第20話 「…おまえ、るーちゃんを前にすると、別人みたいだな。」

「…おまえ、るーちゃんを前にすると、別人みたいだな。」


 シャンパン片手に、ナッキーが呆れた顔をした。


 陽世里と頼子ちゃんの結婚パーティー。

 俺は、ワインレッドのミニドレスを着たるーを、直視出来ずにおる。



 …式場で、ドア開けて入って来た時の、るー。

 俺、夢見てるんちゃうかな…思った。

 妖精やん?って。


 らしくない事に、足震えたで…ホンマ…

 俺の彼女、サイコー過ぎや。

 今すぐにでも、唇奪いたい…思ったけど、踏みとどまった。

 おでこに、チュッて。

 ようそんなんで我慢出来るなあ!!自分!!て、驚きやった。



 レストランを貸し切ってのパーティーでは、俺らが一曲披露した。

 祝いの曲を頼まれたけど、俺は出番なしやったな。

 気が付いたら、ナッキーがちゃちゃっと作ってたし。


 陽世里が号泣してるのんを、頼子ちゃんが笑いながらハンカチ押し当てて。

 それをナッキーが歌いながら優しい顔すんのが、何とも…やったな…


 結婚なんて、全然興味ないけど…

 これから、この二人はずっと一緒なんか…思うたら、それは少し羨ましい気もした。



「行かないのか?」


 ナッキーが顎をしゃくって言う。

 その先には、友達と一緒の、るー。

 と、一緒の、るー。


 なんかなあ~…

 ヤキモチ、も、あんねん。

 せやけど、後ろめたさ、も、あんねん。

 ああいう、部活してそうなさわやか系普通男子…

 るーには、ああいうのんがお似合いなんやないかな…とか。

 ついつい思うてまう。


 そんなこんなで、そんな可愛い格好で男らと談笑とかないやーん!!って、その場に行けん俺がおる。

 ナッキーは、俺の気持ちを知ってか知らずか。


「世話が焼けるな…ほんと。


 そんな事をつぶやいたか思うと。


「え。」


 俺を残して、るーの元へ。


 おっ…おいおいおい!!

 ナッキー!!



「……」


 ナッキーがるーに声を掛けて。

 その場におる男二人が固まって。

 ナッキーが何か言うた途端、るーがこっち見て。

 目が…合うた。


 なんやバツ悪うて…柱に寄り掛かって唇尖らせてまう。

 ガキか。

 俺はっ。



「…未成年なのに。」


 気が付いたら、るーがワイングラスに手をかけて言うた。


「…グレープジュースやもん。」


 こんな席でアルコール飲めへんのは辛い。

 まあ、仕方ない。

 俺はれっきとした未成年…

 ああ~…何で俺はガキなんやろ。

 実年齢も、精神年齢も。



「…バレちゃった。」


「何が?」


「…付き合ってる事。」


 ん?

 付き合うてる事、隠せとか言うた覚えないけど。

 てか、むしろ言いふらして欲しいぐらいやけど。


「別に隠さんでも。」


「…いいの?」


「ああ。何で隠す必要が?」


「だって…真音…有名人だから…」


「アホな。芸能人でもあるまいし。」


「……」


 それから、るーは…

 今日来てる男友達二人が、まさにライヴ仲間やと言うた。

 Deep Redのファンで、今日は本当に緊張してる、とも。


 俺はそれを聞きながらも、るーから目が離せへんかった。

 赤いTシャツはピンと来る事なかったけど、このワインレッド…

 るーに似合うてるなあ…



「それにしても…可愛い。」


 本音を漏らす。


「よ…頼子が…デザインしてくれたの…」


「…せやから、ピッタリやねんな…」


「…ピッタリ?」


「…けど、みんなに目ぇ付けられそうでイヤやな…」


「……」


「…も少し…くっついて、ええ?」


「……」


 もう我慢の限界やねん!!

 るーの可愛さにみんなが目ぇ付けてるはずや!!

 ナッキーかて、るーを『原石』や言うた。

 ぜっっっったい、俺のもんやって見せしめとかなあかん!!



「…うん…」


 小さな返事と共に赤い顔のるーが俺に寄り添って。

 内心…あかん…て思うた。


「に…庭、出るか?」


「う…うん…」


 レストランの庭では、陽世里と頼子ちゃんもおって。

 俺らに気付いた二人は、満面の笑みで手を振って来た。


「…頼子、すごく綺麗…」


 るーのつぶやきに『るーが一番や思うで』と心の中で言うた。

 口に出してもええんやけど、口にすると歯止めが…


「座る?」


「うん。」


 少し離れた場所にあるベンチに座って、二人でボンヤリと周りを眺めた。


 陽世里と頼子ちゃんの元に、家族が集まる。

 上の兄貴はエリートいう感じやな~。

 おかんは、おとなしそうな人。


 …ナッキーのおかん、愛人やった…よな。

 その子供を自分の子供として育てるとか、陽世里のおかん、器大きいな。


 陽世里のおかんはナッキーが労わるように背中に手を添えると、少し遠慮したような顔で俯いて。

 二言三言喋って…どっかに消えた。


 それと入れ替わるように、結婚式の時には姿のなかった親父さんが現れた。

 途端に…陽世里の表情が険しくなった…気がした。


「……お父様…かな…」


 るーも隣で俺と同じとこ見てたようで、陽世里の表情に気付いたんか、少し声のトーンは低かった。


「…高原家は複雑そうやな…」


「……」


 るーは何か言いたそうやったけど。


「ナッキーの歌、えかったやろ。」


 俺は、話題を変えた。


 ナッキーは、陽世里と頼子ちゃんのために、初めて日本語の歌詞を書いた。

 違和感はあったものの、気持ちのこもった旋律に…どんな言語でも関係ないなー思うた。


「うん…素敵だった。ナッキーさんって不思議な人だよね…」


「不思議?」


「実はね…?」


「ん?」


 るーの視線は、ナッキー。

 それが少し気に入らんで邪魔したろかな思うてると…


「ナッキーさん、学校まで来た事があるの。」


 その思考を吹っ飛ばす言葉が出て来た。


「…はっ?」


 眉間にしわを寄せて、るーの顔を覗き込む。


「…電車で会った…じゃない?」


「あ…ああ…」


「謝りに…」


「は…?」


「真音に説教された、って。それで…あたしの気持ちは、どうなのか…って…」


「……」


「あたし、あの時、高原さんが来てくれなかったら…恋に臆病になったままだったかもしれない…」


 相変わらず、るーの視線はナッキー。

 俺も合わせるように…ナッキーを見る。


 …何なんや。

 そんなん、全然教えてくれへんかったやんか。

 るーに会いに行ったとか…謝ったとか…アドバイスしたとか…



 俺の…こっちでの親代わりになるから。

 高校も絶対卒業させる、て…

 親父とおかんに頭下げてくれた。

 俺のギターで、プロんなるって…自信持って言うてくれた。


 ホンマ、頼りになる奴やな思う。

 そうか思えば、マリに対してどうやねんって…腹立つ事もあるし。

 ナッキーは…掴みどころがない言うか…

 本音を誰にも見せん奴やって…俺は少し寂しく思う時もある。


「お。」


「あ。」


 二人して声を上げてもうた。

 ナッキーが俺らの視線に気付いて、歩いて来たからや。


「何だよ。こんな隅っこで。」


 ナッキーの手には、カメラ。


「ほら、少しくっつけ。」


「え…ええっ?」


 るーは安定の赤面具合やけど、俺はそれも可愛くて好きや。


「…ええよな?写真、欲しかったんやもんな?」


 ここぞとばかりに、るーの肩を抱き寄せる。


「きゃぁ…#$%&…」


 声になってない悲鳴を上げながらも。

 るーは、俺の肩に頬を寄せる。


「いいねえいいねえ。」


 ナッキーはそう言いながら、何枚か写真を撮ってくれた。


「一人のんも撮って。」


 俺が立ち上がって言うと、ナッキーはなんや…カッコええ笑顔んなって。


「よし。カッコつけろ。」


「え?は?」


 俺にカメラを向けた。


「ちゃうって。るーを撮りた…おいっ。」


 パシャパシャと撮られる俺を、るーはキラキラした目で見とる。

 …ああ、そっか。

 俺の写真、要るんやったっけ…


 けど!!


「もうええやろー!!」


 ナッキーの手から、カメラを奪い取る。


「るー、笑うて。」


「えっ…ま…真音が撮る…の?」


「何、嫌なん?」


「ち…ちが…緊張…」


「ぐはっ。」


 シャッター切ろうとした瞬間、ナッキーが俺の脇腹を突いた。


「何すんねーん!!」


「いや、緊張解そうかと。」


「俺を解してどうすんねん!!」


「ふふっ…」


 カシャ。


「あ。」


「ナイス、ゼブラ。」


「おう。今、最高の笑顔だったよ。」


「……」


 俺がナッキーとじゃれとる間に。

 るーの最高の笑顔を収めてくれたのは…まさかのゼブラやった。

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