彼女と世界を天秤にかけるなら

 家から1番近い高校を選んだ。

 学力的にはかなり余裕があったが、真央を弁護する様な変わり者の俺にとっての“良い学校”は世界中を探してもない。それに、これはただのエゴイズムだが、少しでも彼女の近くにいたかった。


 高校はそんな俺にも少しだけ、楽しみがあった。

 この高校は剣道部が強いという事だ。今まで独学で身につけた俺の技術がどこまで通用するのか試したいという気持ちは小さくはなかった。


 剣道部が強いという事はそれを見るだけで分かった。

 広大な稽古場だった。稽古場は市の体育館と変わらないほど広かったが、それを埋めるほど沢山の部員がいて、入部希望者もそれに負けてはいない。つまり、この高校の剣道人気は今のぼり調子の最中、という事らしい。


「へぇ、身長あるね180くらい? 細いけど腕もしまっているし、何かしてたのかな?」

「……いえ、特には……身長もここ3年で急に大きくなったので……」

「へぇ、羨ましいな」


 受付にいた小柄な先輩の質問。

 これは木刀を振り回したり、喧嘩で鍛えた身体です。などと言えるわけがないので話を身長に移した。受付を済ませると今日は入部希望が多い事もあり、体験では先輩部員との一本勝負が行われた。


「へぇ、君が相手か。お手柔らかに頼むよ」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 相手は、先の受付の先輩だった。

 

「はじめっ」


 合図とともに先輩が足先に力を入れた。

 すり足。先輩のそれは確かに上手かった。指の力とは思えない力強さで距離を詰め、素早く竹刀の届く間合いにつけた。対して俺はすり足が得意ではない。素足でこそ発揮されるこの技は実戦でどこまで役に立つのか疑問に思っていたからだ。実際、これを使う敵とも打ち合った事はあるが、少なくてもそこで俺が扱った戦術と身体能力はすり足に勝ったから、五体満足でここにいるのだ。


「一本」


……


「君、強いね。まさか後ろに避けられるとは思わなかった。あの速さですり足をすれば大体間合いを錯覚させられるんだけどなぁ」


 見破ってしまえば避けることは容易い。

 この先輩と俺では頭ひとつ分もの身長差がある。下方から小手を狙う竹刀程度なら少し腕を上げれば当たらないし、一度引いて溜めた足を前進に込めればカウンター気味に攻撃を当てる事も難しくはない。


「おい部長、手を抜きすぎじゃないか?」

「!?」

「いえ、そんな事は……」

「あ? 全国行ったからって偉そうに……全国行くとOBに口答えまで出来るのかよ。え?」

「いえ、そんなつもりでは……」

「……」


 鬱陶しいと思った。

 古いしきたりとでもいうのか、規則、体制、暗黙の了解。どれもくだらなく、俺が1番嫌う無意味の類だ。


「そういうOBの先輩はどんな結果を出されたんですか? それだけの身長、サボらなければさぞ良い結果をお持ちでしょう?」

「あぁ!? 良い度胸だな」


 臨戦態勢。

 身長は190近く、強面な顔に似合う太い腕だ。よく見ると長さもある。懐に飛び込むのは困難だが、身長差がある彼の振り下ろしを下から弾き返せるとは思い難い。と、なると縦でも奥行きでもない勝負、横の勝負に出るしかない。


「一本」


 その決着は容易についた。


……


 軽く踏み込んで誘った。

 OBの先輩が振り下ろした竹刀を横に避ける。後は、その竹刀に俺の竹刀をあてがい彼の手首に向けて滑らせれば良いだけだ。


「あんた、隙だらけだったよ。そんなデカイのに、随分羨ましくないね」

「ちぃ、今日は調子が悪かっただけだ。お前……顔覚えたからな」

「ふん……」


 特段、その脅し文句に不利益は感じなかった。

 その程度には彼は弱く、力の差を感じたからだが、それは俺を見た周囲も思っていたらしい。


「君は、なんなんだ?」

「え?」


 剣道部の部長は、俺に懐かしい目を向けた。

 あの日に見たよく喋る目だ。


「未経験……は嘘にしても無名とは思えないよ」

「……」


 後で知ったが、部長は新聞にも取り沙汰されたことがあり、その見出しでは超高校級と銘打たれた剣士だった。つまり彼に勝ち、OBにまで勝った俺もまた超高校級の実力と言えるのだが、そんな人物が今まで無名と言うのは確かに気味が悪い事だ。


 彼らの目は一様に色がなかった。

 思考は止んでいる。認める気がないのだ。その目が探しているのは俺が化け物である可能性、俺を嫌う理由だけだった。そして、群衆の1人がそれを嗅ぎつけた。


「思い出した!! こいつ、洗馬杉雄だ。あの魔王の幼馴染みだ!!」

「ひっ!!」


 真央の事を蔑んだ呼び名に思わず殺気を飛ばしたのがいけなかったか。

 いや、既に手遅れだったのだろう。膝から崩れた男を見て群衆の目はいよいよ濁りきった。


「あいつが洗馬?」

「だって部長だぜ?負けるかよ素人に……OBの人だってあんなにデカくて強そうで……」

「だよな……」

「やっぱり、あいつも化け物なんじゃないか?」

「……」


 口論をする気はなかった。

 無駄と知っているからだ。それよりも新鮮だった。当事者として邪推を浴びる感覚、汚水(憶測)を巻き込んだ濁流(多数決)にでも飲み込まれるかの不快感を得て俺はやっと、真央の気持ちを知れたのだ。


「全員でやれば勝てるか?」

「馬鹿、とりあえず先生と警察呼ぶんだよ」

「……俺はそれでも構わないが、お前らは全員喧嘩が出来るのか?」

「……っ!!」


 算段すら幼い連中だ。

 彼らはリスクが嫌いだ。自分が傷つかない時にしか攻撃しない。だから、危険が迫れば無力だ。俺を化け物と定義し、排除を決めたにもかかわらず、少し脅しただけで花道を作る。


 もう分かった。

 いや、本当は随分前からそのつもりだったのだ。この世界に魅力がないなんて言わない。しかし、月影真央と比べれば俺にとっては色褪せるものばかりだし、色褪せないものを探す気にさえなれなかった。だから、もう良いのだ。兼ねてからの願望に勇気を吹き込もう。


「世界が彼女を捨てるなら、俺は彼女を選び世界を捨てる」



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