第03話 -序章- 拝啓、闇の中から


…………ボクはどうなったんだろう……


 自分の目が開いてるのか、閉じているのか、何か見えているのか見えていないのか…?

 見えるものはどこまでも深い闇しかないので、ひたすら真っ暗だ。


 闇が見えているのか、それとも視界自体が閉ざされているのかの判別もつかない状態なのかもしれない……。


 まさか職場の人間に命を奪われることになろうとは思っていなかった…。

 意識を失う前に、重い衝撃が頭に走った…それは覚えている、しかしそれからはわからない…気がついたら、今の状況だ…きっと自分は『あの世』って所にいるのだろう……


 


 


「証言する」そう約束した矢先なのに…助けにもなれない自分に、無力さ、歯がゆさ、悔恨、ありとあらゆる気持ちがない交ぜとなって自分を蝕んでいく。


 


 


 


 ………もっと自分が強ければ…もっと決断力も行動力も、人に一目置かれるようなカリスマや、説得力でもあれば、もっと自分は違っていたのだろうか?…


 


 もしそうなら、力が…もっと自分を長く生き永らえさせるだけの力があれば…憧れのあの人に厄介な種を押し付けることもなかったのだろうか…


 


 


 


 あぁ……そうだ…結局、あの人にも…ちゃんと謝れてなかったな。


 


 自分のことを心配してくれて、リアルに送り出してくれ…「また会えますよね?」


 そう言ってくれたけど、自分はそんなギルド長にも、大したことは言えなかった。


 いつも優しく、両者の意見をとりもって、中間のいい具合の落としどころをうまく提案してギルドをまとめていた人だった…「魔王」というロールプレイで、ひたすら人を楽しませるために尽力していた人だった。


 

 


 自分がギルドを離れる時、「ギルドから離れることになっても、僕らの絆は【アインズ・ウール・ゴウン】の絆は決して消えたりしませんから、いつでも帰ってきてくださいね。

 アカウントさえ消さなければ、ギルドの指輪で、拠点には入れますから。装備は売ったりせずに宝物殿に保管しておきます、心配しないで、戻りたくなったらいつでも戻ってきてください。」


 


 

 そう言って笑顔(のモーション)を浮かべて手を振ってくれたモモンガさん…結局あの指輪、返しそびれちゃった…『ユグドラシル』の最終日には返しに行こうと思ってたんだけどな…


 


 


 


 …そういえば、最終日って、今日だったか……


  


 


 最後に一目、逢って、話して、今までのお礼、言いたかった…


 


 結局、自分がギルドを離れた時は、数人しかギルドを辞めてなかったけど、みんなどうしてるだろうか…


 


 半分の20人くらい残って、あの円卓の間に、最終日だからと集まっていたのだろうか…?


 だが、そうすると、あの映像は何だったのだろう…円卓ラウンドテーブルに拳を叩きつけていたモモンガさん…あれは一体、どんな気持ちでそんな行動をしていたのだろう?


 もしかして、たった一人しか残らなかったのだろうか?


 それなら…1人でも…

 モモンガさんのそばに居てあげられたら…どれだけいいか…ギルド長という立場であっても人一倍、仲間を大事にする人だったし、気を使ってくれる人だった。


 ナザリックに攻め込んで来るプレイヤーには容赦なく「魔王」としてのロールプレイをしていたっけ…でも、本当は心の優しい人だというのはギルドのみんなが知っていた。

 



 そんなとりとめのないことを思いながら、自分はどうなっているのだろうか?と思う。


 意識は朦朧として、何も見えない世界。


 そんな闇の中で、地面に横たわってるのか…宙に浮かんでいるのかすらよくわからない空間で、ふと考える。


 さっき自分が発した…かつての思い出深い、最期の一言を言い終えて、全ては終わり、自分は…全て「無」になったはず…そう考え、そこに漂う自分の身をそのまま投げ出した。


 


 …きっとこのまま闇(光?)の中に溶けてしまい、あとは何もわからなくなるのだろうと…そう覚悟して「その時」を待っていた。

 


 


 …待って……


  ・

  ・

  ・


 ……? 


  ・

  ・

  ・


 ………??? 


  ・

  ・

  ・


 ……あれ??


 


 


 

 いつまで経っても自分という存在の認識が無くならないことを感じ、不思議に思う。


 


 と同時に「まさかこのまま、この何にもない空間で、ひたすら永久にこのままなのか?」なんて不安を思い浮かべ、だんだん恐怖になりかけていた頃、頬のあたりにピチョンと…水滴のようなものが当たった感触に気づく。


 


 


 あれ?っと思い、目を凝らしてみると、どうやら洞窟のようだ…


 光が差し込まない空間だったため、今まで気が付かなかったのだろうか?

 

 イヤ、でも今は薄暗いが普通に自分の周りの状況は確認できている。


 ということは、さっきまで自分は目を閉じていたということか…


 あれ?


 でも確か、薄暗い路地裏で…穴沢に…汚水を…それでダイブマシーンに…



 しかし、今は、どこにもその「路地裏」らしき雰囲気は感じられない、ジメっとした洞窟、少し血なまぐさい感じは何となく感じられるが、それだけだ。


 どこにも人の気配はない。

 


 実はあのままどこかに攫われて、監禁?

 …それにしては体は自由にされたままだし…と思い体を動かしていると、手の動きが変だ…というより腕そのものが変だ…


 


 


 


 暗闇だと思っていた洞窟内で、徐々に目が慣れてきたので、色々と見えてきた…と思って安心しかけたのもつかの間、自分の腕が自分の物じゃないことに気がつく…


 


 あまりの衝撃にどうなっているのか悩み始めるが、どうやら見た目も、中身も自分の思う通りに動かせる「自分の腕」だという確信は持てた…しかし見た感じ、そしてそもそもの身体としての造り全体が人間のモノでは無くなっていることに気づく。


 


 


 「え?どうなってるのこれ? これって、バケモノじゃないの? 人体実験? 改造手術? いやいや、そんな特撮ヒーロー好きのあの人じゃあるまいし」


 


 …と思いつつも、「夢じゃないよな?」と考え、頬をつねろうとするとなぜか口をつまんでしまった…え???? あれ?ここって頬があった場所だよね?なんで口があんの?


 次に、首の後ろを触ってみる…そこにもやはり口、それだけではなく、さっき感じた通り、その口には牙がビッシリと生えており、少しでも力を込めれば切れたり刺さったりしてしまいそうだ…と思ったが、それは自分の体なので、どこの口も自分の意に添わず動き出すなんてことはなく、自分を傷つけることもなかった。



 さらに言うと、首の後ろの接続端子自体もどこへやら、消えてしまっていた。



 なにがなんだかよくわからないまま、とりあえず縛られてるわけでもないし、外に出てみよう!


 ここがどこかは分からないが、もし見張りとかが居ても、この姿なら驚いてくれるかもしれないしな…なんて現実逃避+超ご都合主義的思考で、不安という要素を塗りつぶし、外に出てみた。


 


 


 


 ………夜空が広がっていた。


 


 



「なんだこれ? これって、あれじゃないの?ナザリックの第6階層で見たのと同じ夜空じゃないの?」とか思いつつも、周囲が木々に囲まれている中、自分が記憶して、見知っている「森」の景色、風景と全く違う場所だということに思い至る。


 ココは、かつてのナザリックの森ですらなく、かつ自分が居た世界の夜空でもないことにようやく、事ここに至り困惑する。


 


 


 それはその通りだろう、リアルでは夜だってこんな星は見えない…たとえ雲がない日だって星座なんてものはおろか、星の1つも見たことはないくらいに、どんよりとした…よどんだ大気の世界だったのだ…と思うと、その時になって初めて気づく…。


 


 外出用のマスク、汚染された空気を少しでも吸わないように、とフィルター代わりとして身に着けていたソレがどこにもないことに気が付く…


 


 自分が元居たリアルでは、呼吸するのにも専用の器具を身に着けずに生活などしていれば、数年と待たず肺の病に侵される。


 


 一度、病にかかれば、病院にかかれるほどの裕福な家庭など、アーコロジーに住むような人種でなければ難しい。


 


 


 


 病院に行くためには、お金が必要で、お金を稼ぐためには仕事をせねばならず、仕事をしていると、病院には行けない。


 


 アーコロジーに住めない者たちからすると、給料をもらっても、病院に行けるほどの資金は貯まらないのだ…薬だって法外なことも当たり前。つまりあそこに住めない者は「病=死」と同義なのである。


 


 


 


 であるのに、今はそれを防止するための器具、呼吸するために必要なものを,身に着けなくても「空気が美味しい」というのがわかる。


 


 


 それだけでも異常事態だ。


 


 


 ココがどこなのか?自分はナニになってしまったのか?ここでも自分はあっけなく生を終わらせてしまう程度の存在なのか…


 


 考えることが多すぎる…先ほどの楽観視という名のご都合主義はナリをひそめ、頭を抱えたくなっていた…というより現在進行形で、頭を抱えている。


 


 


 


 頭を抱えて初めて理解したことだが、頭のあらゆるところに口がある…なんとなく気がついてはいたのだが、認めたくなくて目をそらしていた…


 防具も何も身に着けていない自分を見下ろすと、体中に口があるこの身体は見覚えがあった、「ユグドラシル」のプレイで使っていたアバターだ…


 


 


 自分の名字をもじってつけたアバター名だから、よく覚えている、たしか「ベルリバー」だったか…うんたしかそう…と納得する。


 


 


 


 そして、かつて「異形種」を選んでしまった自分はこっちの世界ではどのような位置づけなのだろうかと、かなり不安になる。


 


 かつて、【ギルド】アインズ・ウール・ゴウンに入るきっかけだったのも「異形種狩り」というPK(プレイヤーキル)が流行っていたせいで、何度も人間種には襲われてきたのだ。


 


 あの時みたいな想いはもぉしたくない、だがこの見た目では、どう言い訳しても化け物だろう。


 


 


                   ★


 


 


 少し時間が経って、落ち着いて自分の現状を確認する余裕も出てきた。


 そして、ザっと見た感じ…手荷物も持ってない。


 アイテムなんか持ってないだろうしな…アバターの姿で放り出されたようなものだけど…、今自分が居るココは…どういう場所なんだろう…?


 景色もいい、空気もうまい、どこも汚染されていない世界がこんなにも美しく、感動させられるモノだとは生まれて初めて実感として心に湧き上がるものがある。


 とはいえ、ここで生活するための日用品はおろか、身に着けるモノも、武器も防具もなくってどうするんだ、これから先…、それよりもまずこの姿で普通の服とか着てたら違和感すごいんじゃないだろうか?


 


 なんてだんだん余裕のある思考になって来た頃、仕方ないからとりあえず歩いてみるか…と半ば自暴自棄気味にやけになって歩き始めた。


 


 


 どのみち、帰り方も…帰れるかどうかも、人に戻れるかどうかもよくわからないのだ…この森で隠居生活しながら、人目につかず、おとなしくしてるのも、しばらくは楽しいだろう。


 


 


 


 ……と、思って落ち着いたら、だんだん問題が持ち上がってきた、たしか自分の異名は【大喰らい】だったはず…ここって食べられるものあるんだろうか?


 


 これだけ自然豊かなら、木の実くらいは食べられるだろうが、この世界には毒の入った木の実とかあったりするのだろうか? ない方がいいな、というか、自分の毒無効の耐性はこの世界でも有効なのか?


 


 などと物思いにふけっていると……夜の闇の中、自分のどこに目があるのかはよくわからないが夜目はどうやら効くようだ…問題なく道を進むことができていた。


 


 それとも目などはなく、感覚器官みたいなナニかで、情報を総合的に統合して処理しているのだろうか?


 


                 


                  ★


                  


 


 


 自分一人だけなので、ついついとりとめのないことを考えながら進んでいくと…目の前に巨大な建造物…というよりも朽ちている…と言った方がいいだろうか?



 …イヤ、これはそういう表現でも当てはまらない、なんとも形容しづらいモノが見えてきた。


 


 …きっとそれは「建造物」でもないのだろう…なにしろ建設途中で「うまく行かないからや~めた!」的な空気がぷんぷんしてる様相で、打ち捨てられているのである。


 


「ん~~…まぁ、こんな森の中で、こんなでかい建物作ろうとしても無理だろうし、これを造ろうとしたヤツは何をしたかったんだろう…とりあえず、雨露くらいは防げるか」


 


 そう判断して、とりあえずの居場所として、そこを起点としようと決めた。

 


「おじゃましまぁ~す」と、独り言のように誰に言うでもなく挨拶をして入ってしまうのは人間だった時のクセがまだ残っているのだろう…さすがに誰も居ないとは思うが念のためというのもある。


 少し様子をうかがってみるも、誰かが出てくる様子はない…


 ここはやはり、無人なのだろう…。


 


 中へと入って上を見上げると、空が丸見え、景色はいいが雨でも降ってきたら遮る屋根すらない…そこら辺を歩いてまわり、板切れを見つけると、軽くジャンプしてみる。



 かなり上まで飛びすぎてしまった。



 

 何度か試し、やっと手ごろな高さに跳躍することに成功し、そこにその板切れを乗せて置いてみた、これで屋根代わりにはなるだろう。



 更に中に入ってみると、建築するのに使おうとしたのだろう道具がたくさん放置されていた、手斧のようなものから伐採用の斧、朽ちて捨てられたままのロープや、ツルハシといった具合だ。


 


 ノコギリもあるにはあったが、錆びていてどうしようもない、切れないだろうことは一目見てわかるので、何かの役には立たないだろう。


 


 


 


 とりあえず、護身用としてまぁ、まだマシな方である斧を持ち上げ「とりあえず新しいのが手に入るまでこれを武器代わりにしとくか」と装備して、数度の素振り…振り方は剣の扱い方だが仕方ないと自分をごまかす。


 


 いざ、戦闘になった場合は、防具もないし近接戦になる前に魔法で…とそこまで考えて、そういえば魔法って使えるのだろうか?とそこでちょっと興味がわいた…


 


 


 


 魔法って、どんなのが使えるのだろう…と疑問に思う。アバターが覚えてる物なら使えるだろうか?などと思い浮かべる中で結構な頻度で使ってた属性付与の魔法を試しに使ってみることにする。


 


 


 


 <魔化武装エンチャントウエポン炎属性フレイム>!魔法の使い方などはよくわからないが、なんとなくユグドラシル時代の名前のままで使えるような気がしたので使ってみたがどうやらビンゴだったようだ、持ち手の木の部分には燃え移らず、斧の部分だけに炎を纏わせているのがちょっといいかもな、とか思ってしまった。


 


 かっこいいのはいいとしてここは木造だ、燃え移るとここの森全体も危うい、炎はやめておこうと思い直し、<魔化武装エンチャントウエポン氷風属性フロストブリザード>を発動させ、問題なく発動することに満足してすぐにキャンセルさせる、特に攻撃する対象も居ないので、そのまま休むことにした。


 


 


 


 なにしろこの世界ではどんなものが食べられるものかの知識も自分にはないのだ、変なものでも食べて、腹でも壊したらたまらない…と、どこかまだ人間だった時のような認識が抜けきっていない鈴川…いや、この世界ではもう「ベルリバー」である。


 


 それに眠ってしまえば、腹が減ってることも忘れられるという経験則も手伝い、適当な大きさの朽ちかけた木箱の中に入り、中に葉を敷き詰め、丸まって眠ることにした。


 

 


 とりあえず今日の収穫は、間に合わせの武器が手に入ったことと、魔法が使用可能だということが分かっただけでも収穫だ。そう思い、明日はなにをしようか…などと考えながら眠りについた………




____________________________________________________________________________



 リアル世界での時間軸の流れ。


わかりにくいかと思いましたので、補足的に説明。

 

 ※ 2126年3月(仮) ユグドラシルのサービス開始。

      ↓

(1年5ケ月後、鈴川さん、ユグドラシルのプレイ開始)

   2127年8月(ダイブマシーンを購入)

      ↓(6年後、鈴川、社内で仕事内容に違和感)

   2133年9月(仮)(モモンガに相談)

      ↓(それから2年経過…)

   2135年9月(仮)(鈴川さん、自社で偶然?致命的な証拠発見)

      ↓(それ以外の証拠集めつつ、2年半後、汚職の証拠を譲渡)

   2138年3月末。(鈴川さんダイブマシーン購入から10年と7ヵ月目)

 ※ ユグドラシルサービス終了、及びその日に穴沢に襲われる。


(12年)2138年 4月1日。0時00分、ユグドラシルサービス終了。


 とまぁ、こんな感じの流れだと思っていただければ…幸いです。

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