第14話 『今、コンビニ出た』

 〇桐生院華音


『今、コンビニ出た』


 華月にそうLINEをして。


「……」


『もしもし』


 紅美に電話をした。


「起きてた?」


『うん…気になって眠れないよ…』


「そうだな…悪い。」


『ううん…」


「そんな暗い声出すなよ。」


『だって…』


 本当なら…会って抱きしめて。

 なんて事ないから。って、言ってやりたい所だが。

 陸兄の気持ちを思うと、今夜、こんな時間に紅美に会うのは止めとおこうと思った。

 たとえ陸兄が家にいないとしても、だ。



『父さんと…どんな話したの?』


「紅美の事、ずっと好きだった。結婚したいって。」


『…父さん、なんて?』


「何も言わなかった。」


『…怒ってた?』


「無表情過ぎて分かんねー。」


『……』


「たぶん、陸兄ショック受けてると思う。」


『……』


「聞いてるか?」


『うん…聞いてる』


「早乙女さん、今夜の陸兄はきっとパニくってるから、明日本音でぶつかれって言ってくれた。」


『早乙女さん…そんな事を?』


「ああ。」


 俺にとって…師匠である早乙女さんは。

 物心ついた時には、そばにいた人。

 SHE'S-HE'Sのメンバーは、全員そうだ。


 話しを聞けば、俺と咲華が産まれた時、親父と母さんは別れてて…

 渡米中に産まれた俺達の面倒は、SHE'S-HE'Sのみんなが見てくれてた…と。



「…ふっ…」


『何?何かおかしい?』


「いや…いつだったかな…早乙女さんと陸兄がうちで飲んでてさ。」


『うん』


「俺が初めて歩いた日の話になったんだ。」


『へえ…』


「目の当たりにした陸兄と早乙女さんが、それを楽しそうに話して…親父が…」


『ちさ兄、怒ったでしょ』


「いや…拗ねたんだ。」


『えーっ?ちさ兄…威厳が…』



 …俺も…

 俺も咲華も、大事にされてきた。

 陸兄にとって、当時はまだ甥っ子って存在じゃなかった頃から。

 ずっと…変わらず大事にされてきたんだ。


 …そんな俺と、目に入れても痛くないほど可愛い娘、紅美の結婚…。

 本当なら、泣いて喜ぶぐらいして欲しい…って贅沢思っちまうけど…

 やっぱ、別物だよな…


 紅美は…陸兄にとっても、麗姉にとって…特別な娘だ。



「…明日、麗姉にもちゃんと話すから、予定聞いといてくれ。」


『うん…分かった』


「それとさ。」


『何…?』


「もし、反対されたとしても、腐らずにいようぜ。」


『……』


「反対されるのは想定内。だからって俺の気持ちは変わるもんじゃねーし、はいそうですかって引っ込むつもりもない。」


『…うん』


「だから、おまえも。陸兄に対して冷たくしたりとか、酷い事言ったりするのは無しだぜ?」


『言わないよ…そんな事』


「ほんとかよ。」


 小さく笑ってしまうと、電話の向こうの紅美は。


『もっ…もー…分かったよ…ちゃんと、いい子でいる』


 唇を尖らせてる顔が想像出来て、ますます笑ってしまった。


 早乙女さんが俺に買ってくれたガリガリくんを袋から出して、かぶりつく。

 つめてっ。


『何か食べてるの?』


「ガリガリくん。早乙女さんが買ってくれた。」


『えー?早乙女さん、なんでアイス(笑)』


「華月に頼まれてた雪見大福も買ってくれた。」


『なるほど…ついでに、ね』


「そ。ついで。」


『歩いてるんでしょ?風邪ひかないでよ?』


「ひかねーよ。バカだから。」


『ノン君がバカなら、ビートランドの大半はバカって事に…』


「規模ちっせぇな。」


『…早乙女さん、優しいよね』


「そうだな…さっきも色々話聞いてくれて、なんか元気出た。」


 海と咲華が結婚報告に帰って来た、あの騒ぎの中で。

 俺と紅美が付き合ってる事に気付いたらしい早乙女さん。

 正直…こういうのには疎い人だと思ってたんだけどなー。



「はー…冷えた。」


 アイスを食べきってそう言うと。


『もう。何で食べるかな』


 紅美が笑った。


「おまえと話してたら暑くなって。」


『嘘(笑)』


「絶対、まへへー。」


『まへへーって(笑)』


「ふひはひえは。」


『分かんないよ~(笑)』



 明日の事を考えると緊張するが…

 寒い中アイス食いながら、こんなくだらねー事話してる今を幸せだと思った。



 …なんて事ねーよ。


 陸兄は…俺にとっても、愛すべき人だ。




「遅いっ。」


 今日は早乙女夫妻に救われた日だ。なんて思いながら家に帰ると。

 裏口に、華月が腰に手を当てて仁王立ちしてた。


「…ここで待ってたのかよ。」


「だって…大部屋は父さんと母さんが深刻そうな話してるし…」


「深刻そうな話?またケンカでも?」


「ううん…」


 華月はチラリと大部屋の方に視線を向けて。


「まこさんの事だと思う…」


 小声で言った。


「…そうか…聖は?」


「お兄ちゃんの部屋で寝てる。」


「あ?何で俺の部屋だよ。」


「階段上がれないんだもん。」


「ったく…」


 俺は大部屋に顔を出すのをやめて…そのまま華月と部屋に入った。

 そこでは、聖がシロとクロに見守られながら変な体勢で寝てる。


「…完全に爆睡してんな。」


 ベッドの脇に座って、聖の頭を撫でる。


「お兄ちゃん…ちょっとお願いがあるんだけど…」


 床に座り込んだ華月の膝に、シロが待ってましたと言わんばかりに飛び乗った。


「なんだ?」


「…ビートランドのアーティストなら、イギリス事務所に所属してる人の事も調べられる?」


「?」


 意外な事を聞かれたと思って首を傾げると、華月は聖の寝顔を確認して。


「…誰にも言うなって言われてたから…ずっと言わなかったんだけど…」


「何。」


「聖の彼女…イギリス事務所所属のシンガーなの。」


「……」


 俺もそこそこに飲んでるせいか、その言葉がすぐには頭に入らなかった。

 いや、酔いは…陸兄に会って醒めたが。


「何て名前だ?」


「…Lee…」


「それって、フェス参加決まってる新人だよな。」


「うん…でも、あたしも聖も彼女がシンガーだなんて知らなかった。」


「は?」


「とにかく…何だか訳ありっぽい彼女で。」


「…そういや、Leeも素性明かしてないし、メディアに出ねーアーティストだっけな…」


 俺の言葉に華月は小さく溜息をついて。


「聖、すごく好きだったみたい。」


 爆睡してる聖に視線を向けた。


「泉と別れて、空元気ばっかだったけど…結婚を意識する子と出会えたんだなって思ってたのに…」


「結婚意識してたのか…どんな子だった?」


「綺麗だけど変わった子だった。」


「綺麗だけど変わった子…」


「あ、年上だった。」


「いくつ。」


「…32…でもあたしより年下に見えた。」


「……」


「新井田町の千本橋の近くの丘の上に住んでたんだけど…あたしが見に行ったら、もう引っ越してた。」


「そんな事したのかよ。」


「だって…こんな聖初めてなんだもん…」


「……」


 グースカ寝てる聖を見下ろす。


 海の妹と付き合ってた頃は…仕事が忙しくて会えないのが辛いとは言ってたが…

 別れた時も、こうなるほどじゃなかった。



「で?何を調べろって?」


「おじいちゃまが、スマホを持たせてるみたいなの。」


「…連絡取るつもりか?」


「だって…一方的にシロとクロをよろしくって置手紙して、いなくなったのよ?酷くない?」


「う…一方的だったのか…」


「あたし…聖が悲しむの、嫌なの。」


「……」


 聖と華月は…叔父と姪という間柄だが。

 同じ日に生まれた、双子みたいなもんで。

 小さな頃から、無口な華月を聖が庇う。みたいな図が出来てた。


 …ま、華月は庇ったり守ったりしなくても…結構飄々としてて、平気だったんだけどな。


 俺と咲華より、双子みたいな二人。



「おまえ、じーさんに探り入れてないのか?」


 俺が思い出したようにコンビニの袋から『雪見大福』を取り出すと。

 ビニールの音に耳を立てたシロとクロが、すかさず足元に来た。


「これは華月の。」


 二匹にそう言って、華月に渡すと。


「…あたしはー…今はちょっと、おじいちゃまとは話したくないかも…」


 アイスを受け取って、少し沈んだ顔をした。


 …ああ。

 詩生の件で…か…。



「…お兄ちゃん。」


「あ?」


 シロとクロが、華月の手元にある雪見大福を見つめる。

 意外とこいつらは賢い猫で。

 元の飼い主がしっかりしてるんだろうな…と勝手に思ってたが。

 …綺麗だけど変わった子…な。



「あたし、詩生を追い掛けようと思ってるの。」


「……」


 シロとクロと一緒に、華月の手元を見てた俺は。


「親父が許すか?」


 眉間にしわを寄せて、華月を見た。


「許されなくても行く。」


「…まあ…おまえは言っても聞かないって親父も分かってるだろうけど…だいたい、詩生の行先知ってんのかよ。しばらく会えないって言われたんだろ?」


「…言われたし、行先も分からないけど…」


「なら。」


「なら、おとなしく待ってろ?」


「……」


 華月はキッと俺を見据えて。


「周りから見たら、詩生は弱いし勝手かもしれない。だけど、あたしはそういう所も知ってて詩生を選んだ。」


 迷いのない声で言った。


「…ああ。」


「だから、置いて行かれたら、追いかける。」


「……」


「詩生がどこに行ってようが…いいの。あたしは、あたしのやり方で…」


「……」


「…だから、聖の事…お願いしていい?」


 俺はしばらく首を傾げて…考えた。


 こいつ、マジでメンタルつえーわ。

 妹ながら…尊敬する。



「ま、聖を捨てた女の事は…コッソリ調べてみるとして…おまえ、どこに行くんだよ。」


 華月の手元のアイスが開封されないのが、気になって仕方ない風なシロとクロの頭を撫でながら問いかけると。


「アメリカ。」


 華月は即答。


「詩生、アメリカか?」


「ううん。たぶん違うと思う。」


「なのにアメリカ行くのかよ。」


「うん。」


「どうして。」


「……」


 俺の問いかけに、華月はしばらく無言で。

 伏し目がちに一点を見つめて考え事をしているようだった。


 が。


 顔を上げて俺の目を見て。


「今から話す事、誰にも言わないでね。」


 小声で言った。


「…聖にも言ってねーのか?」


「うん。」


「ばーちゃんにも?」


「うん。」


 うちは…家族仲も、兄弟仲もいい。

 ま、仲は良くても秘密ぐらいはあるが…

 それはだいたい…みんな聖に打ち明けてたりする。


「…俺でいーのかよ。」


 撃沈してる聖を振り返りながら言うと。


「今の聖には、変な刺激になるかなと思って。」


「変な刺激?」


「…あのね…あたし…」


 華月はそこで…とある計画を俺に打ち明けた。


「…………マジか………?」


 それは、瞬きを忘れるほど衝撃だったし…


「ちくしょー…なんで俺に言うんだよ。誰かに話してーじゃねーか。」


 本当に、すぐにでも誰かに話したくなるような事だったが。


「ダメだよ?絶対。」


 華月に強く念を押されて。


「分かったよ…」


 秘密。秘密。と自分に言い聞かせた。



 それから、華月の計画に少しだけ突っ込んで質問をしてたりすると。


「はっ…。」


 華月が目を見開いた。


「何。」


「アイス…」


 華月が手にしたままのアイスは、まだ封も開けられてない。

 そりゃー…この暖房ききまくってる部屋じゃ…


「…早く食わねーから。」


「だって。」


「冷凍庫入れとけよ。」


「ううん。食べる。」


「飲み物んなってるぜ?」


「いい。」


 華月がやっと開けた雪見大福は、すっかりアイスの部分がとけてて。

 興味津々で近付いてたシロとクロが、甘い匂いに目をキラキラさせたが。


「これは、あたしの。」


 華月は二匹に自慢そうにそう言って、求肥を噛んでとけたアイスを飲んだ。


「…言い忘れたが、それ早乙女さんが買ってくれた。」


 俺がそう言うと華月は目を細めて。


「こんな食べ方してたって言わないでね。」


 ペロリと唇を舐めた。



 それから、うつ伏せになったまま寝てる聖をバックに。


「はい、お兄ちゃんはシロね。」


 そう言った華月はクロを抱えて。


「はい、チーズ。」


 笑顔で写真を撮り。

 それをインスタに投稿した。




「お兄ちゃん、どうする?聖の部屋で寝る?」


 相変わらずベッドの真ん中を占領してる聖を見下ろしながら、華月が腰に手を当てた。


「ちょっと親父達んとこ行って…それから考える。」


「そ?じゃ、あたし寝るね。」


「ああ。おやすみ。」


 華月が部屋を出て。

 俺がシロとクロを抱えて大部屋に行くと。


「おかえり。遅かったのね。」


 母さんが俺に気付いて立ち上がった。


「何か飲む?」


「いや、いいよ。」


 親父の膝にクロを降ろすと。


「陸から電話があったぞ。」


 低い声で言われた。


「…なんて?」


 その言葉は、俺の動きを止めるには十分だった。

 忘れかけてた寒気みたいなもんが…


「華音は帰ってるかって。」


「いつ?」


「30分ぐらい前かな。何で俺にかけるんだって言ったら、切りやがった。」


「……」


「何かバレたのか?」


「…バレた…ついでに、結婚したいっつったら…」


「つったら?」


「無言で去ってった。」


「えー?無反応って事?」


 突然、いつの間にか真横に立ってた母さんに言われて、肩を揺らすほど驚いた。


「あっ…ああ、うん。」


「どこで会ったの?」


「小々森商店の先にあるコンビニ。」


「センも一緒だった?」


「ああ。母さんを送ってったって。」


「そっか…あれからそんな事があったんだ…」


 母さんは俺の腕からシロを奪うと。


「センは現場を見てたの?」


 親父の隣に腰を下ろした。


「現場って…まあ、うん。その場に。」


 俺も、二人の前に腰を下ろす。


「何か言ってた?」


「結婚は勢いだから、したい時にすればいいんじゃないかって。」


「同感。」


「無責任だな。」


「……」


 母さんは『同感』と即答し。

 親父は『無責任だな』と一秒遅れで言った。

 そして三人で顔を見合わせる。



「あたしは…色んなタイミングを逃して離れてた父さんと母さんの事を思うと、『その時期』を逃して欲しくないって思う。」


 母さんが親父の目を見てキッパリ。


「…それを持ち出されると、何も言えない…けどな、それとこ」


「違わない。」


「……」


「咲華の時もそうだったけど、千里、どうして反対するの?」


「そ…それは…」


「華月と詩生ちゃんだって、千里が反対しなかったら…」


「何だよ。俺が反対したから、詩生が上手くいかなくなったとでも言いてーのか?」


「言っちゃいたい。」


「おま…」


「あたし達だって、自分達の勝手で結婚したい時にしたのに、子供達には反対するなんて。みんなの幸せの何が不満なのか分かんない。」


「~……」


 …どうも…

 あの別居からこっち、母さんが強い。

 俺としては、昔の親父はどうした!?って思わなくもないが…

 母さんに痛い所を突かれて、ちゃんとそれを理解しようとする親父も…好きだ。


 以前は聞く耳も持たなかった。

 …結婚して何十年経っても、成長って出来るもんなんだな…


 だが、目の前の親父は悔しかったのか…

 少し唇を尖らし気味に、スマホをいじり始めた。



「…明日、陸兄と麗姉に、ちゃんと話すよ。」


 スマホを見てた親父が、視線だけ俺に向ける。


「もう、本音でぶつかるしかないから。」


「うん。頑張って。」


「新体制が固まってないクセにって言われるがオチだと思うけどな。」


「千里っ。」


「何言われてもいい。もう隠さなくて良くなっただけでも、俺は気楽だし。」


 俺の言葉に、母さんは中腰になって手を伸ばして。


「いい子いい子。」


 って頭を撫でた。


 ったく…

 いつまでも子ども扱いだなー。

 って…仕方ねーけど。



「……何でこっちで撮らない。」


 ふいに、親父がスマホを差し出して言った。

 そこには、華月のインスタ。


「あら…ふふっ…」


 母さんが覗き込んで笑う。


 ハッシュタグは…#片割れ撃沈 #大好きなお兄ちゃん #シロとクロ #雪見大福ごちそうさまでした #LOVE


 そこには、すでにたくさんの『いいね』がついていて。

『片割れって詩生君!?』『華月ちゃんって双子なんですか!?』『カノン君がお兄さんって、羨ましい!!』『見てるだけで幸せ~!!』などなど…

 コメントもたくさん。



「負けねーぞ。」


 そう言った親父はスマホを手にすると。


「華音、知花の向こう側に座れ。」


「え?いいよ…俺が撮ってやるから…」


「いいから座れ。」


 母さんは目を細めて苦笑い。

 俺は言われた通り、母さんの隣に座る。

 そして、いつもの通り親父が母さんを片手で目隠しして、膝には猫達。

 三人で、サムズアップ。


 陸兄に見られると…なー…なんて思ったが。

 これは我が家の日常だ。



 少しすると、紅美からLINEが。


『幸せ家族。あたしもそこに入りたい』


 親父のインスタには、#LOVE #幸せ家族 #頑張れ息子

 幸せ家族?(笑)



 …頑張れ息子。





 …サンキュー。

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