第6話 「なあ、その敬語なしにせぇへん?」

「なあ、その敬語なしにせぇへん?」


 木曜日。

 今日も俺は日野原の校門でるーを待ち伏せて。

 こうして、いつもの

 公園で並んで座っとる。



「え?」


「敬語。なーんか、よそよそしいやん?」


 音楽屋に一緒に行ったり、ここで何時間も話したりしてるのに。

 るーは全然俺に慣れてくれへん。


 いつぞや、グラウンドで『クラスの男子』と話してた姿を思い返すと…

 なんや負けた気するやん?



「……」


 俺の提案に、るーはしばし固まってもた。

 両手でジュースを持つ手、めっちゃ力入ってるで…


 その様子を無言で眺めとると。


「できません。」


 るーがキッパリ言うた。


 むっ。

 


「なんで。俺、るーに呼び捨てにしてほしいんやけどなー。」


 絶対敬語なしにするで。

 ライヴに一緒に来るであろう、クラスの男子より親密になるで。


「よ……よよよ呼び捨て?」


 まあ…るーにはハードル高いやろなー…

 そう思いながらも、なぜか俺はムキになっとった。

 どーしても。

 ど―――しても。

 るーに呼び捨ててもろて、仲良くなるで!!



「普通に喋って、俺を呼び捨ててくれたら…るーの言う事何でもきくで。」


 俺が誰かのいう事聞く宣言とか。

 絶対あり得へん。

 けど、それを言うてもええ思うほど…

 るーに普通にされたい願望が強い……のは、何でやろ…?



「え……っ………何でも…ですか?」


 その『いう事聞く宣言』は意外にも威力を発揮した。

 無欲に思えたるーが、目ぇ輝かせた。


「おう。何でも」


「…じゃあ…」


 そっから…なんや緊張感ほとばしる沈黙が続いた。

 るーは体をカチコチにして、膝に置いた両手をギュッとしとる。


 …な…何やろ。

 俺まで緊張してまうやないか…


「あ…あ…あああ…あの…」


「な…なん…?」


「あの…」


「うん?」


 つい、るーに合わせて背筋を伸ばす。


「朝霧さんの…」


「俺の…?」


「……」


「……」


 るーが急に俺に背中を向けて、両手で頬を押さえる。


 …これはー…俺、もしかして…

 落としたんちゃう?

 るー、俺の彼女になりたい、とか言うんやない?


 はっはー。

 気分ええなあ。

 敬語なしで呼び捨てしてくれたら、るーは早速俺の彼女言う事で。 



「何言うてもええよ?」


 出来るだけ優しい声を、るーの背中にかける。


「でも…こんな事、女のあたしが…」


 女から言うたってええんやで?

 彼女にして下さい、て。

 もしくは、好きですーいうて。



「何言うてもええよ。驚かへんし、変にも思わへんから」


 もはや勝ち誇った気分でるーの顔を覗き込む。

 ニヤニヤだけはするのやめとこ。

 軽薄や思われるんは嫌やしな。



「朝霧さんの…」


「俺の…?」


「お写真、いただきたいんです!!」


「………」


 るーの一大決心。いう告白に。

 俺はガッツポーズしかけた腕を宙に浮かせたまま、無表情んなった。

 るーはと言うと、両手で顔を覆って大事件を目の当たりにした風や。


 …お写真。

 俺の、写真、な。

 そんなん…



「はっ…めっ迷惑ですか…?」


 固まってる俺に気付いたるーが、慌てて俺を見上げる。


「えっ?あ、いや、思いもよらへんかったから。うん、ええよ。」


 写真…いや、まあ…ええねんけど…

 どうせなら、俺を欲しがってくれたらええのに…



「んなら、写真に向かって前進。ほれ、真音て呼んでん。」


「ま…」


「聞こえんへんなあ。あ、漢字の方で。カタカナはみんなが呼んどるから。」


「違いがあるんですか?」


「あるで。さ、呼んでん。」


「じゃ…しし失礼して……ま…真音…?」


 呼んでくれた瞬間、なんや…どっか疼いた。

 るーの顔は火ぃ噴く勢いで、何なら汗だく。


 …これはこれで…可愛い。

 るーの照れた顔て…結構な破壊力やな…



「…必死やなあ…何でそない写真欲しいん?」


「え?」


 純粋に湧いた疑問を口にすると、顔を上げたるーと目が合うた。


「素…」


 ドキッ。

 き…来た…か?


「好…?」


「素敵だから…」



 …そうやんなー。

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