無法の法

 結論から言えば『魔物化被害者の会』を受け入れることが決まった。

 信じるにあたり、予定通り魔女の屋敷に場所を移して幾つかの確認を行った。


Q:総勢30名の『魔物化被害者の会』の今の所在は?

A:山内に5つの小隊に分かれてテント生活、また一部の支援者が都内に残り物資の供給源となっている。


Q:『筆頭勇者』とは?

A:メディアを活用している勇者の集団、『魔物化被害者』にとって最大の脅威らしい。


Q:戦いが前提なら『魔物化被害者の会』の戦力は?

A:主事の長久手は格闘技に明るく元警官。その稽古を受けた毛利優子も相応の実力があり、他に各小隊に1人以上の信用できる戦力があるが、基本的に戦力に限らず保護しているので老人や戦闘に不向きな事情を持つ者も多い。


Q:……勝算は?

A:芳しくはないが、秘策はある。


「……気に入らないな。こちらは信用したが『魔物化被害者の会』からは信用を返さないのか?」


 元の木網とは言わないが、そう簡単に全て上手くはいかない。


「うわー……気難しっ。真央ちゃん一緒にいて疲れない?」

「いえ、その……セバスちゃんはいつも私のことをたくさん考えてくれているだけで……」

「……杉雄君だっけ? あんた、もう(て)出したの?」


 毛利優子が俺を睨む。

 もう一度言おう。俺は毛利優子が嫌いだ。


「優子君、話しの腰は折らないでくれ。洗馬君、君の言うことはもっともだが、必ず負けるとは言っていない。それに……」

「あぁ、そうだな……」


Q:『魔物化被害者の会』が『魔王の従者』洗馬杉雄と月影真央を信用する条件は?


 それはまだ明かされてもいないのだ。


「……随分言いにくいことなんだろう?」

「……ああ。身構えてもらった方がいい」


 俺は、初めて長久手の頬を汗が流れるのを見た。

 初見以上に冷静で頼りになる印象を受けていた長久手がそうなる。余程の条件なのだろう。それを『見せる』言った長久手は俺を待機する5つの小隊で1番人里に近いチームへと俺を案内した。


 案内の長久手の後ろについて歩く。


「……体重が……軽いね……」

「うわ……女の子に体重の話しはダメよー」

「……お前は例外だろ……」


 飛び乗った細身の枝が軽くしなり、その反動を乗せて次の枝に跳び移る。

 人間サイズのウサギと変わらない体重に人間の筋力を持っている故の行動だろうそれはまるで忍者の様な動作だ。


「随分打ち解けた様だね」

「あなたは、あまり目が良くないんじゃないか?」

「? あぁ、これは防刃眼鏡だ。安心してくれ、視力は2だ」

「……そうですか」


 薄々分かっていたが、彼には真面目すぎる欠点がある様だった。


 日の傾きを見るに、4時間が過ぎた頃には目的地は見えた。

 それは真央と数日をかけた道のりとほぼ同じ距離だったが、体力を測りながら歩速を早めていった長久手が息を乱すまで食らいついた結果がこの高速移動だった。尚、癪ではあるが跳んでいた毛利優子は息もきれていない。


……


「へぇ、兄ちゃんが? 俺はこの小隊を預かる鈴木健太郎(スズキケンタロウ)だ。スズケンで通っている元大工見習いだ。よろしくしてくれ」

「あぁ、よろしく頼む」


 気風良い挨拶につられて快諾する。

 鈴木健太郎の歳は24、5歳くらいだろう。大きく力強い手、身長は狼の様な尖った耳の手前で計測しても170センチはありそうで、なるほど確かに小隊を預けるに安心できる体格の青年だった。


 鈴木健太郎から小隊について説明を受けながら昼食を摂る。

 昼食はコンビニのおにぎりが2つに紙パックの緑茶で、どうやら長久手の言っていた支援と物資の供給はかなり太いパイプの様だ。森の中にある広めの平地、少し離れて二箇所に簡易テントがある。猫の耳の少年、カラスの羽をした少女、一見魔物化被害者に見えない気弱そうな青年。総勢10名が滞在するここは1番大きな小隊らしく、それは特別な役割を担う場所だからだった。


「……洗馬君、私達は国に人外と……『無法者』とされているが、本当にそれでいいのだろうか?」

「え?」


 長久手の言葉に俺はそれが来たことを感じた。

 彼は口下手だ。そんな彼が言葉を選び、いつになく周りくどい。そこに俺は『信用の条件=厄介事』の気配を確信していた。


「……必要でしょうね。俺たちはなんと言われても人間だ。人間は2人いれば社会が出来、社会にはルールが必要だと思います」

「……模範的な答えだ」

「……」


 少し、気に食わなかった。

 模範的という言葉に期待外れの意を見たからだ。


「俺は、今の人間のルールが間違っているなんて言いません。ただ、俺には譲れない事があった。まさに『無法者』ですし、人間から見れば『厄介者』です。人間社会と同じルールとは言わないが、殺生や盗みを起こさない為にもルールは必要にはなる。当たり前ですが、必要な事だからですよね。模範的でダメですか?」

「……いや、そういう意味じゃないんだ。これから私が言う事に君が模範的に答えられるかと不安に思っただけなんだ……」

「……」


 そう言って長久手は鈴木の目を見た。

 鈴木はうなづき、俺についてこいと言った。


「……なるほど」


 汗が流れた。

 全身の毛穴が全て開いた様に感じる。脈も早くなった。目は、彼から背ける事ができない。ついさっきまで、ここに来ることを拒んだという毛利優子に小言を言っていた事が今はもう口には出来そうにない。


「私たちのルールを決められるのは、人間であり魔物である君だけだ」

「なるほど……なるほど……くそ……」


 汗は止まらない。

 彼は腰を曲げて、だらりと長い手を膝まで垂らしていた。人間の肩にとってその手は重すぎるのだろう。毛に覆われ、鋭い爪を持つそれは、人間大に縮んでいるにも関わらず強烈な圧力を放つ。鋭い眼光、広い口から覗くどんな肉でも砕くだろう牙、開いた唾液腺から漂う野生の臭気。その生き物は、日本の昔話しにも多くの出自を持つ『強さの証明』、その腕と顔を持つこの者が如何に恐ろしいかは、いうに及ばない。


「頭が魔物化した場合、その者は人間の理性を持たない……」

「長久手さん、悪い。少し黙ってくれ……」

「……」

「なるほど……」


 何がなるほどだクソ野郎。

 好きな子の迫害? 無謀な逃避行? 命を狙う癌患者? はは、今までの全てが生ぬるい。そうか、これが俺に足りなかった覚悟だったのだ。守るため、我を通すため、そこに必要な覚悟がなにかをようやく理解した。


「何かを守るということは、それ以外の全てを壊すってことだ」


 道理で、世界は残酷なはずだ。

 そして、俺は今から残酷にならなくてはならない。俺は俺の言葉以外の全てを壊して、そういう世界を造らなくてはいけないのだ。


「長久手さん!! 他の小隊も含めみんなを集めてれ……1人、真央を残して全員をだ」

「!! ……分かった」


 長久手さんは、俺の意図を理解した様ですぐに行動してくれた。


……


 ルールとは、人が人らしく生きるためのガイドラインだ。

 法律は国によって違うし、個々の団体や会社でも規律は変化するし、それら罪と決まった事への罰の重さも一定ではない。


 俺たちは人間の社会に見捨てられた『魔物化被害者』だ。

 だから俺たちには『魔物化被害者』達が共に生きられる取り決めが必要で、しかしそれは魔物化被害者全てを容認できるほど優しくはない。


「集まったみたいだな」

「君の選択は模範的だよ。よく、決めてくれた」

「ええ……」


 熊の頭と腕を持つ男は俺を見て低い唸り声をあげている。

 本能で感じているのだろう。そうだ……俺はお前の敵だ。


「はじめてくれ」

「ぐおおおおおぉ……」


 彼と大木を結んでいたロープが切られると同時に、その足は俺に向かってきた。


 鞘を捨て刀を構えるが、ありがたい事に彼に躊躇は見られない。

 彼の突進は遅かった。走れこそするが、魔物化した頭と腕が重すぎるのだろうアンバランスな身体はさぞ不便そうだ。


「すぐに終わらせてやるからな……」


 彼の突進を回避/右腕のなぎ払いを屈んで回避/脇腹に一閃/服が裂け胴体から血飛沫が舞う


 ギャラリーの誰かだろう。

 女性の悲鳴が聞こえた。最悪の気分だ。


「!!」


 その時、彼の攻撃に変化が見られた。

 重い腕を振った反動を次の動作に利用したのだ。これにより彼の攻撃は両腕による連続攻撃と昇華され、さっきの様な隙はなくなってしまった。


右の爪を横に回避/左の爪をバックステップで回避/右の爪が空を切る


 最後の右爪の反動で距離を詰めた左爪を刀で受けるが、重量からなる威力に負けて身体が浮いた。


「ぐおおおおおぉ」

「勝ったつもりか? 悪いが……そうはいかない」


「うおおおおおおぉぉぉぉ」


 憂いを払う様に叫んだ。

 今度はこちらから彼の間合いに入る。


 駆け込み右爪の下を潜る/左爪の外側に回り込む/振りかぶった右爪を目視/


 大きく跳んで前屈みな彼の背中を転がり後ろをとった。


「すまない。お前も何も悪くないのにな……」


 勝利の確信。

 ざわつく周囲。思わず身体が強張り彼は姿勢を戻してしまった。だが、そのおかげで大切な事に気づけた。


「俺を見ろ!! 目を背ける事は許さない!!」


 叫んだ。

 そうだ。俺を見ろ。これは、儀式だ。俺たちのルールを生み出すための儀式であり、彼はその生贄だ。ならば俺たちには見届ける義務がある。


「ぐおおおおおぉ」

「おおおおおぉぉぉぉ!!」


 何かを感じたのか今までで1番早い突進だった。

 そして振り下ろされた右腕を俺は刀で受け、言った。


「いただきます……そして……」

「ぐおお!!?」


 彼の爪が刀に触れた瞬間、彼は体制を崩し膝をついた。

 折袖から盗んだ技『崩し』が成功したのだ。


「御免」


 刀を……突き立てた。

 彼の身体は大きく揺らめき前のめりに倒れた。辺りの土を赤黒い水が湿らせていく。もう、彼が起きる事はない。


 無駄にしてはいけないと思った。


「……聞いてくれ!!」


 叫んだ。


「俺たちは全てを救える訳じゃない。俺たちが生きる為、俺たちの世界が必要だ……ここに人間とは違う俺たち『無法の法』を作る……聞け! 我らは……人に非ず」


 沈黙の中、長久手の拍手が聞こえた。

 それを機に歓声が上がる。叫び、泣き声、数多の感情が音になり俺の周囲を渦巻いていた。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る