ってましたよ、ちょうど今、その話をしていたんです、それをこの者たちに…」


 と室長であるジエットの言葉にメイドは1つ礼をして答えると、楚々とこちらに歩み寄り「こちらになります」と言って金貨が入っているらしい革袋をいくつかワゴンに乗せたまま目の前に持ってくる。


 


「それではジエットさま、お見積り通り、500の金貨を4つ、そして1500分の金貨、こちらは額が大きいので1000金貨分をプラチナ貨に替えて残りの500金貨と共に入れてあります。」


 


「あぁ、ありがとうございます。 主である御方にはいつも助けられておりますと、お礼を申し上げてくださいますか?」


 


 礼を言うジエットに「かしこまりました、たしかにお伝え致します。」

 そう言って「優雅」という言葉しか出てこない仕草で、礼をとるメイドの姿。

 少しの間、その場違いな光景に4人が見とれていた。

 


 全員がぽかんと口を空けて呆けている。 金額の大きさもそうだが、このメイドはジエットの雇い主のメイドなのだろうか…下手な貴族…いや、大貴族だってこんな美しいメイドを抱えるなど出来ないだろう程の「洗練された美」を見た目だけでなく所作から言葉使いに至るまで、完璧ではないか?そのような感想に思考を割いているうちに、ワゴンごと、メイドが執務室から出て行ってしまった。


 


 フォーサイトたちの目の前にあるのはそれぞれ金貨の入った革袋、それに加えてアルシェの前には1500帝国金貨分の入った革袋も共に置かれている。


 


 みな一様に「ゴク…」のノドを鳴らしながら見つめていると「どうぞ、お改めください。」とジエットの声にようやく我を取り戻し「あ、あぁ…」と短く答え…袋の中身を数えていく。


 


 信じられないことに本当に言った分の額が入っていた。


 


 アルシェはジエットに言われていたのでそのクリスタルの価値は知っている、だからそこまで驚きはしなかった。とは言え、まさか1000すらも超える額を準備されるとは思っていなかったのだ。


 


「ホントに何者なのよ、あなた…」そう言うのが精いっぱいのイミーナに対してもジエットの言葉はさっきの通り、平坦なものだった。


「私は単に平民の成り上がり…真にこれだけの力を示せるのは、それだけの「力」を有している御方であればこそですよ。」


 


「それに私の今回の行動は損得ではありません、私の人生の上で決して軽くはない程の「恩」を学院生活が終わるその時まで与え続けてくれる環境を用意してくれた、アルシェお嬢さまのため、というのが一番の理由なので、みなさんは恩返しの余波に巻き込まれただけ、という感じだと思っていただければそれでいいと思いますよ?」


 


そう言うと「「「アルシェお嬢さま?」」」と、声をそろえてアルシェを見つめてきた。


 


「なになに、どういうこと? アルシェ、あの人とどこまで行ってるの? どういう知り合い?」


 完全に女子トークムード全開で詰め寄ってくるイミーナ。


 


「なんだよぉ~、こんな大富豪をサポーターにしてるような「いいお相手」がいるんなら、これからの人生安泰って感じか?」


 と、からかい半分のヘッケラン。


 


「神は、苦難と同時に相応の恩恵も準備されていた、とういうことですね、二人に祝福を…」


 と、ロバーまでなぜか悪ノリをし始めた。


 


「そういうノリ、ホントに勘弁してほしい…」


 顔を伏せて、赤くなっている表情を隠すのに注力しているアルシェにはそういう言葉を言うしかできず、その赤くなっているのが「彼」への照れなのか、悪ノリ自体への照れなのか…それとも「お嬢さま」呼びされていた事実を仲間に知られてしまったことに対するものか…それとも全部か…アルシェ自身にもよく分からなかったが、とりあえず好意的に受け止められたことにより全員一致で水晶玉共々、クリスタルは買い取ってもらうことになった。


 


 


 


 最近、帝国でも少しずつ名が売れ始め、徐々に勢力を増してきたこの商会、まだまだ知名度は少ないが、それでもこの商会の闇の部分を知る者はジエットも含めて人間の中にそのすべてを知る者は数えるまでもなく約一名を除いて、居ないだろう。


 初めは王国での情報収集のための方便…だったのだが「ウソから出た真」という言葉もあるように噂が噂を呼び、結局のところ名前が売れすぎてしまったため、それを真実にするしかなかった背景を持つこの商会の名前は「イプシロン商会」


 その責任者であり、リアルで言えば代表取締役の存在は名目上「イプシロン」のF(ファミリー)・N(ネーム)を持つ、娘の父親、といいうことになるがその姿を見た者はいないほど謎に包まれた人物である。


 


 さらにはその上、地位で言えば理事、もしくは会長とでもいうべき立場に居るのが、この帝国でも屈指の実力者、魔術師組合程度では〝その個人〟を取り込むことはおろかその者に逆らえるものなど、帝国…いや、この大陸基準では存在しない「人外」とも言えるその人物こそ『主席宮廷魔導士』の呼び名で呼ばれる者。


 少なくともこの帝国で、その名を出していいと認められてる人材など数少ない…ジエットはその内の一人であり、アルシェを救う際、使った書類、そこに書かれていた内容はそういうことだとはフォーサイトの面々でさえ全く気づきもしていない事実である。


 


 


 


 もうすでにかなり陽が落ち始めている時刻、そろそろ…と店を出ようとするとジエットから「お嬢さま」と呼び止められる。


「もぅ…いい加減に他の人が居る時にその呼び方はやめて」というと「努力します。…アルシェさま?」と返されるも…(やっぱりそこはぎこちなくなるのね)と思ってしまった。


 


「近いうちに貴族ですらなくなった家の…その名前も捨てることになる、だから私のことは普通に『アルシェさん』でいい。それか呼び捨てにする?」


 


「あぁ、ハイ、それじゃ、アルシェさんで…」


 


「まぁ今はとりあえず、それでもいいけど…ところでなに?」とアルシェが問いかけると「これを…」と言ってウエストポーチを持ってきた。


 


「そんな大金を持ってブラブラと夕刻を歩いていたら危険です、それを腰に巻いて、ポーチ部分を背後に回せばベルトのようにしか見えないでしょう、マントで隠れますしね」


 


 そう言って腰に巻いてくれる。


(変なところで強引になってるけど、名前の方が遠慮深いのはなんでだろう)


 


 そう思っていると「ポーチの中にあるメモは後で読んでください。」と、ポーチを腰に巻き付ける際に、小声で伝えられた。


 


「わかった…」とこちらも小声で返していると「いいな~、アルシェだけぇ…私達には無いんですねぇ~?」とイミーナ


 


「おいおい、俺が送ってくんだからそんな危険はあるわけないだろぉ~?」とヘッケラン。


 


「お二人ともそれくらいにしてはどうです?あまりアルシェを困らせるべきではありませんよ?」


 


 


 ジエットとアルシェは2人で思わず見つめ合い、笑ってしまった。


 


 そうだ、はたから見れば確かにひいきしてるようにしか見えないだろう、ジエット自身はたしかにひいきしてるのだが…アルシェの方はそう思っていない。親切になったな、程度である。


 


 


                ☆☆☆


 


 


「なんでクーデとウレイがどこにもいない? 家に居ないのはどういうこと?」


 アルシェは商会から出てすぐに実家の屋敷にやって来ていた、仲間と別れ、自分の家のことくらい自分で決着をつけるために来たのだが、一足遅かったようだ…。


 


「あの二人はもう居ないさ、今までの借金をナシにする代わりに、借金した額と同じ金額で買い取ってもらったんだ。」と悪びれもせずにそう言い放つ父親に嫌気がさす、イヤ、かなり前から嫌気はさしていたのだが、今回で決定的になった、もうこの家には居られない。


 


 貴族として生を受け、貴族として育ったが故に、それ以外の生き方を知らず、「娘という者は両家との縁を結ぶための道具、もしくは高く売れるならそれに越したことはない。」という認識から離れられずにいる。


 


 ある意味で言えば父も被害者なのだろうが、この件に関して言えば、妹たちを「2人とも売り払った」と言っているのだ、アルシェからすれば許せるはずもない。


 


「なぜもっと時間を伸ばせなかった? 何のために私がずっと返済してきたのか分かってるはず! 借金をすることを辞めないとまた同じことになる!」


 


 そう叫んで最後の忠告をする、それに少しでも理解があれば、まだ救いもあったのだろうが…


 


「なにを言っている、そうなったらお前が働いて返すのが筋だろう? 誰のおかげで今まで生きて来られたと思ってるんだ?」と、さも不思議そうに、落ち着いた声で言われてしまった。


 



 もう我慢の限界だった、これ以上「生きている限り」家のために金を稼ぎ、装備も新しくそろえることもできず、ずっと同じまま…


 少しはおしゃれも取り入れたいと思っても、すぐまたこいつらが借金をして私の金を当てにする…そして、返しているのはこっちなのに、こいつらは感謝はおろか「当然」と思うほどの愚かさ…


 もう今までどれだけ返済してきたろうか…


 生まれてから、今まで育ててもらった私にかかってきた金額を考えてもその倍以上は支払っているという確信はある。


 


「もういい!私は家を出る!フルトの名も捨てる! 妹たちは絶対に探し出す!もうこの家にお金も入れない! 借りた分は自分達で返すといい!!」


 


 もうこの家には一分一秒でもこれ以上居たくない!


 


 そう思い、扉を感情の昂り相応に乱暴に開けると、誰かに扉がぶつかったような気がする。


 


 執事か…それとも最後まで残ってくれていたたった一人のメイドの彼女だろうか?そう思うも、誰も居ない。


 


(誰かに当たったような気がしたけど…)


 


 そう不思議そうにしていると父親が止めようとここまで来ようとしているのが見えた、まだ自分の娘にすがろうというのか…とイヤになり、足早になっていく。


 


 父親にすがられる前に扉を強く閉め、鍵をかける。 中からも開けることはできるので時間稼ぎでしかない。


 


 家に来る途中に執事として残ってくれた1人と、使用人として最後まで残ってくれたメイドの彼女に…と思い、用意していた2つの革袋にそれぞれ金貨を幾枚か入れておいたものを取り出し、すれ違いざま「ずっとこの家でよくしてくれていたお礼の気持ち、今までありがとうね。 早めにここを辞めて次を見つけて?」と伝え、家から飛び出していく。


 


 


 家を出てからずっとイヤな気配がついてきている気がする。


 


 恐い…後ろを振り返りたくても怖くてできない。


 


 足運びを速めても離れてくれてる気がしない…近づいてる気はしないが、付かず、離れず、といった感じで一定距離を保っているようだ。


 


 


 何も根拠はない、横を向き、後ろを視界に収める程度にしても、背後には人の姿はない…ただただ、夕闇から暗闇になりかけている、薄暗い夜道だけだ。

 なのにナニかが後ろを着いて来ているのを勘が教えてくれてる気がする。


 


 今日はなんでこんなことばかり…妹たちも探す必要があるのに…手がかりだけでも親から引き出してればよかったか…いや、教えてはくれないだろう…自力で何とかするべきか…


 仲間をこんな時ばかり都合よく頼るのはいい行動だとは思えないし…と思いながら夜になった道を早歩きで進んでいると…


 


 


「「お姉さま!!!」」


 


 


 聞きなれた声が後ろから聞こえてきた。


 


 幻聴だろうか?


 


 さっきまで何も見えなかった、恐ろしかった背後を振り向く…すると、愛しい妹たちが居た…


 


 


 目の前がよく見えない、にじんでる気がする、もっと妹たちの無事を確認したいのに…それでも涙があふれてきて止まらない。


 これは夢?


 それとも幻?


 自分に都合よく見せられている悪いイタズラ??


 そう思いながらも、恐る恐る近づいていき、確かめるように「たしかにそこに居る」という実感を得ようと、2人の妹たちにすがる。



 気が付くと妹たちも私に…私も妹たちに抱きつき、もう離さないと…、ずっと一緒だと…そう涙声で告げていた。


 妹たちも「私たちも一緒! ずっとお姉さまと一緒~!」と泣きながら抱きついてくれていた。


 


 


 この温もりは離さない。


 


 


 そう思いながら、ポーチに入っていたメモの内容に想いを馳せていた。


 


 


「いつでも困ったら頼ってください、私が返したい恩はまだまだあんなものじゃ足りていないのですから。」


 


 


 学院時代に「天才」と勝手に呼ばれていたのは知っていたが、その当人にあこがれを抱いていた少年が実は意外にそばにいたということなど全く想いもしていなかったアルシェは「恩返し」という言葉を、その言葉通りに受け止め、もし彼の母親に迷惑だと思われるようならすぐに出て行こう。


 


 そんな風に一度、結論を出したら足取りは軽かった。


 

____________________________________________________________________________

 


 やっとなんとかここまで来られました。


 あとはフォーサイトの面々が墳墓の依頼をどう受け止めるか…ですね。


 書籍版での「仕方のない理由」も、この話のこの時点では解決してしまってるようなものですし…


 さて、どういう展開にしよう…


※ちなみにこの世界線でのスクロール作成は、両足羊だけではありません。

 トロールも数体捕獲して、その皮をはいで、再生したら、またはいで…の繰り返し。


 トロールの皮は大体第3 状態がいいレアものの皮なら第4の可能性もある程度…という捏造設定で進めます。

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