第10話 アルシェの混乱
フォーサイトの面々は、ようやく、帝都アーウィンタールへと到着した。
みんなはどうするのかとアルシェが聞いたところ、ヘッケランとイミーナはこの前の領主の館で言っていたことを半分本気で言っていたようだ、これから2人で、あの総クリスタルのコップを色んな場所に持ち込んで、鑑定してもらうらしい。
鑑定してもらってから、あらかたの相場を確認後、高級宿や、貴族たちなどがよく使うレストランなどに行って売りに行くつもりだと言っていた。
「ロバ―、お前も一緒に来るか? おまえの分も確か、持ってきてるんだろ?」
「それもいいですが、どうせ売り込みにいくのなら、『ペアグラス』の方が受けはいいと思いますよ? 3つだと中途半端に見られてしまいませんか?」
少し呆れ顔でそう告げると、意にも返さないように
「ペアグラスはペアグラスで売ればいいのさ。その代わり、ロバ―も一緒に来て物欲しそうにしてるやつがいたら、俺らが売るのより高く売ればいいんじゃないか?」
ロバ―デイクの肩に肘を乗せて、体を預けるようにしているヘッケランがさも、悪友を遊びに誘う時のような笑顔を向けていた。
「そう言われても、お金お金で、目を曇らせるつもりはないのですが…」
と難色を示すロバ―デイクにヘッケランは真剣な目をしてこう返す。
「人助けをするのにも、まず自分自身が余裕ある生活でなければ、人に充分な助けを差し伸べてやることもできないぞ?」
そうロバーデイクに言い聞かせながら
「このクリスタルグラスがそれほどの高額になるとは思えないが、物は試しだ、価値がなくて売れないなら、それはそれで自分用に使っていればいいじゃないか」
その言葉を受け止め、ロバーデイクは「ふぅ」と1つため息をつき…
「道中、一緒に付き添うだけですよ?」と短く…諦めたようにアルシェを振り返り「すみませんね、そういうことなので、この2人に同行していきます。」
「うん、みんないってらっしゃい」と笑顔で見送り、まるで2人に付き添う保護者みたいだなぁ~…などと思いながらロバーデイクが角を曲がったところで、アルシェも「物は試し」と言っていたヘッケランの言葉に後押しされ、帝都にある魔術師ギルドに行くことを決心して、道を歩いていく…
もちろんヘッケランたちのように、売り飛ばすつもりはなかったのだが、なんとなく気になったのだ、タレントで見た感じ、魔力の波のようなものは見えなかったが、普通のクリスタルのグラスと見比べてもどこか、異質、というか、違和感がぬぐえなかったからだ。
(元々、この「目」は
「でもこの違和感の正体が知りたい」
その一心で歩いている内に気づいたら、目的の魔術師ギルドにまでたどり着いてしまっていた。
ルーズィンタールでは、魔術師ギルドのように魔法的な付与をされた品を鑑定してくれるお店まではなかったためにこの違和感を払拭することができなかったが、この帝都なら鑑定してくれる店なら何店舗かは知っている。
その中でも定評のある建物にまで来た。
(ここで鑑定してもらって、ダメだったらきっと私の気のせい…それでも、これをサラっと渡してくれたあの人(?)の好意は決して忘れない。)
そう力強く頷いて、扉をくぐる。
☆☆☆
中に入ると、掃除の行き届いた清潔な店内、入口を入るとすぐに受付があり、受付嬢がにこやかに笑顔を浮かべ、言葉をかけてきた。
「いつもご利用ありがとうございます。 本日は当店にどのような御用向きでしょうか?」
恐る恐る、受付までたどり着くと、身に着けた装備から、
「本日はスクロールのご購入ですか?それともマジックアイテムのご購入でしょうか? 魔法付与されたスタッフやワンドなどの取り扱いもございますが?」
そう笑顔で用件の確認をしようとする受付嬢に、そのどれもが違うと告げ、持ってきた水晶玉をカウンターの上に置く。
「これの鑑定をお願いしたい」
それだけ短く言うと「これは何かのマジックアイテムか何かですか?」と受付嬢が聞いてくる
「私もその点が知りたい、だからこのギルドが一番信じられると思って持ってきた、鑑定のお願いはできますか?」
それだけお願いすると受付嬢は「少々お待ちください」とだけ告げ、奥に引っ込んでしまう…誰かに確認を取りに行ってるのだろうか?
カウンターを目の前にしてしばらく立っていると、先ほどの受付嬢が再度現れ「どうぞ、こちらに…」と言い、奥の部屋へと通されてしまった。
訳もわからず入ってしまったが(鑑定だけしてもらえれば、問題ない)そう結論付け、先頭を歩く受付嬢がとある扉の前に立ち「どうぞ」と扉を開けてくれる。
(???普通に鑑定に来ただけなのに、こんな対応って普通のものだったかな?)
そう不思議に思い、指定された部屋に入るとやけに若い声が出迎えた「ようこそ、おいでくださいました。 久しぶりですね、アルシェお嬢様」
☆☆☆
いきなり、名前を言われて驚いたが、よく見ると、どこかでみたような顔だった。
でも顔は知ってる、どこかで会っている、それは確かなのだが…と悩んでいると、やや苦笑したその男性が自己紹介をしてきた。
「改めて、当店のご利用感謝します、私もあれから貴女を目標にしてここまで来られました、全部アルシェお嬢様のおかげですよ。」
そうニッコリと微笑み、そっとかけていたメガネを外し、懐から眼帯を出してそれをかけた…その瞬間、記憶が高速に呼び覚まされ、目の前の男性を思い出していた。
「もしかして、ジエットくん?」
☆☆☆
アルシェも、かなり面食らっていた、もう魔法学院時代のことは思い出したくもない想い出であり、師匠であるフールーダにも失望されて、(ワーカーになるためとは言え)第3位階習得を目の前にして退学を選んでしまったのだ。
今から思えば、家の環境として仕方ないとは言え、目をかけていた弟子が望まぬ方向に…しかもいつ、どんな状況で命を落とすかもしれないワーカーになるためという理由で学院を退学したのだ。
退学を選んだ今でも…、ワーカーでいくらお金を稼いでも、あの時と状況が変わらない今の自分に自嘲気味の笑みがこぼれる。
それでも、今、目の前にいる男の子は、最期まで…いや、今までもずっと、どうしてるか気になっていたのだ。
それが今、目の前にいる。その懐かしさに過去のイヤな想い出も吹き飛び、思わず喜びの声を上げてしまう。
「どうして? なんでこんなところに? あれから大丈夫か心配で…彼女にはアナタのことは頼んでおいたけど、今はここで働いてるの?」
思いがけず訪れた知己との対面に、自分の中にしまいこんでいたモノが一気に噴き出してしまった。
それを受けた「ジエット」と呼ばれた少年がおもむろに眼帯を外し、再びメガネをかける。
「えぇ、おかげさまで、学院生活では色々ありましたが、危ない時にはアルシェお嬢様の親友のあの人にはずいぶんと助けられました。」
「お嬢様はよしてよ、私はもう、そんなんじゃないわ」と少し照れながら返す。
「そういえば、これ知ってましたか? お嬢様が学院を出てすぐ、私の力になってくれてた彼女…生徒会長になったんですよ?」
「え? フリアーネって会長になったの? それはすごいこと…!」
…などという昔話に花を咲かせていたが、ふと気づいてアルシェが会話をやめる。
「あ、ごめんなさい…つい懐かしくてはしゃいでしまったけど、仕事中だった?」
「あぁ、かまいませんよ、今の私は鑑定する部署の責任者ですから」一応…ですけどね、と軽く片目をつぶり愛嬌のある笑顔を向けてきた。
「でも大丈夫だったの? あれから…その…あの件は誰にも?」と、アルシェはかなり遠回しに、言いにくそうにジエットに心配の言葉をかける。
「えぇ、会長が色々と気にかけてくれて、危ない時は助けてくれてましたよ、それもそう頼んでくれていたアルシェお嬢様あってこそです。」
「なんかえらい持ち上げてくれてるけど…」と苦笑気味に、それでもはにかみながらの笑顔を浮かべ「それならよかった。」とホッとした表情をしてくれた。
「まぁ、その心配事の原因を「とある方」がすごく評価してくれましてね、お抱えの…と言っていいのかな?、まぁそれなりに生活できるようなお給金までくれて、母の病気も今はすっかりいいんですよ?」
と、ここまで言ってからジエットという少年が真剣な顔をしてアルシェに問いかけてきた。
「アルシェお嬢様…じゃなくアルシェさんと言った方がいいでしょうか? フルト家の方は『あの時の』心配は、当時も今も変わってないんですよね?」
そう核心をつかれ、蒼褪めた顔になる。
「え? ジエットくん何故それを?」
「これでも学院を卒業して、こうして責任ある仕事をしてますからね、帝都でも時々は…ね、小耳にはさむことがあるんですよ。」…と暗い声で彼は返す。
「そう…なら仕方ない…ね、でも、私もそろそろ限界だと思ってる、近いうちに妹たちを家から連れ出して、どこか安全なところで平穏に過ごそうかとも思ってた…」
「あの時の、ご恩返しになるかはわかりませんが、自分が力になれるなら、よければ妹さん達を家で面倒見させてくれませんか?」
「え? それはダメ…、ジエットくんにまで迷惑をかけられない…」
そう力なく返すも、正直、家から連れ出しても、きっと私の所持金は、借金のために右から左…、妹を連れ出したら残りは親が返すべき!ということにしても、先立つものがない。
そう悩んでいると…「アルシェさんは僕のことを卑怯者にさせるつもりですか?」といきなり…しかし静かに問いかけられた。
言われた意味が解らず、「え?」と意味を量り兼ねていると
「アルシェお嬢様には、たくさんの恩をもらいました、その恩を返さないのでは、私は卑怯者の、恩知らずになってしまいます!」
「でもジエットくんにも家族はいるはず…そんなことは…」
「じゃ、ずっとワーカーで、いつどんな危険が訪れるかもしれない仕事を?」とジエットが問いかける。
「今度の依頼で、引退するつもり…」とか細い声で答えた。
「そう…ですか、よければ、鑑定の前にその話を聞かせてくれませんか?」
☆☆☆
……気が付いたら、きっと…彼でなければ話すつもりもなかったような話を、全て吐き出すように話してしまっていた。
「それなら、なおのこと、私を見出してくれた主に相談してみなければなりません、うまくすればきっとすべてうまくいきますよ」と嬉しそうに言ってくれた。
「え?? え?? なんで? どこをどうすれば、そんな話に? 今さらあの人たちは変わらないと思う…」
とアルシェが、困惑しているとジエットが先程よりも真剣な顔をして、アルシェを見据え、選択を迫った。
「アルシェお嬢様は、どちらかを選ばなければならず、必ず片方は失うことは避けられないとしたら…妹さんたちをとりますか? 両親をとりますか?」
「もちろん! 妹たちの方が大事!」
ホッとしたような笑顔で「良かった、それならきっと大丈夫ですよ。」と保証してくれる。
「さっきからすごい自信だね、本当になんとかしてくれそうな感じでウソでも安心できる…」
と返すとジエットは心からの笑顔で答える。
「知ってますか? 学院生活時代から私の「目」のことを評価して、そして雇ってまでくださった方は皇帝以上の絶対者ですよ?」
思わぬ言葉に、不意を突かれ、笑ってしまう。
「ジエットくん、いくらなんでも言い過ぎ…、そんな人いるわけない…」と、そう返答はしているが、それが例えウソでも少しは気持ちが軽くなったような気持ちになれ、薄く笑うことができた。
「そうですよ、そんな「人」居ないことは当たり前です、でも私の主人は別格なんですよ」
冗談だか、ホントだかわからない表情で言われてしまった。
☆☆☆
かくして、鑑定をお願いしてもらったら、意外な言葉を言われてしまった。
「アルシェお嬢様、この水晶玉を、数日お借りしてよろしいですか?」お借りする代金は500金貨をお支払いしますから!」
「えぇ?? 500? 数日貸すだけで?ウソ…だよね? 冗談…?」
「いいえ、冗談じゃありません、からかってるのではない証拠に今、即金でお支払いします。」
と、じゃらりと革袋にいっぱい入った金貨…を目の前に置かれてしまった。
「それで、お嬢様、ひょっとして、この水晶玉と同じ材質の物とかって、持ってたりしてませんよね?」
とかなり真剣な表情で聞いてくる…なんでだろう、これって、そんなにすごいものなの?
「一応…これ…なんだけど…」
とコトっとクリスタル製のグラスを1つ、テーブルに置いた。
すぐさま、彼は<
「やっぱり…」とつぶやいた。
「え?え? なにか? それ、そんなすごいもの?」
「まぁ…すごいことはすごいですよ、これは…なにしろ、劣化しない、落としても割れない、かなり高位階の魔法でないと壊せませんし、放っておいても曇りもせず、浄化の必要もない」
「え?なにそれ? ウソ…よね?」と問うと…
「おそらくアダマンタイトの剣先で削ろうとしても、一筋の傷もつかないでしょう。これはそういうものなんです。」
「えぇぇ~…じゃ~これをもし売ろうとしたら、どうなるの?」
「コップくらいなら、価値を知らなければ多少高いくらいの値で買い取ってくれるでしょうが…」
「魔法鑑定などされたら、まともなお店なら、店から帰しても、返してももらえないでしょうね。」
「私のチームメンバー、みんなそのコップ持ってて、さっき、売りに行くって…その前に鑑定して相場を調べてから売るようにするとか言って、出かけたんだけど…。」
と言うと、慌てた表情になり、その部屋の奥に水晶玉を置きに行ったかと思うと、なにやらごにょごにょと独り言を言ってる雰囲気がして…出てきたかと思ったら私の手を握って駆けだした。
「その人達、もしかしたら、困ったことになってるかもしれない、探しに行こう!」
鬼気迫る表情で言われてしまった。
なにがなんだかわからない状態で、訳の分からない展開に投げ出され、すっかり私は混乱の中にいた…。
「彼はどこに行こうとしているのだろう…」
今、それを考えても答えは出ないだろうことはわかっているが、ついそう考えてしまいながら、彼に手を引かれるまま、部屋を飛び出す形となり、仲間を探しに行くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます